第四十五話 集結(1)
本部の廊下を歩きながら、あくびを抑えようと口を手で塞ぐ。結局、奉考の本を読み込んでいたせいで昨日の夜はほとんど眠れなかった。
血脈同盟という組織。そして、その幹部血盟。
もしあの本に書いてあったことが真実であるとするのならば、絶対に殺さなければならない。奴らを。
昨日は踏破群が訪れるまで待機ということで大人しくしていたが、なんでも本日、南の方の戦線にいた防人がタマガキに到着したらしい。そこで、踏破群やタマガキの他の兵士を抜いた、防人と郷長のみが参加する、会議を行うそうだ。
そんなわけで昼から本部の会議室に向かっている。そこは霊信室のように隠されたような場所ではなく、普通に他の職員や兵士も利用する一般的な会議室の内の一つだ。
第二会議室という札の掛かった扉を見つけ、約束の場所はここだったなと扉を開く。
その部屋には、山名。そして甚内がいる。まだ、例の防人は来ていないようだ。
「おはよう。二人とも」
「ああ、おはよう。玄一くん。そろそろ来るはずだ。待っていようか」
何故だかわからないが、俺がタマガキに戻ることが決定してからも甚内はその例の防人の情報をひた隠しにしている。そのせいで、その防人の名前も性別もわからない。忍者である彼が隠すというだけで、何か理由があるのかと疑ってしまう。まあ、今日会うんだから、すぐにわかるだろう。その防人が来てから、俺たちは血盟についてやその対策などを話す予定だ。
会議室の中で、南からやってきた防人を待つ空き時間ができる。その中で何故か自然と、昨日読んだ本の内容を頭の中で反芻し始めた。
昨日読んだ血脈同盟に関しての本にはかなり細かい情報が書き込まれていた。流石に奴らの戦闘技能などは記されていなかったが。それとなぜか山名の右腕を奪ったという西と血脈同盟の因縁についてはまったく記されていなかった。この本が書かれた年がその事件以前なのか、それともその情報が隠蔽されているのか。いつか御月や郷長に聞いてみよう。
踏破群が追ってきて、タマガキまでやってきたという第玖血盟。屍姫。彼女の項目に書いてあった情報は全て頭に叩き込んできた。無論、真偽が分からない情報も多かったので、頭に入れておく程度ではあるが。
雑談はなく、この場にいる誰もが沈黙を保ち、会議室は静寂に包まれていた。その静まり返った空間の中で、思考に耽る俺を覚醒させるように、廊下から誰かの足音が響いた。
コツコツコツ、という音。ここらの会議室を今使う予定があるのは間違いなく俺たちだけだ。おそらくこの足音の主がその例の防人なのだろう。
......足音を消していないので忍者という線は無くなったな。甚内みたいなやつが何人もいたら嫌だ。
会議室の扉に最も近い椅子に座っている俺は、廊下の方をじっと見つめた。足音がこの部屋の前で止まる。間違いない。来る。
ガチャ、と扉を開く音が鳴った。しかしそこには誰もいない。何故。
そう驚いたのも束の間、視線を下げてみればそこには背丈が150cmにも満たない少女が立っている。体は細くすらっとしており、その髪の毛は紅葉のように、鮮やかな赤と橙色の濃淡を併せ持っていた。その目立つ髪色に合わせて、暗めの紅葉色のラインを持つ黒を基調とした立派な制服を着ている。しかし、その背丈からしてどう見ても、大人ではない。迷い込んだ子供だろうか。タマガキ本部に勝手に入り込んで兵士に追い出される子供を見かけたことがあるし。多分そうだろう。
椅子から立ち上がって、彼女の前まで歩き膝をつく。出来るだけニコーと笑顔を意識して、言った。
「こんにちは。お嬢さん。ここは会議室だから君がくるところじゃないよ。もしかして迷子になっちゃったのかなぁ? お兄さんが案内してあげる。ご両親はどこだい?」
瞬間。後ろからウヒッウヒヒッと割とマジで気持ち悪い笑い方をしている甚内の声が聞こえた。山名からは微妙な雰囲気が醸し出されており、前の少女はプルプルと震えている。
「......何か間違えたか?」
「間違いしかないわよ! 私は子供じゃなくてあんたよりずっと年上! このバカ!」
高い声だなぁと思った瞬間、前の少女から平手打ちを喰らう。その威力で俺はぐるぐる回転しながら横に吹っ飛んだ。甚内が死ぬんじゃないかっていうレベルで爆笑している。
宙を舞いながら確信する。その威力は、間違いなく防人のものだった。
吹き飛んだ椅子を元の位置に戻し、この場にいる防人全員が着席した。その後、紅葉髪の少女......防人が溜息をついた後、口を開く。
「私は
本当にこの少女が防人なのか。吹っ飛ばされてなお確信のない俺は山名に目くばせをする。彼が頷いた。マジか。
体を右に傾け、囁き声で隣に座っている甚内に聞く。
「甚内。彼女はいくつなんだ」
「確か三十を超えたあたりだったと記憶している」
本気でびっくりした俺は彼女の方へ振り向きまじまじとその顔を眺めた。彼女は体格だけでなく、顔つきも幼いように見える。マジで? 若すぎないか?
