第三十六話 仇桜作戦(4)
その場を跳ね続ける
「奴を斬ろうとした時、奴の毛が刃を阻んで一切斬ることが出来なかった。刀剣に対する防御。おそらくこれが奴の異能だろう。他にあるのならばとうに使っているはずだ」
月華を構えた御月が言った。魔獣戦の経験が豊富なはずの彼女が言うのなら信用していいだろう。その言葉に思考を巡らす。
今俺が持っている最も威力の高い技は「
部隊を周囲に展開し終わり、何人かの兵を侍らす奉考が大きな声で言う。
「対象”槌転”を幻想級下位と断定。霊矢の使用を許可。支援せよ」
御月のことを警戒しているのか、その場を跳ね続けている”槌転”は動かない。そこへ迂回し射撃体制をとった五人の兵士が矢を射掛ける。しかしながらその剛毛に阻まれ、あまり効き目がないようだった。弓兵の顔が歪む。
”槌転”も弓を持つ兵士たちを意に介していないようだった。その証拠として奴の視線の先は御月から離れていない。
しかし効き目が無いからといって攻撃を止める訳にはいかない。霊力を扱う兵士のために特別に作成された強弓。一般人であれば引くことすらできぬその弓が大きくしなる音を鳴らした。
特務隊の攻撃に参加しているほとんどが弓を持ち、近代で主な武装とされていた銃を持っていない。弓を大真面目に使ってるなんて、戦国時代じゃあるまいしと思うがこれには立派な理由がある。
魔物との戦争において前時代の武器である弓が使用され銃が廃れた理由はいくつかあるのだ。そのうちの一つとなるのが、銃から放たれる小さな弾丸は魔獣に損傷を与えるだけの霊力を込めることができないという点である。その上直接手に触れているわけではないので、頑張って霊力を込めたとしても伝導率の問題で効率が悪い。その点矢は直接触れることができ、かつ素材の問題で魔獣に損傷を与えるだけの霊力の保持が可能である。命中率もそこそこ良く、矢を再利用できることからも弓が主武装となっている。とはいえ、損傷と言えるほどのものでもないが。要は、技術力の問題である。
しかしながら今なお銃火器の研究というのは続けられており、内地で取り締まりを行う部隊は対人兵装として銃を使用しているらしい。
それと……銃というのは、忌避すべき武器だ。過去に起きたヒノモトを揺るがす大事件から、民間と公的機関どちらも通して、拒否反応が強い。
特務隊が矢を放つ。魔物を簡単に貫くであろうその一撃は、幻想級魔獣を相手に突き刺さることすらなかった。
射掛ける矢に効果は認められず、御月と”槌転”は睨み合うような状態のまま。
後ろから彼女に声をかける。
「御月」
声をかけた俺に対し、彼女は”槌転”の方を見て刀を構えたまま返事を返す。
「なんだ玄一。何か策でもあるのか?」
魔獣から目を離したくないのか、振り返る素ぶりすら見せずに返事をした彼女に問いを投げかける。
「君は奴を倒す手段を持っているか?」
「斬撃を封じられた以上今の私では少ししかないが......奴の動きさえ止めてくれれば可能かもしれない」
「わかった。では俺が奴の動きを止める。その仕込みとして君は奴を上手いこと引きつけてくれないか?」
「よし。君を信じよう。私が前に出る。二人で仕掛けるぞ」
「ああ」
彼女が地を踏みしめ音が鳴る。御月が月華を下段に構えて駆け出した。それに続いて俺も前へ進む。
「吹き荒れろ! 『風輪』!」
再び体を包むは霊峰の風。それに合わせて背の翼を再び展開し、空を飛ぶ。
こちらの動きを見た魔獣が迎え撃つかのように俺たちの方へ跳び込んでくる。その巨躯であれば俺と御月を同時に狙って体当たりを仕掛けるのも不可能ではない。このままだと俺も御月も直撃を貰う。
御月が左に回避し俺が右へ飛んだ。
二手に別れた俺たちを見て、狙いを外した”槌転”はそのまま左へ回転し御月の方を追撃しようと跳ぶ。
「残月!」
月華から放たれるは月の刃。奴に直撃するも俺の太刀風と同じように効き目がない。
”槌転”はこちらに一切の興味がないようだ。残月を放ちながら距離をとる御月を追いかけて、どんどん跳んで行く。
御月は俺の言った奴を引きつけるという頼みを遂行しようとしているのか、残月で牽制を加えつつ下がっている。彼女が退く方に先回りし、奴の動きを止める準備をしなければ。
「魔獣はこちらが請け負う。邪魔が入らないように魔物の方を」
先ほど俺たちのやりとりを聞いていた特務隊の面々に対し、声を発した。
それを聞いた奉考が頷き、返事をする。
「了解した。特務隊。周囲に展開し警戒せよ」
その提案に対し、奉考に拒否する意思は見られない。むしろ、今行われているのは魔獣戦であるというのに不気味なほど落ち着いていた。それだけ、御月の力量を信頼しているのか。
御月の期待に応えるために、マントでできた翼を大きく羽ばたかせる。彼女が通るであろう地点へ先回りし、仕込みを始めることにした。
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