第四十四話 血盟


 早朝。日の出からしばらくして、空が薄明るい。装備を整え城塞を出ようと門へ向かって歩みを進めた。城門の前には既に甚内が立っていて、俺を待っている。


「では行こうか。玄一くん」


 そうして出立しようとしたその時、後ろから誰かの足音がした。振り返って見てみれば、上着を羽織った御月が、それを両手で抑えながらこちらに駆け寄ってきている。


「玄一。甚内。もう出発するんだな」


「ああ。踏破群がやってくる具体的な日時もわかっていないし、できるだけ早めにタマガキに戻っておきたい」


 その答えを聞いた御月が大きく息を吸って、はっきりと言った。


「玄一。甚内。タマガキを頼む。こちらは私に任せてくれ......次は絶対に殺す」


 続けて、彼女がこちらに敬礼を向ける。


「武運を」


 彼女とて昨日の戦いで疲れが溜まっているだろうに、早朝。こうして見送りに訪れるところで、彼女の几帳面さを感じた。その気遣いを、単純に、嬉しく思う。


「ありがとう。御月も、武運を」


 敬礼を返して、城を出た。





 出発してからしばらく。既に日は昇り、燦々と輝く太陽が眩しい。民間人であれば、歩いて時間をかけゆっくりとタマガキまで向かうのだろうが、俺たちは防人。昼飯時の到着を目標に、体を霊力で強化して走っている。馬と同じくらいの速度は出ているんじゃないんだろうか。防人でなかったころでは想像できないような速度で景色が切り替わっていく。


 そんな速度で駆け抜けるため、強く地を蹴る必要があるのだが、横の甚内からは足音一つしない。どうなっているんだ。これが忍者か。


「この速度なら予定通りタマガキに着くだろう。余裕も出来たことだし、少しこれからのことについて話しておこうか」


 余裕は出来ていないし、普通こんな速度で走り続けながら会話など出来ない。喋れないこともないが、絶対に息を乱すような気がしたので、頷きを返した。


「よし。詳しくはタマガキに着いてから話すが......玄一くんはある別の防人と組んでもらう」


「別の防人? 南の方から来るっていう人のことか?」


「そうだ。きっと御月たちとはまた違うことを学べるだろう。楽しみにしておくといい。そら、段々面倒になってきたな。もう一段階速度を上げるぞ」


「......了解」





 タマガキに到着する。


 甚内の一段階速度を上げるという言葉に、絶対に体が持たないと思ったが普通になんとかなった。もしかしたら、戦場で気づかぬうちに成長していたのかもしれない。自分が強くなっているということが、素直に喜ばしかった。


 出撃してからそんなに経っていないというのに、タマガキの風景が懐かしく見える。甚内と共に門をくぐりタマガキに入った後、寄り道をせずに本部へ向かった。



 いつもの階段を登っていきロビーへ入ると、そこには見慣れた一人の男が立っていた。


 片腕を失くしてもなお、豪傑としての威容を崩さない偉丈夫の男。


 タマガキの郷の郷長。山名。こちらの帰還を待っていたであろう彼が、その片目を開いた。


「来たな。甚内。玄一。甚内は予定通り今すぐ城下を探れ。玄一には話がある」


「了解した。郷長。それで、第四踏破群の到着はいつだ?」


「二日後の予定だ。窓口を務めた輝明からはそう聞いている」


「わかった。では踏破群の到着までできる限り情報を集める」


「頼んだぞ甚内。お前が頼りだ」


 そう言い残した甚内が、ロビーから音もなく消える。この空間には係官といった人員が誰もおらず、今、この本部のロビーにいるのは、俺と山名だけだ。


 彼が俺を見つめて、ゆっくりと口を開く。


「玄一。前線にて、空想級と交戦したと聞いている。主力を欠いた状態での激突であったのにもかかわらず、死者はたったの四名。空想級と交戦したという事実を踏まえて、数字で見れば少ないものだ。だが」


 彼がこちらへ歩み寄り、俺の右肩を掴んだ。片方しか掴まれていないはずなのに、両肩に重みがかかったような気がする。


「数ではない。若き参謀と老練な兵を失った。彼らの命を無駄にしないためにも、直接話を聞かせてほしい」


 彼がこちらに視線を合わせようと、少し足を曲げて屈んだ。彼の顔が、俺の目の前にある。


 西を背負うものだからだろうか、その言葉が重かった。

 ぽろぽろと、あった出来事を話していく。空想級魔獣”千手雪女”の出現。奉考の激励。逃走。そして彼らの死。奴と戦った時に覚えた違和感。月華の能力『朔望の英雄』による御月の介入。交戦。そして撤退。


