第五十七話 待機

 


 秋月と共に血盟の眷属である魔獣と交戦したあの夜、本部へ向かった俺たちを待ち受けていたのはロビーに佇む山名一人だった。彼は俺たちに見廻りの際一体何が起きたのかを聞き、それに血盟と主に相対した俺が説明した。その途中秋月が何個か付け加え、彼に情報を伝えていくことになった。幻想級魔獣”彼奴きゃつ”と交戦した時の話をした際、秋月がやたら自分の功績を主張していたのはまぁ、ご愛嬌だろう。彼女の様子から見て察するに、俺の功績を奪おうとかではなく、シンプルにただただ自慢したいだけだったようだ。嬉しそうに胸を張っていた彼女の姿を思い出す。


 深夜血盟の捜索のため出撃となった兄さん率いる第四踏破群と甚内は、第玖血盟が逃走したと思われる方角へ向かったらしい。いくつか痕跡を発見したものの追いつくことはできず、大規模戦力の投入が可能な第玖血盟を相手に夜戦ともなると、不利になるのは間違い無いので一時撤退した。


 しかしながら大まかに奴の所在を突き止めたと言っても過言ではなく、踏破群はその捜索範囲を絞り、甚内は三日以内で奴を見つけ出す、と豪語していた。



 第玖血盟との戦いが近い。きっと、俺が経験した今までの戦いの中でも、大規模なものになるだろう。第玖血盟。紫色の瞳を持ったあの小さな少女が、本当にあの本に書いてあったようなあんなにもむごいことをしていたのだろうか。どうしても、信じられない。あの夜、確かに彼女は俺を殺そうか悩んでいたようだが、あの黒猫のように、彼女には邪気が、無かった。



 それが、すごく不気味でならない。行為と彼女のあり様が、矛盾しているのだ。



 戦いもしていないというのに恐れを抱くなど。息を大きく吸って吐く。昔とは違う。今俺は力を手にした。だが、足りない。まだまだ足りないんだ。一度出会っただけで確信した。兄さんの言っていたことは正しい。絶対に俺は彼女に勝てない。それが、一桁の血盟たる所以なのだろう。



 あの夜から二日経った。今、俺は踏破群や甚内の報告を山名と秋月と共に待っている。昼食はすでに済ませ、外はまだ明るい。もし甚内の宣言通り三日以内で見つけだしてくるというのならば、いつ血盟の住処に攻め込むことになるかわからない。山名はいつものように目を瞑りただ時を待っている。対し秋月は装備の点検に励んでいるようだ。


 あの幻想級魔獣”彼奴”と戦ったことで確信した。兄さんとほぼ毎日続けている訓練のおかげで、俺の戦闘力は大きく向上したように思える。無論奴が強力な攻撃手段を有していなかったというのもあるが、幻想級と曲がりなりにも戦いになるなんて初陣の時ではありえなかった。訓練中、そうした手応えを感じている俺に対し、兄さんはこう言った。


「玄一。お前は、最強になりたいんだってな。秋月が言っていたぞ。なんでも、啖呵を切って初めての魔獣戦に単騎で出撃したとか」


 その時、掌握していた無力が乱れたのを覚えている。話を聞いていくと、秋月は人伝てにそのことを知ったようだ。なんでも、反対する参謀に刀を突きつけたとか。尾ひれがつきすぎてる。しかし元はと言えば俺のせいだから、反省しよう。


「玄一。お前は今、着実に成長している。しかし、それは特別何かお前に霊力の才とかがあるというわけでは無い。ただお前は出来上がっていた基礎を俺というきっかけを通じて応用できるようになっただけだ。だから最強を目指し鍛錬する時、いつか必ずお前に、成長が詰まる時が来る。その時は決して焦らず、基礎を高め続けろ。そうして高めた基礎は、またきっかけを通し強くお前の成長を促すだろうからな」


 塾考する。ぶっちゃけた話、今の俺は順調すぎている。タマガキに来てから二ヶ月ぐらい経ち、その実力は以前のそれではない。それを兄さんは、元々出来たことが出来るようになっただけだと言いたいのだろう。そのような話を、昔聞いたことがある。


「兄さんは、師匠みたいなことを言うんだな」


 それを聞いた彼が笑う。そうして、こちらに返事をした。


「ハハ、確かにな。お前は俺と同じ師を持つ唯一の男だ。お前は一年しかいなかったと聞いているが、学べたことは多いだろう。同じあの地獄をくぐり抜けたものとして、強い親近感を抱いている」


 師匠との修行。それはもう二度とやりたくない、そう断言できるものだった。俺はあの一年間、師匠と共に毎日色々な方法で体をいじめ抜いた。炎の海を永遠と走らされたり、真冬の湖にぶち込まれ溺れたり、崖から落とされた後、よくわからん洞穴にぶち込まれたと思ったらそこを師匠に封鎖され自力で帰ってこいと言われる始末。修行中の嘔吐は当たり前だった。しかしよく考えてみれば、それを兄さんは五年間続けたことになる。なんてバケモノ。


