第四十六話 集結(2)

 

 漂う雲を吹き飛ばし、秋月の霊砲が空の彼方まで飛んでいく。その一撃は笑い事にできるレベルではない威力を内包しており、電光を放つ紅き光線が時間と共に萎んで消えていった。


 霊砲が放たれた後、一瞬どこかへ消えたと思った甚内が気づけば地を這い、呼吸を整えている。


「ゼェ......ゼェ......ハァ......死ぬかと思った」


「やっぱりあんたしぶといわね。次は当てるわよ」


 秋月がまるで本物の銃を撃ち、銃口から揺れ出る硝煙を吹き飛ばすかのように指を立てふーと息を吐く。


「勘弁してくれ......」


 どうやら先ほどの甚内の発言はなかったことにしておいた方が良さそうだ。あんなもんが俺に向けられるのは、想像しただけで恐ろしい。それにしても甚内はどうやって避けたんだ。本当に。


 後ろから誰かが着地したような音がする。いきなり気配を感じた。


「終わったか」


 誰かと思えば後ろから来た人は、山名だったようだ。どこかに消えたと思ったらいつの間にか戻ってきている。というかこういう諍いは郷長の山名が止めなければいけないものではないのだろうか。どこ行ってたんだろう。


 山名は左手に大きな籠を持っている。上に布が被せてあってわからないが、何かが入っていた。彼がすっとその籠を顔の手前まで持ってきて、一度籠から手を離したあと布を取っ払い、籠をキャッチする。


「梅おにぎりを食堂から貰ってきた。ここで食いながら話をしよう」


 それを聞いた秋月が顔を輝かせた。好物なのだろうか。


「いいわね。ここで座って食べちゃいましょ」


 彼女の提案を皆受け取ったのかその場に座った。甚内は足を伸ばしてふーと息を吐いている。先ほどの緊張がまだ残っているようだ。


 天気もいいし、確かに外で食べるのもいいかもしれない。このまま食べてもいいと思うが、せっかくだし凝りたい。なんか作るか。


 右手首のあたりに『地輪』を展開し、地に手をつける。周りを少し整地し、そこから土をうまい具合に盛り上げ食卓もどきを作った。これでいいだろう。


「よし。んじゃ腹ごしらえといくか」









 前に座っている秋月がおにぎりを両手で持ち、まるでリスが木の実をかじるようにしてもきゅもきゅ食べている。本当にその身長と見た目のせいで子供にしか見えない秋月が、口におにぎりを満杯に詰めて少しずつ飲み込んでいった。半分くらい食べ終わったところで、秋月が小さく口を開く。


「んぐ......戦ったばっかりだしなんだか喉が乾いてきたわ。誰か水筒もってないかしら?」


 見たところ山名も甚内も水筒は持っていないようだった。


「水筒はないが代わりに作ることはできるぞ」


「作る?」


 先ほど『地輪』を出していたように『水輪』を出し、そこから空中に漂うようにして水の塊を生み出す。それを移動させ秋月の口元まで持っていった。


「......風を扱うだけだと思ったらなんかあなたやたら能力多いわね。これうまく相手の口にぶち込めば窒息死させられるんじゃないんかしら」


 ほえーと言いながら秋月が感心するように目をパチパチさせている。


「そんな器用なことはできない。それに口だけ開けて待ってる阿呆な敵なんてそうそういないだろう」


「ん、それもそうね。ありがたくいただくわ」


 そう言った秋月が、宙に浮かんでいる水の塊を吸い込む。口をすぼめて水を飲んでいる姿が丸見えだった。......水を飲んでいる人間の顔って意外と間抜けなんだな。覚えておこう。


「ぷっはー。いやぁそれにしてもタマガキに帰ってきたって感じがするわね。こういうの」


 それを聞いた甚内が食べていたおにぎりを一度飲み込み、が失敗し胸を三回ほど叩いた後、反応する。


「まあ確かに最前線の方はピリピリしているしな。内地から派遣されてきた兵員もいるし、こういう礼儀にはうるさいかもしれん」


「そうよそうよ。郷長みたいにこうやって休む時くらいはゆるーくやっていいと思うんだけどもね。私は」


「味方の防人に向かって割と本気の攻撃を放つことをタマガキらしい。ゆるくやっているというのだな君は」


「いいんじゃない避けれたんだし。このバカ」


 俺は会話に参加せず、腹が減ったので黙々とおにぎりを食べている。すでに六つは食べた。横にいる山名はゆっくりちびちびと食べる秋月とは対照的に、一口で三つくらい食べている。なんちゅう食い方してんだ。


 最後に五つのおにぎりを手にし、これもまた一口で食べきった山名が、ご飯粒を口元につけたまま声を発する。その姿に英雄の威厳はない。


「踏破群とその参謀が少しずつタマガキに近づいてきているようだ。予定通り明日には入る」


「関永のところでしょ? それなら実力は問題ないわね」


 関永、という名前を聞いて、彼は信頼できると言っていた御月のことを思い出す。彼女が今いるのは魔物の領域と隣接する最前線。彼女なら大丈夫だとは思うが心配だ。早く後顧の憂いを断ち切って前線に帰らなければならない。


 しかしながら空想級が相手では......悔しいが俺では役に立てない。それが前の戦いで証明されてしまった。


 確かに俺は今そこそこ強い程度の防人にはなれたかもしれないが、そんなものでは足りない。強くなりたい。なりたい。魅せなければ。どうにかして強くならなければ......皆の仇を取れない。そう再確認する。