「小声でこそこそやってるんじゃないわよ。このバカ。全部聞こえてるわ」
はぁぁあああとため息を再びつき、彼女が俺の方を見て、自己紹介をするように催促した。そういえば他のタマガキの防人は俺のことを知らないんだったな。
「俺は玄一。ついこの前タマガキに配属された新人だ。よろしく頼む」
秋月が俺の名前を小さな声で呟き、腕を組んだ。その間に、甚内が割って入る。
「私は甚内。よろ」
「知ってるから必要ないわよ。このバカ」
途中でぶった切られた甚内がちょっと落ち込んでいる。もしかして、持ちネタでも披露するつもりだったのだろうか。俺が吹き飛ばされた時甚内は爆笑してたからな。ざまぁないぜ。
久々の再会に、雑談をする甚内と秋月が静かになるまで、時間を少し要した。
「皆。いいか」
締まらない形で山名の声が響く。背筋を正し、話を聞く姿勢を示した。
「......現在。タマガキの郷において、血盟がこちらに逃走してきたという情報を受領したのとともに、何者かによる連続殺人事件が起きている。その被害者は全て霊力を持たぬもの、及び海外にその起源を持つものだけだ。血脈同盟の犯行と見て間違いない」
山名が甚内の方に視線を送る。そこで甚内がすくっと立ち上がった。
「踏破群がやってくるという報を聞く前から、独自に調査を行なっている。民衆の中から既に十人が犠牲となり、さらに何人かが行方不明となった。現場に残っていた被害者の遺体は、そのほとんどが獣に食い荒らされたかのようになっており、弄んだようなものまである」
昨日読んだ本の犯行の項目を思い出した。あのような蛮行が、この西、タマガキでも起きているというのか。それを考えただけで、殺気が漏れ出る。
「これは間違いなく我々に対する挑発だ。必ず見つけ出して見せる」
その話を静かに聞いていた秋月が、口を開いた。
「それで、私たちはどうするの? 敵の位置が分からないんじゃ殴り込みにもいけないし。それに血盟の数次第では詰むわ」
山名が変わって返事をした。
「住民から深夜、怪異を下町で見たという目撃情報が上がっている。今までの情報を統合しても、その凶行が深夜に行われていることは明らかだ。そこで甚内は独自にこのまま調査を続け、秋月と玄一には夜、民衆を守るために見廻りを行ってもらいたい」
「えぇ。私がこんな失礼なやつと組まなきゃいけないわけ?」
ムッとして反論する。
「失礼って......確かに悪かったと思うが、仕方がないだろう。見た目は完全に子供だし」
「そういう所がって言ってんのよ。このバカ」
「さっきから馬鹿とはなんだ馬鹿とは」
「バカにバカって言って何が悪いのよ!」
この俺たちの様子に、山名がため息をついて諭すように言う。
「秋月。前線から一人下げられて気が立っているのもわかるが、君が適任だったのだ。それに、年長者として玄一を引っ張ってやってくれ」
「......悪かったわ。それもそうね。でもね、こんな新人で果たしてあの連中と戦えるわけ? 自分の前を張る仲間が雑魚だったらいやよ。私」
山名がニヤッと笑い、それに応える。
「ならば確かめてみるか」
「へぇ......いいじゃない。乗ったわ。タマガキの外でやりましょ」
俺が会話に入り込む隙もなく、なぜか俺と秋月が決闘をすることになってしまった。防人同士の戦闘ともなれば周りに被害が出るようなことがあるかもしれないし、戦いの場に最適だとしてタマガキの郊外へ行くことになった。
タマガキ郊外。木も生えていない平地に、山名。甚内。そして秋月の姿。とはいっても、一体何をすればいいのやら。
「そうね......じゃあお互い重傷を負わせるような攻撃はなしで、戦いましょう。訓練の一貫みたいなものよ」
甚内がすっと俺たちの間にやってきて、聞く。
「勝敗はつけるのか?」
「いやあくまで実力を測るだけだし、わかったらやめるわ」
山名はその会話を止めることなく無言で眺めている。彼が黙認しているということは、やっても特に問題はなさそうだ。
こうして考えれば、師匠以外の防人と戦うのは初めてな気がする。すごく楽しみだ。血が滾る。