 ゆっくりと話していったが山名は催促するようなことはなく、じっくりと、こちらに耳を傾け聞いていた。俺の話を聞き終わった彼が鋭い目つきで、遠くを見つめる。


「空想級がお前に執着しているか......識君め。何を知っている」


 表情を戻し、こちらの方を向いて、彼が囁くように言った。


「いくつか追加で聞きたいこともあるが.......問題ないだろう。ありがとう。玄一」


「……ああ」


 ゆっくりと立ち上がった郷長が、その左目を閉じて少しだけ唸った。話を終えた彼はまた、ゆっくりと考え込んでいる。


 俺も、山名に聞きたいことがあった。そう思って、声を発する。


「山名。奉考。彼のことが聞きたい」


  再び目を開いた彼が、俺の方をじっと見つめる。しばらくの間沈黙を保った後、それを破った。


「......お前はまだ若い。死者を知ることによって辛くなるだけかもしれんぞ」


 確かにこれは、俺の自己満足なのだろう。作戦から帰ってきたら、色々な知らないことを彼に聞こうと思っていた。しかし、それはもう果たされることはない。だからこそ。


「単純に、彼のことが知りたいんだ。向き合うために」


 こちらの覚悟を感じ取ったのだろうか、再び目を瞑り考え込む山名の姿。静寂がロビーを包んだ後、彼が口を開く。


「今日、ちょうど奉考の家で遺品整理が行われるはずだ。そこに行け。それと、踏破群が到着するまでは待機していろ」


「ありがとう。郷長。では失礼する」


 ロビーを出る俺の背中を、彼が眺めていた。





 係官に彼の家の場所を聞いてから、そこへ向かう。彼の住まいは俺の家からかなり近いところにあって、家の前では複数の兵士がすでに荷物を運び出していた。その中で監督者と思われる人に、住居に入り込んでいいか声をかける。


「生前知り合いだった防人の玄一さんですか。お悔やみ申し上げます。奉考殿は家族もいないようなんで、遺品の処理がいやぁもう大変ですわ。一応、部下を一人付けておきます。もし何かあるようでしたら聞いてください」


「感謝する」


「いえいえ」


 断りを入れたのち、彼の家に入る。もうすでに荷物のほとんどを運び出してしまったようで、人のいなくなる住居の儚さを感じ取った。狭いはずなのに、広く感じる。


 そんな中、彼ら作業員が処分に困っていると言っていた書斎へ向かった。

 その部屋に慎重に入り込むと、そこには天井まで届くんじゃないかと思うぐらい山積みになった書物がある。そのいくつかを手にとって、見てみた。


 防人戦術論、戦略論、政治論、経済、タマガキ周辺の情報をまとめた資料など、機密臭いものも何個か転がっている。ここまでの本を集めるのに、どれだけの時間と労力を費やしたのであろうか。ましてや読むなど。


 先ほど話しかけた作業員の責任者がつけてくれた、別の作業員に声をかける。


「すまない」


「へいへい。なんでらっしゃいますか」


「この中に機密と思われる資料がいくつかある。一応、ここにある書物を全て防人として接収し、俺が処分しておく。遺族もいないようだし......問題は無いな?」


「へいっ。防人様の命とあらば、問題ないと思います」


「ありがとう。では、台車を貸してくれないか。俺の家まで運ぶ」


 彼の読んでいた本を読むことで彼のことを知れるんじゃないかと思い、ついつい防人の権限を使って貰ってしまった。おそらく山名はこれを見越していたのだろう。もちろん、処分する気はない。養成機関で座学過程を終了していない俺に本の内容は分かるだろうか不安だが、これがきっと良いだろう。


 残る作業を書斎のみに残していた作業員たちが、借りた台車に本をうまいこと載せてくれた。後日返してくれれば良いとのことで、その好意をありがたく受け取る。


 自分の家まで台車を引っ張っていき、帰宅した。




 遅れて腹ごしらえをした後、久々の休みを堪能する。と言っても、また庭で刀を振ったり、下町の方まで散歩してそこで夕食を済ませ、割といつも通りだが。一瞬もう一度酒に挑戦してみようかとも思ったが、下町で前のようなことが起きれば大問題になりそうなので、自重する。


