第三十八話 岐路
波のように動く土流。沈んでいく
そう思ったのも束の間、大地に行き渡った霊力を押し返すようにしている、地中にいる奴の魔力の奔流を感じた。
(これが幻想級......! やはり俺では無理か!)
奴の魔力によって『地輪』の霊力が打ち消され、操作し干渉できる土塊の量がどんどん減っていく。刀を通し、身体中に感じる悪寒。地中から言葉にもならぬ、高音と低音を織り交ぜた奴の叫び声が聞こえた。それに合わせて、奴の体から出る魔力の量が爆増する。感じる魔力の量が尋常じゃない。強いだろうとは思っていたが、
しかし御月と奉考の判断によれば、こいつは幻想級下位に分類される魔獣。その異能は耐刃能力という攻撃に向いたものではなく、状況によっては脅威となるかもしれないが幻想級の中でも最弱レベルだ。こんなにも強大な魔力を持つ魔獣が、幻想級の中では最弱。こいつよりも更に強い魔獣と戦って勝つ己の姿を、想像できない。だがいつかは━━
奴が地中で回転し、暴れるのに合わせて大地が波を立て揺れ動いた。
今の俺では抑え続けることはできない。しかし、これで十分のはず。
なぜなら、今は前と違うからだ。定石通り、魔獣に相対しているのは複数の防人。俺一人ではない。
俺が
既に”槌転”の体の大半は大地の呪縛から抜け出そうとしている。しかし仕留めるには今が絶好の機会。
「御月!」
彼女の名を叫んだ。
俺の右を通って彼女が跳躍する。彼女が手にする月華の刀身は光り輝き、月の霊力が収縮して必殺の威力を内包していた。彼女は刀を右手に握り、腕を大きく右に伸ばしている。
すれ違ったのは一瞬であったが、彼女の笑みが見えた。
「まったく。そんなに早く強くなって、君は一体どこまで強くなるつもりだ。後は任せろっ!」
彼女が強く大地を蹴り、勢いをつけた。
感じていた”槌転”の魔力が彼女の霊力を前にして弱まる。そこで感じたのは、勝利への絶対の確信。
彼女が手にしていた月華の柄を一回転させ、峰の方を”槌転”へ向けた。
もしや、彼女の言っていた方法というのは━━━━━━
「斬れないのならば叩き殺せばいい。単純な話だ」
月華を構えた彼女がニヤッと笑った。
まさかの、脳筋戦術。それ、俺が動き止める必要なくないか?
彼女が月華を振るう。動きを止められている”槌転”に避ける術はなく、月華の一撃が奴に直撃する。
奴の丸い体が文字通り
「峰! 打ち! だ!」
一撃で終わるはずもなく、凄まじい速度で刀が振るわれていき、奴の体のあちこちから骨が砕け散るような音がした。それと同時に、大量の青黒い血が舞う。
御月は止まることなく月華による殴打を続けていた。彼女が再び月華に霊力を込めて刀を天高く上げて、トドメの一撃を放つ。
振り上げられた刀の切っ先を、”槌転”がその血走った目で見つめて、叫んだ。
「ボボボッボッッッボボボボボォォオオ!!!!」
それを無視して風を切り、彼女の一撃が奴の頭頂部に直撃する。それに合わせて奴の巨大な目玉が飛び出て木にぶつかり、爆発四散した。
彼女が月華を振るい、こびりついた奴の血肉が飛ぶ。いくら魔獣といえど、流石にここから奴が復活するようなことはないだろう。深呼吸をしていた、彼女の方へ駆け寄った。
「玄一。大金星だな。ここで幻想級を仕留めれたのは大きい」
御月がこちらを見て笑う。彼女の体には先ほど叩き殺した”槌転”のものと思われる返り血が付いており、猟奇的な見た目であるとも言える。しかし彼女が戦場で兵士たちに大太刀姫と呼ばれるのも、納得だった。血に濡れた彼女の中には芯があり、美しい。
彼女の言葉に返答する。
「ああ。ありがとう御月。しかし......本当に奴を拘束する必要はあったのか?」
「無論、意味はあったぞ。奴の真価はおそらく閉鎖的なダンジョンで壁や天井を跳ね回ることで発揮されるものだ。流石に一撃で斬らずに仕留めるのは難しかったからな。捕らえてくれたおかげで逃さずに奴を獲ることができた。ありがとう。玄一」