体を霊力で満たし、目を閉じて息を整える。二回呼吸をすれば、身体強化は機能し、もう戦える状態になっていた。
「へぇ......」
秋月が少し笑いながらこちらを見ている。彼女の佇まい、霊力の輝きを観察しているが、明らかに格上。彼女の眼鏡にかなうといいが。
腰にさした両刀を引き抜き、右手に打刀を、左手に脇差を取った。腕をだらんと下ろして、どの構えにも移れるようにする。
さて、彼女は一体どのような戦い方をするのだろうか。ワクワクしながら彼女の方をじっと見つめるが、秋月は武器を持っていない。徒手空拳でいいのだろうか。
「秋月。武器は使わないのか?」
「余計なお世話よ。問題ないわ」
とげとげしいなぁ。まあ問題ないと言っているのなら大丈夫だろう。いつ始まってもいいように、感覚を研ぎ澄ます。
秋月がこちらに背を向け歩いて行き、距離を作る。俺と秋月の間に山名が立ち、左腕を上げ、合図を出す構えを取った。
もうそろ来るだろう。地を踏みしめて、ザリッという音がなった。
「始め━━━━!」
二刀を構え、秋月の動きを伺う。武器を持たない彼女が取った行動は、至ってシンプルなものだった。
彼女が握りこぶしから人差し指と中指。そして親指だけを上げて、その指の先をこちらに向けている。
瞬間、彼女の人差し指と中指の間から煌めく光が迸り、霊弾が放たれた。
霊弾。それは、防人に限らず霊能力を持つほとんどの兵が一度は必ず使ったことのある、一般的な遠距離攻撃。体内の霊力を練り上げ、それを体外に射出することによってそれは成される。しかしそこまで威力は高くなく、魔獣戦等で使われることはないはずだ。それなのに、何故防人の彼女が。
彼女の紅色の霊弾が風を切りこちらまで飛んでくる。しかし、そのスピードが異様に早い。霊弾自体が回転しており、一般的な霊弾とは似て非なるもののようだ。
その一発を放っただけで、小手調べといったところだろうか。彼女は続けて射撃することもなく、こちらの様子を伺っている。
どれくらいの威力なのか、体感できるチャンスは今しかないだろう。
「『地輪』」
打刀に『地輪』を纏わせ、刀を強化し、居合の構えをとる。
飛んできた彼女の霊弾をぶった切ろうと、飛んできたタイミングで刀を振るった。
紅の弾丸と打刀がぶつかる。その大きさ、質量から想像できないほど弾丸は異様に重く、人生で初めて弾丸と刀で鍔迫り合いになった。火花が散る。しかしながら、この程度ならば問題ない。
紅の弾丸を居合切りの勢いのまま弾き、弾は明後日の方向へ飛んで行った。
秋月が右腕を大きく伸ばし、その銃口を模した手の構えをそのまま続ける。先ほど鍔迫り合いになった紅の弾丸ほどの霊力は込められていないはずだが、それに近いような弾が異様なスピードで連射された。
速い。それに多い。受けるのは愚策。
「『風輪』」
翼を広げ、空へ飛び立つ。先ほどまで俺がいた場所に嵐が過ぎ去っていった。
やられっぱなしじゃ問題だろう。俺からも仕掛ける。
「太刀風!」
『風輪』を纏わせた脇差を振るい、こちらからも遠距離攻撃をお見舞いする。『地輪』を一旦解除し、どの輪が使えてもいいように打刀は自由にしておいた。
彼女が跳躍して飛んでくる太刀風を避けていく。その動きには緩急があり、当たりそうで当たらない動きをしている。狙いづれぇ。
太刀風を続けて放ち、そのまま空を飛びながら彼女の元へ降下していく。できることなら、こちらの得意な近接戦に持ち込んでしまいたい。
「あれで終わりと思ったの?」
秋月が銃の構えを取った右手に左手を添え、空を飛ぶ俺に照準を合わせた。来る。
視界を過ぎ去る紅の軌跡。風切り音。
先ほどと比べ、彼女の放つ霊弾の威力が大幅に向上している。何発も食らえば死んでしまうかもしれない。
それに加えて、彼女の弾丸が途中で弾道を変えた。
それぞれの弾丸が右へ左へと緩急を付け蛇のように曲がりくねる。曲がる弾丸か。”千手雪女”のものと似ているが、大きさとスピードがあまりにも違う。俺に観えるか?