 酒の代わりといってはなんだが、防人の高給をいかんなく発揮し、茶屋を回って甘味を楽しんでいった。カステラなるものまであって、実に素晴らしかった。また行こう。


 そうして過ごしていたら、あたりは既に暗くなり始めて空を飛ぶ鳥の鳴き声が聞こえる。二日後、と山名は言っていたが、もしかしたら明日踏破群が到着するようなこともあるかもしれない。またすぐに戦いとなるかもしれないが、十分に羽根を伸ばすことができた。疲れが完全に取れたわけではないし、傷が痛むが、また、まだ、俺は戦える。



 下町から帰路について、家に帰ってきた。部屋には、山積みになった書物が残っている。俺の住んでいる家は一人が住むにはとても大きい家なので、収納に困ることはないだろう。とりあえず仕舞うか。


 そう思って立ち上がり、積み上がった本を持ち上げて、奥の部屋に運んでいく。その中に、一際目立つ赤色の装丁を持った本があった。何気なしに、その本を手に取る。


 そこに書いてあった題名を見て、目を見開いた。



 秘密結社 血脈同盟と。



 霊力を使って灯をつける。その場で本を開いて、中を見た。そこには、現在明らかになっている血脈同盟の情報や、その犯行、構成員、そして著者の考察が述べられている。本の序章では、組織の情報を簡潔に述べていた。


 この血脈同盟という組織がタマガキにやってきたが故に、内地から踏破群が派遣されてくるのだ。この本を読めば、これから戦う敵について知ることができるかもしれない。立ったまま、夢中で読み進める。



 秘密結社 血脈同盟


 五百名から千名ほどの人間で構成される組織であり、その勢力は年々拡大してきている。

 組織は主に、最高峰の防人と同等の戦闘能力を持つ、幹部の血盟、そして組織に所属し、諜報や破壊工作を行う、団員により構成されている。また、彼らに協力する民衆、浮動層が存在する。



 最高峰......御月と同じくらい強い敵がいるのだろうか。どうりで踏破群がやってくるわけだ。黙々と読み進めていく。



 魔物に唯一対抗し、選ばれた存在である”ヒノモトノ民”の純血を守るべしと主張し、外来人及び霊能力を持たない人間に対し駆逐と呼ばれる行為を行う。それらの行為はありとあらゆる手段をもって行使され、その通称、駆逐現場は凄惨さのあまり、ある防人によれば魔獣よりも恐ろしいものだったと言われている。


 帝都に存在する外来人排斥派からもその手段から存在を疎まれており、帝の意向に楯突く犯罪者集団として生死を問わず懸賞金が掛けられている。特に幹部である血盟はたとえ発見したとしても、その危険性からまず防人に連絡するように定められている。



 ......政治の場でぶつかり合う思想の話だろうか。西で育ち、帝都に一年しかいなかった俺には、やはり分からない事ばかりだと痛感する。続けて、読み進めた。



 幹部である血盟は現時点で第壱血盟から第拾参血盟まで存在。この数字は組織における序列や戦闘能力の優劣ではなく、あくまで参加した順番を示している。

 血盟になるためには現血盟の推薦及び盟主である第壱血盟を含んだ過半数からの賛成が必要。可決した後、互いの”純血”を互いの血を垂らした血酒を飲むことで確認する。要出典。


 血盟と呼ばれる幹部は、その素顔を覆う変わった面を持っており、それらの面はその血盟の能力や名称と関連している。他の血盟ではない構成員は同じ種類の覆面や鉢巻を付けており、その色によって階級が変わるとも言われている。


 唾を飲み込む。こんな集団が、タマガキを混乱に陥れるかもしれないというのか。

 最後のページには、血盟について記されている。


 現在帝都より確認・発表されている血盟


 第壱血盟 血潮公 人相書きあり

 第弐血盟 大天狗おおてんぐ

 第参血盟 追放により不明

 第肆血盟 山姥やまんば 人相書きあり

 第伍血盟 剣聖により殺害。永久欠番。

 第陸血盟 犬神 いぬがみ

 第漆血盟 鬼才

 第捌血盟 辻斬 人相書きあり

 第玖血盟 屍姫しき 人相書きあり

 第拾血盟 鎌鼬かまいたち

 第拾壱血盟 青頭巾

 第拾弐血盟 不明

 第拾参血盟 幽鬼


 タマガキ近郊にいるとされているのは、この第玖血盟。屍姫しきか。彼女の項目を開き、情報を読み込んで、絶句する。


 停止した思考を加速させる。ページをめくる音だけが、部屋に響いた。






 気がつけば夜が深い。この本を読み込んでいたら、あっというまに時間が経っていた。読了した達成感はなく、強い恐怖のみが胸に残る。



「これが......敵」








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