彼女の説明を聞き、安堵する。しかし、最初から峰打ちで斬りかかっていたら彼女が勝っていたような気がしなくもない。
「それなら良かった......」
「よし。奉考たちと合流するぞ。既にこちらの戦闘が終わったのを察して集結しているようだし、その位置は掴んでいる。早速向かおう」
月華を消失させた彼女に合わせて俺も二刀を納刀し、走る彼女に続いた。
前方に黒ずくめの集団━━特務隊の姿が見える。その中には指揮を取っている奉考の姿があった。
「御月殿、玄一殿。ご苦労だった。それで、首尾はいかがかな? 無論聞くまでもないだろうが」
彼が笑みを浮かべる。その佇まいからその喜びが伝わってきた。
魔獣との戦争における大局の見方はわからないが、彼の様子から察するにやはり幻想級を仕留めるというのは戦略的に大きいのかもしれない。
御月が一歩前に出て、返答する。
「無事片付けた。それは問題ないが、奉考。他の隊はどうなっている。私たちは魔獣の襲撃を切り抜けることが出来たが、同じように襲撃を受けている隊もいるかもしれない」
彼が御月の言葉に頷き、真剣な表情で返す。
「丁度よく先ほど伝令が訪れていてな。後方の主力はこちらが道を掃除しただけあって魔物と交戦すらしていないらしい。それで、南の方だが......あちらも魔獣の襲撃があったようだ」
御月が目を見開き、驚きの声をあげた。
「何!? 等級は? 被害はどうなっている?」
「それが......幸いにもその場に居合わせていた防人が幸村殿だったようで、危なげなく処理したようだ。等級がなんだったかも分からない速度でな。それ以外では特に襲撃があったという話は聞いていない」
「そうか爺さんが......それなら等級が分からないのも納得だ。彼の能力をもってすれば幻想級以下の魔獣は秒殺だろう」
別の隊の話から話題が変わり、幸村という防人についての会話を続ける奉考と御月。おそらくその男は、タマガキから前線に出撃しているという俺が会ったことのない防人の一人だろう。しかし、幻想級以下の魔獣は秒殺......一体どんな凶悪な霊能力を持っているのやら。
よくよく考えてみれば、まだタマガキにいる防人のほとんどと会ったことがないかもしれない。あと四人はいると聞いている。それに加えて、西部の要塞群に属している防人もいるのだから、結構な量になってしまう。ただそれでも、その話に出てきた幸村という男と御月の技量は卓越したものであると確信していた。
「それはさておき、ダンジョンを落としに行こう。もし攻略に手こずったら拠点化が完了する前に日が暮れてしまうかもしれない」
「む、それもそうだな。しかし門番である魔獣は既に撃破している。攻略には難儀しないだろう。御月殿、隊の一部を連れて城塞を落としてくれないか。我らはここら周辺と明日進撃する方を哨戒し魔物がいれば片付ける。攻略の途中に介入されたり夜襲でもされたら面倒だからな」
「それは構わないが......奉考殿は大丈夫なのか? また魔獣の襲撃がある可能性もある。南にも魔獣が襲いかかってきたと言うし、やはりこの戦場は今までと違うぞ」
「問題ない。精鋭の特務隊に加えて玄一殿もいるからな。この戦力ならば大体は対処できるだろう。まったく、嬉しい誤算だ」
「それには同感だ」
彼女が微笑み、共感するように頷いた。
御月はすでに知己なのだろうか、一部の兵士を名指しで選び少数の隊を編成している。俺もできることならばダンジョン化した城塞に突入してみたかったが、ここは経験豊富な彼女に任せる方が良いだろう。それに、明日のことを考えれば奉考の提案も納得だ。
奉考がそのよく通った声で、全体に聞こえるように言う。
「よし。御月殿と共に城塞に突入するもの、そして城塞付近に待機する以外のものは追従せよ。これより周辺の哨戒、そして残存する魔物の掃討に移る。玄一殿もこちらへ」
整列し待機する特務隊の元へ歩いていき、部隊行動を開始した。
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