 まあそんな生活を続けることが出来たのは兄さんだけだったようで、結局師匠が弟子と認めたのは俺と彼以外いないそうだ。そのような背景から兄さんは俺のことを会う前からかなり気に入っていたようで、最初に俺と出会った時、彼がそれを前面に出しぐいぐい来ていた。その様子を見て心配した踏破群副長が、実は後日俺の元を訪れている。迷惑かけてませんかって。


 閑話休題。


 とにかく逆に言えば俺は、今出来るであろうことを全て出来るようにならなければいけない。それが、俺に求められていることだ。だから、よく考えて一生懸命頑張ろう。


「......暇ね」


 秋月の声が俺を思考から引き戻す。装備の点検を終え椅子に座っている彼女は手持ち無沙汰なのか、手を開いたり閉じたり。それにも飽きて、だらーんとしていた。


 秋月が漏らした一言に山名は目を開くことなく、無視。特に話すこともないので俺も沈黙を保つ。


「......二人ともひどいわ」


 そう言った彼女が背筋を大きく伸ばした後、背もたれに寄っ掛かりその場で寝始めた。彼女の目元には少し隈があった。彼女は普段、だいぶ早くに就寝しているという。俺は平気だが、夜の見廻りは彼女にはきついのかもしれない。寝かせてあげよう。


 そう思った矢先、ロビーの床から突如として甚内が現れた。バリエーション多いな。


「どうだ。甚内」


 甚内がその返答をする前に、ロビーの扉が大きく開かれた。秋月が寝ぼけた状態で目覚める。......あの短時間で眠りが深くないか?


「私から報告申し上げよう。郷長殿」


 先頭にいたのは、第四踏破群の監督を行うという参謀、成瀬の姿。それに加えて踏破群の面々、タマガキ参謀の輝明。さらに護衛の愛海あいみの姿があった。


 彼女と目が合う。こうして会うのはあの日以来だ。しかし言葉を交わしたりするようなことはなく、ただ彼女は目を逸らし、成瀬の側に侍っている。


「第四踏破群と、少々納得いかぬがそこの防人がほぼ同時に、第玖血盟の住処を突き止めた。場所はタマガキ北西部、川の近くだ。幸いにもこちらが位置を掴んだことを奴らは気づいていない」


 そう言った成瀬の言葉に続けるように、兄さんが一歩前に出る。


「これにより明日、我ら第四踏破群 勇士の結晶学は、位置を特定した第玖血盟に対し攻撃を仕掛ける。タマガキの防人の支援は必要ない」


 床から出てきたまま立ち上がるタイミングを失い、しゃがみ続けていた甚内が跳躍した後、口を開く。


「我らの支援はいらないと?」


「......これは第玖血盟を追い続けた第四踏破群の使命だ。お譲りいただきたい。それに、まだ敵が第玖血盟のみと決まった話ではない。タマガキの面々は防御に徹していてほしい」


 甚内はそれに返事を返すことなく、山名の方をじっと見た。これは郷長が判断すべきと考えたのだろう。


「是非もなし。あいわかった。しかし、前もって示しあわせておいた霊弾の存在は忘れないでくれ。もし何かがあった場合、我々も動くことになる」


「了解した」


 そのやりとりを見届けた成瀬は、大仰にロビーを去る。それに合わせて愛海と輝明もロビーを出て行った。


 ......踏破群だけなら問題ないだろう。


「兄さん。本当にいいのか?」


 俺の言葉を聞いた兄さんが笑う。それに返事を返さず、俺の元まで歩み寄って、俺の頭をくしゃくしゃに撫でた。


「玄一。そう焦らなくていい。ここはこの若さにして踏破群群長であり、兄弟子である俺に任せておけ。お前は、お前に出来ることをすればいいんだ。それが一番大事なことだからな」


 兄さんと共に肩を並べて戦えないのは少し残念ではあるが......そうも言っていられないだろう。


 気がつけばぱっちりお目目を覚ましていた秋月が握りこぶしを作って、兄さんの方目掛けて伸ばしている。


「ん! 関永。貴方に任せたわ。タマガキは私たちに任せて、血盟をぶっ飛ばしてきてちょうだい!」


 秋月がニコッと笑った。


 それを見て、笑っていた兄さんは真剣そうな表情になる。彼が予測している未来は、何か。


「関永」


 山名がその片目で兄さんのことをじっと見つめ、向き直る。


「一振りだ。そこまでなら余裕があるから安心しろ」


「......!」


 兄さんが息を呑む。てんで俺には意味がわからない。秋月の方を見てみても、彼女も全く想像つかないようだった。俺たちの会話に聞き入り、遠くを見ている甚内の表情は見えない。一体、どういう意味だろう。


「了解しました。郷長。第玖血盟は、我々第四踏破群が必ず撃破します。総員、我らが大英傑に対し敬礼」


 彼の号令に合わせて、踏破群全員が山名に向け敬礼する。それぞれの瞳には山名に対する敬意と、憧れがあった。


「第四踏破群の支援、タマガキの郷長として深く御礼申し上げる。武運を」


 第四踏破群は、それに鬨の声をもって応えた。ロビーが揺れる。そこからもたらされる圧は、ヒノモト最精鋭にふさわしい威容だった。











 

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