第三十七話 土塊
御月と別れてからまだそんなに時は経ってはいないが、時間に余裕があるわけではない。俺は上空から彼女の位置を確認しつつ”
目を細め遠くを見ると、だいぶ先に木々がない開けた場所がある。迎え撃つのに完璧な場所であるわけではないが、現時点であそこが最も良い場所だろう。もしかしたら他に良い場所もあるかもしれないが、迷ってなどいられない。あそこで決まりだ。
下の方を見れば、先ほどと同じように牽制を加えつつ下がる御月の姿が目に付く。彼女もこちらの方を見ていて、目が合った。こちらに気づいているし、魔獣と相対しつつもこちらに気をかけている。空高くかなり離れているというのに、なんて良い目を持っているのだろうか。彼女は。落ち着いている。
後方よりそんな彼女を追いかけ続ける真っ黒のバケモノ。奴は終始四方八方に跳び回っており動きが予測しづらい。うまく奴を引きつけ罠に嵌めることができるか心配になる。しかし、そこは御月の腕前を信じよう。
こちらを見る彼女に対して進行方向を刀で指し示す。それを見た彼女が頷いた。
両刀を鞘に収め、霊力を『風輪』に込めた後、空を飛びその場を去る。彼女の武運を祈った。
全力で加速し、迎え撃つと決めた場所に向かう。二つに割れて両翼を形作るマントが風を叩くような音をあげた。
風の力を使い全力で突き進めば、最初は点のようだった目的地がどんどん近づいてくる。翼を使い、前とは違う安定した状態にあるからだろうか、あっという間だった。
翼を開き減速して、スライディングしながら着地する。土を擦るような音が立った後、砂塵が舞った。
今から俺がやろうとしているのはまだ未完成、習熟していない技。こんなものを実戦で、それも魔獣戦で使うなど、絶対にやりたくなかったが仕方ない。そうしなければ斬撃を無効化する奴に対抗できない。ここは賭けだ。
しかし賭けが本当に必要なのかと思えば疑問符が付く。先ほどまで奴と交戦状態にあった御月の姿が頭に浮かんだ。魔獣がやってきてからも彼女には余裕があり、のらりくらりと奴の突進を躱していた。現れた魔獣が幻想級であろうとも、今世西部最強と呼ばれる彼女が焦る理由などないのかもしれない。斬撃を無効化するというのは剣士にとって天敵であると言えるはずなのに、そんなものと相対しても汗ひとつかいていないなんて、一体どれだけの修羅場をくぐってきたのやら。彼女の本気をいつか見てみたい。
着地地点から少し離れた場所に歩いて行って、立ち止まる。首を下の方へ傾け、大地を眺めた。
その場にしゃがんで地に右手をつけて、撫でた。力を、貸して欲しい。
立ち上がって、打刀を引き抜く。刀を一回転させた後、強く柄を握り、地に突き刺した。
「揺れ動け! 『地輪』!」
鍔の代わりとなって纏い回転するのは、黄土色の輝き。
俺が今回の作戦に当たって、鍛錬しようと選んだのはこの『地輪』だ。
選ぶ時は本当に悩んだ。何故なら、ただの遠距離攻撃手段だった『風輪』が空を飛ぶという能力に飛躍したように、他の能力にも可能性があるということはわかっていたが、それぞれがどんな方向に行くかがわからなかったからだ。もっと検証する時間があれば最適解を選べていたものの、仕方なく現時点保有している能力から判断して選んだ。
その結果、ダンジョン攻略を担うという点から屋内戦闘があることを意識し、味方が周りにいる状態では使えないであろう『火輪』と『水輪』を選ばず『地輪』を選んだが、これがとんでもない曲者だった。
実際に検証に移ったところ、いくつかわかったことがある。
まず、武器防具の性能をあげるという既存の能力は込めた霊力の量に合わせて上昇することがわかった。この能力は霊力による身体強化に近いものがあると感じたが、なんとなく、まだ秘めた何かがあるように感じた。しかしこの強化には上限があるようで、ある程度の霊力を込め終わった後はいくら霊力を注ぎ込んでも、あまり性能が上がらなかった。