 新しく来る関永という防人や、それこそ自分よりも経験豊富であろう秋月に助言を求めよう。関永という人物の方はわからないが、秋月なら答えてくれそうな気がする。ただ刀を振るだけはなくて、工夫した鍛錬を忘れてはならない。


 そう考えながらおにぎりを口に頬張る。ただのおにぎりなのになんでこんなに美味いんだろうか。ありがとう食堂のおばちゃん。


 秋月と山名は新たにやってくる踏破群、関永についての会話を続けていた。それにしても不思議に思っていたのだが、何故秋月や御月はその踏破群のことを知っているのだろうか。確か西に踏破群が訪れたことはないはずだというのに。その疑問を口に出す。


「なぁ。その関永という人のことを秋月は知っているのか? 確か西に踏破群が来たことはなかったと記憶しているが」


 その問いを聞いて、あーと声を出した秋月が視線を郷長に飛ばす。それを見て山名が代わりに回答した。


「公式に踏破群が西に訪れたのははるか昔だが......非公式に一度訪れたことがある。その時タマガキにやってきていた部隊が関永の第四踏破群だ」


 寝耳に水のような話だった。非公式に訪れたということは......何か機密にしなければいけない理由があったのだろうか。わからない。


「非公式? それはいつのことだ?」


「......三年前だ。非公式であった理由はいつか知ることになるだろう」


 いつか知ることになる、か。今教える気はないらしい。逆に言えば、今タマガキの防人である俺にでさえ教えられないぐらいの機密ということになるが。まあ、皆がその関永という人物のことを実際に知っていて、信頼できるというなら問題ないだろう。俺は御月が信頼するその男を信じる。


 秋月がこちらの方を向き、話題を変えるように声を上げた。


「玄一は踏破群を見たことはある?」


 その問いに対し、無意識のうちに目を上に向けて、踏破群を見たことがあったか思い出そうとする。一応帝都在住ではあったので、何回か見かけたことがあったはずだ。しかしながら帝都にいる踏破群の隊員ほとんどが近寄りがたい雰囲気を持っていたのを思い出す。


「帝都にいた時は何回か見かけたことがあるが......」


 あぁ。よくよく考えてみれば俺の師匠は踏破群と関わりがあったはずだ。


「確か俺の師匠が踏破群所属だった気がする」


「へぇ。あなたの師匠すごいわね。どの踏破群?」


「第一踏破群だ」


 おにぎりを片手に持ったまま、秋月が少しむせた。ゲホゲホ言って口を押えている。


「あなたね、なんでそんなに軽いのよ! 第一踏破群っていったら実質的な帝直属の親衛部隊よ。実力と名声を兼ね備えた最強の部隊。全国にいる防人や兵士が憧れる場所だわ。ん、もちろん! うちの郷長が率いた特務隊もそれに負けないけどね!」


 秋月の主張に山名が買いかぶりだと苦笑した。それを秋月が受けとる様子はない。


「そうなのか。如何せん俺の師匠は身の上を話さない人だったからな。知らなかった」


「あなたねぇ......もっと聞いておけばよかったのに。現女帝のあかり様はどんなお方なのかしら。気になるわ」


 ゴホン、と喉を鳴らした山名が秋月を止める。


「秋月」


「ん? 何よ山名」


「玄一の師匠は第一踏破群群長だ」


 帝のことを考え両手を頬に当てくねくねしていた秋月が停止する。遅れて驚きで目を見開いた。


「うっそ......あの識君? 山名と同じサキモリ五英傑じゃない。それじゃあ玄一は......二人目ということなのね」


 こちらを秋月がじっと見つめていた。うちの師匠の話をするのは一向に構わないが、二人目とはどういうことだろうか。師匠はまた何か隠しているのか。勘弁してくれ。



「玄一。今回やってくる第四踏破群の関永という防人は、貴方と同じく識君の弟子だった人よ」



 ほら。また知らなかった。











 一度話が途切れた後、残っていたおにぎりを皆が手にとって食べ始めた。もうそのほとんど食べ終わったところで、横からオレにも水をくれと言ってきた山名に水の塊を飛ばす。彼がその水を一瞬で吸い込んだ後、口を開いた。


「このような場ではあるが......今一度我々だけで共有しておきたいことがある」


「ふむ。それはなんだ?」


「これからタマガキに訪れる関永以外の人物を信用するな」


 先ほどまで緩かった空気が一気に引き締まる。それも当然だ。これから味方として共に戦うことになるかもしれない人たちを、信用するなと言っているのだから。


「......どういうことかしら?」


「踏破群に付いている参謀......その男がかなりきな臭い。そいつの護衛も同じだ。関永は信用していいが、そのことを忘れないで欲しい」


「......わかったわ」


「踏破群が来たら一気に動く。甚内はそのまま調査を続行。玄一と秋月は今日の夜、見廻りを頼む。怪しい人間がいれば強行手段に出ても構わない」


「「了解」」


 明日になれば戦力は増えるが、今のタマガキには先の仇桜作戦の影響で詰めている兵員も防人も少ない。気を引き締めてかからなければ。


 血脈同盟。恐ろしい敵だが心強い仲間も増えた。きっと守りきってみせる。






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