弾幕の嵐。あの時と同じように直角的な機動を空中で取り、弾丸を避け、時に受け流していく。一度避けた弾丸が大きく曲がり、背中の方から俺に向かってきている。観える。観えているが、彼女の弾丸と奴の弾幕は本質的に違う。まるで、彼女の弾丸一発一発に、それぞれ意図があるような━━━━
その時、自らの立ち位置が彼女の射線の前にいることに気づいた。誘導されている。まずい。視線を彼女の方に向けると、膝を付き、反動に備える構えを取った彼女がいた。その指先には先ほどとは比べ物にならない霊力が充填されており、聞いたこともないような音を立てている。
あの充填されている霊弾にどれだけの威力があるかわからない。
今から地について防御のための壁を作り出すか? 着地と掌握が間に合わない。無理だ。
太刀風で叩き斬る? そもそも威力が足りないだろう。こちらも霊力を充填しなければ対抗できないというのに、充填する時間がない。
であれば、避ける他ないだろう。
先ほどから彼女の狙いはかなり良い。これが必殺の一撃であるならば、外すことは考えづらい。ならば。
「『火輪』」
開けておいた打刀に『火輪』の鍔を纏わせる。そこから間髪なく刀を振るい、炎でこちらの姿を隠した。
火輪による位置の撹乱。場を埋め尽くす炎の霊力が邪魔で、こちらの位置を把握するのは難しいだろう。そこからあの霊砲を避けて、一気距離を詰め、斬りかかる。
勝負はこの瞬間━━━━
「双方。そこまで。もう十分だろう。お互い熱くなりすぎだ」
気がつけば、山名が秋月の横に立っていた。その左腕で俺の方へ構える彼女の腕を抑え、俺に着地するように身振りで伝えてきた。
不完全燃焼な感じは否めないが、ここでやめにしておくべきだろう。十分だ。
『風輪』と『火輪』を解除して、しゃがむように着地する。その勢いで土煙が舞った。
俺も本気を出したわけではないが、彼女の振る舞いを見ていると彼女も同じくまだまだ引き出しがありそうな気がする。彼女もまた、西の防人ということか。見た目は幼ないが強い。
翼を閉じ立ち上がる俺に、秋月が笑いながら駆け寄ってくる。
「驚いたわ。あなた、新人にしては強いのね。これなら合格よ。一緒に頑張りましょう?」
彼女は両手を後ろで組み、顔を見上げている。表情やその様子からして、機嫌が良いようだった。
「ああ。秋月。先ほどまでの非礼を詫びる。君みたいな防人が後ろにいると心強い。よろしく頼む」
「ええ。任せなさい!」
彼女が屈託のない笑顔を見せる。
先ほどまでとは違う柔らかい雰囲気が、俺と秋月の間に流れていた。これなら、うまくやっていけそうだ。
そこに忍び足で、ずっと無言を貫き通していた甚内が入ってくる。そして、こう言い放った。
「合格も何も秋月。今日は新人がいるんだからビシッと決めてくるわ! なんて言って自分の実力を見せようとウキウキだっただけだろう。玄一。彼女は張り切っていただけだから、特に気にしなくていい」
彼の言葉に合わせて、場の空気がピシッと凍った。何かを感じ取ったのかすでに山名はその場にいない。なんだか見たことのある流れだ。
「あぁああんたねぇぇええ! それは言わない約束でしょう! このバカぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「えちょま秋月! 充填された霊砲はまずい! おっさんでは避けきれず体が蒸発してしまう! え、ちょぅうううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
甚内の叫び声が、空に届いた。
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