すぐにこの事がわかった後、さらに究明していこう意気込んだはいいものの、どうしたらいいかわからず行き詰まってしまった。
他の三つの能力はそれぞれの事象を生み出すことができたが、この『地輪』だけはどうしても生み出すことができず、発展性が無かったためである。
そんな中、自らへの苛立ちのあまり『地輪』を纏わせた右腕で地面をパンチしたらその部分を中心に
大地が、水面に広がる波紋のように揺れたのだ。そこからは作戦開始まで時間もあまりなく、必死こいて調べた。
まだ結論を述べることは出来ないが、おそらくこの『地輪』の秘めていた能力というのは、大地への干渉である。端的に言えば、霊力を通して大地を自由自在に操ることができるのだ。しかし、この大地への干渉には繊細な霊力の操作が必要で、今の俺では直接刀や手を使って大地と繋がり、立ち止まってしか行うことができない。その上、多大な集中力を要する。
目を閉じて、己が感覚を刀を通して繋がる大地へ預けた。遠くから一定のリズムを刻み、地響きがする。刀から感じる揺れを通して気が付いた。
その地響きに加えて不規則に刻まれる、奴のものと比べれば小さな揺れ。先ほどの地響きは魔獣のもので、これはおそらく御月のものだろう。時が経つのに連れて、だんだんと揺れが大きくなってくる。
『地輪』に霊力を込める。それに合わせて『地輪』が廻転した。『地輪』に注がれた霊力はそのまま刀身へと行き渡り、そこから大地へ広がっていく。
おそらく誰も感じ取ることなんて出来ないだろう些細な動き。小刻みに大地が揺れ始め、小さな小さな細かい砂が揺れ動き始めた。
まだだ。まだ足りない。相手にするのは魔獣だ。それも幻想級。そんな敵の動きを止めればならぬのだから。こんなものでは足りない。
『地輪』が更に廻転する。思い描くは”
だんだんと大きくなっていく奴の地響き。御月は霊力からこちらを捕捉しているのか、まっすぐ俺の元へ向かってきている。時間はもうない。
空想せよ。描け。この能力は可能性で満ち溢れているんだから。きっと、俺程度が想像することなら出来るはず。
これは奴を捕らえるための罠。奴に警戒されてはならない。それを意識して取り掛かる。
見た限りでは、何の変哲も無いただの大地。しかしながら、己が刀を中心に準備は整った。あとは彼女を信じるだけ。
音が近い。もはや揺れを頼りとせずとも、聴覚でこちらへ向かってくる存在を確認した。疾走する、誰かの足音。
「玄一!」
聞こえる音からして、先にこちらへ飛び出てきたのは月華を手にする御月だろう。彼女と俺を、何かが日光を遮り大きな影が包んだ。風の声を拾う。
御月を追うような形で、空から迫ってくるのは、毛に包まれた真っ黒のバケモノ。幻想級魔獣”槌転”。
何も言わない俺を見た御月がこちらの方へ駆け寄る。俺の霊力の動きを察知できる彼女ならば、言葉は不要とわかっていた。
再び、あの時感じたような時が伸びる感覚。目を、見開いた。
目の前にいるのは”槌転”。こちらを見て違和感を覚えたのか奴の目が蠢いている。
だが、もう遅い。奴は既に俺の射程圏内に入っている━━!
大地に、俺が突き刺す刀を中心に広がっていた地の霊力が、その能力を発動させた。大地が光り輝く。御月の息を呑む音が聞こえた。
この場を完全に自らの領域とした。その中で、奴を捕らえる罠を想像する。奴を包み込んで、逃さない。
きっと、このような曖昧な想像を具現化するには言霊が助けになるはずだ。
また同じように、名を唱える。
「
光り輝く大地に着地した”槌転”は、まるで水面に落ちた石のように大地に
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