幕間 接触

 


 洞穴の中を蝋燭が照らし、一人の男が床几しょうぎと呼ばれている折りたたみ式の椅子に座っていた。その男の横には槍を持つ護衛だろうか、簡素な鎧を纏った者が侍っている。


 ここはタマガキの郷より東。山岳部の中の隠された場所に、外より老齢に差し掛かりそうな男が入ってきた。


 入ってきたその男を見て、椅子に座った男が声を上げる。


「久しいな。輝明殿」


「そちらこそ、壮健で何より」


  どうやら彼らは知己であったらしい。積もる話もあるのだろうか。彼らは声を弾ませ、談笑した。


  一通り会話を続けた後、男が喉を鳴らし、声を上げる。


「それで本題に入るが、西が反攻を開始したというのは本当か」


 おそらくこのことが今彼が最も気になっている話なのだろう。彼は輝明の方へ、体を前かがみにしていた。


  その問いに対し、輝明が頷く。

 

「その通りだ。すまないが止めることは出来なかった。どうやら今しかないとさきがけは判断したらしい」


 それを聞いた男は大きくため息をついて、大袈裟に両手をあげた。真上を向き、ロウソクの炎に照らされる洞穴の天井を眺めている。


 この男の奇妙な動きに対し、慣れているのだろうか、輝明は反応を見せない。ロウソクの炎が揺らめく。瞬間。男が両手をおもむろに下げて、言った。

 

「英傑だがなんだが知らぬが、これ以上西に好き勝手されるのは困る。帝の御意向に反する、故にな」


「......まだ貴君の支持する公は帝ではないと記憶しているが」


「はははっ 冗談だ」


 感情の籠もらぬ笑い声が洞穴に響く。


 冗談と言ったはものの、クスリとも笑うことなく輝明は無表情のままだ。答えはなく、洞穴の中は異様な雰囲気に包まれている。


  沈黙が続いた。その静寂を、椅子に座りなおした男が切り裂く。


「輝明殿、本題に入らせていただく」


 それを聞いた輝明が本題に入るのは二回目だろうと心の中で毒吐き、胡乱げな表情を見せた。


 輝明が牽制するように、先に声を発する。


「なんだ、またタマガキの戦力を明かせとでも言うつもりか? 確かに貴君とは同郷であるし、志を同じくするものであるが、私とて今では西の参謀。そのような真似は出来んぞ」


 その言葉を聞いた椅子に座る男は、呆れたような、からかうような表情を見せた。


「君も堅いな。それを諦めた訳では無いが、今回は別件だ」


  両手をぷらぷらとさせ、輝明をおちょくるような動きをしている。それを見て輝明が声をあげようとしたその時、男の顔から笑みが消えた。


「血脈同盟の一人が西に逃げた。それを追い私は踏破群を連れて西に入る。受け入れの準備等を頼む」


「な......血脈同盟だと。第何位だ。そいつは」


「幸いにも上位ではない。しかし、こいつを逃す訳にはいかないし、それにそんなものがタマガキに来ているともなれば、流石の魁も西の歩みを緩めざる負えないだろう。これは好機だ」


  暫時、声を上げようとした輝明であったが、それを止めて思考を巡らす。彼とて参謀というエリートの一人だ。これから起きることを予想し、考え込んでいる。


「まあ何にせよ、血脈同盟には感謝せねばなるまい。奴らのおかげで西で動けるようになる。輝明。今後とも頼むぞ」


「あ、あぁ......」


「ではまた。行くぞ」


  護衛に声をかけた男が椅子から立ち上がり、その場を去る。コツコツとなる足音が洞穴の中に響いた。


  蝋燭の火が消える。暗闇の中、唸る声が響いた。




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