第三十五話 仇桜作戦(3)


 ワイバーン及びインプの殲滅を確認した後、背中に展開していた翼を閉じた。急降下ししゃがむような形で着地する。着地地点を中心に地面が少しへこんだ。


 そこへ月華を消失させた御月が駆け寄ってくる。笑みを浮かべながら彼女が言った。


「お疲れ様、玄一。そろそろ特務隊も来る頃だろう。彼らと合流した後前方にあるダンジョンに攻勢を仕掛けるぞ」


 浮かぶ一つの疑問。聞いていた話と違う気がする。


「ダンジョンは本隊に任すはずじゃなかったのか?」


 彼女が人差し指を立て口を開く。


「大半のダンジョンは彼らに任すことになっているが、いくつかは先鋒が請け負うことになっている。ここもその一つだ」


 そう言った後彼女は後ろの方を向き、親指を立てて後ろをみるようこちらに伝えてくる。後方を見てみれば、遠くの方に黒一色の装備を身にまとった特務隊がいた。彼らに手を振り、合流した。





 最前列を歩いていた奉考が一人の兵を侍らせこちらへ歩み寄り、声をかけてきた。


「ご苦労。御月。玄一。このまま前方のダンジョンを落とす。そこを拠点化し橋頭堡としてさらに進撃するぞ」


 奉考が顎に手をやりながら続ける。


「それにしても凄まじい速度で進んでいったな貴君らは。こちらは道中安全だったくらいだ。一体何体の魔物を倒したんだか、特務隊の者たちが懐かしげな顔をしていたぞ」


「話がずれたが、あそこのダンジョンはもともとこちらの要塞だったものを魔物が奪取しダンジョン化したものだ。戦略的にも絶対に奪還せねばならない。行くぞ」


 彼が手を振り特務隊が動き出す。彼らの前に出て、御月とともに防人である俺たちが最前列を担当することになった。





 御月と肩を並べ歩みを進める。前方には崩れた箇所が目立つ荒廃した城壁。まるで妖気が城全体を囲んでいるように、不気味な雰囲気を醸し出していた。


 それを見た御月が真剣そうな表情で言う。


「おそらく魔核がある。ますますここを落とさねばならなくなったな」


 それを聞いた奉考は再び顎に手をやり考え込んでいる。本来、魔核を伴うダンジョンの攻略というのは最優先事項として、迅速に行われるべきものだ。何故ならば、魔核は周辺地域の魔物の知能を向上させる効果を持っており、これを破壊することによって、戦局を有利にすることが出来る。


 しかしながら、それだけ重要なのは魔物側にとっても同じ。知能が向上し駆け引きを可能とした魔物たちと、それを守護する魔獣がいる。これを突破して破壊するのは非常に困難で、損害を覚悟せねばならない。


 俺はダンジョンに関しての知識を御月の授業を通して得ることができたが、実際に踏破した経験はない。この場でしゃしゃり出て、口を出すべきではないだろう。静かに黙って待つ。


 しばらくの間奉考や御月に動きはなく、通り抜ける風の音が聞こえた。


 その沈黙を破り、御月が口を開く。纏う霊力をさらに強くした彼女の雰囲気が、一変した。


「玄一。刀を抜け。奉考。支援部隊を下げて他の隊員を散開させろ」


 片目だけ開いた奉考が御月の方を見る。


「どういうことだ? これから攻撃を仕掛けるというのに散開してどうする」


 その問いに答えを返さず、彼女が息を吸って右手に月華を発現させた。


「随分と抑えの効かないやつのようだな......魔獣が来るぞ!」


 彼女がそう言った瞬間。黒い巨大な塊のようなものが城壁を飛び越え天高く飛翔した。






「総員散開! 抜刀せよ!」


 響く奉考の声。それが響き終わる前に特務隊全員が動き出している。


 空から魔獣が降り立ち、大きな地鳴りがした。奴がその姿を露わにする。


 球体のような体。全身を真っ黒な毛で多い、それ以外の特徴を見出せない。まるで兎の尻尾だけを切り取ったようだ。


 そんな呑気な例えが頭に浮かんだが、身にまとう魔力、気配はまさしく兎なんてものではない。


 毛むくじゃらのバケモノ。凄まじい圧迫感。ビリビリと感じる。


 こいつ、”血浣熊”より強い。


 どこにあったのかはわからなかったが、そいつがその二つの瞼を開き、眼球が見える。そこには黒目と白目の間に夥しい数の紫色の線が見えた。血管だろうか。気持ち悪い。


 前で月華を構える御月が聞いた。


「奉考。奴を知っているか」


「いや、見覚えがない。おそらく新種だ。推定等級は幻想級下位より上位。能力は不明。特務隊、対魔獣戦用意」


 指示を出した奉考の姿を見た御月が、刀を構え宣言する。


「よし、対象を黒毛玉蹴鞠んと呼......」


”槌転”つちころびと呼称する。相手の能力がわかるまで無理はするな。御月を中心に相対。玄一は支援を。来るぞ!!!!」


 奴がその場を跳ね返るように何度も跳躍する。その度にその毛が揺れ、魔獣特有の異臭を撒き散らした。


 戦略級より等級が上の魔獣は、防人と同じように能力を有するようになる。奉考はこの場で最も強い御月を前に出し、とりあえず特務隊を散開させるという受け身の策を取ったが、特に新種と相対するときは能力が不明であるため慎重にならざるを得ない。


 何度も続けるうちに奴の跳躍がどんどん高くなっていく。奴がぶつかるたびに、大地が大きく揺れた。



 その場を飛んでいただけの奴が不規則にあちこちへ飛び始める。明後日の方向へ飛んでいた奴が空中で唐突に回転し、御月の方へ。


 様子など伺っている場合ではない! 


「『風輪』! 吹き荒れろ! 太刀風!」


 『風輪』を纏わせた打刀を五度振る。


 御月の方へ向かう奴の体に五つの風の刃。直撃。しかしながらその場で霧散。


 (風の刃が効かない!? あの毛が原因か!?)


 止めることは叶わず、そのまま御月の元へ。


 まずい。御月の方を向いた。


 彼女を見て真っ先に覚えたのは、違和感。彼女の構えがいつもと違う。彼女の月華には鞘がないはずなのに、まるで鞘に収めるかのように腰に月華をつけ、彼女は目を閉じていた。


 肉薄する奴に対し、彼女が目を見開く。月色の眼光が軌跡を残した。


 ━━━━抜刀術!?


「月痕」


 月色の刀身が描く黒色の剣光。その剣で夜の帳を下ろしたようだ。

 跳ね続けていた”槌転”がその一撃を喰らい、受け身も取らず地面にその体を擦り付け、土煙が上がる。



 それを見た奉考が感嘆の息を漏らした。


「なんて一撃......! これが大太刀姫か!」


 魔獣はピクリとも動かない。やったのか? 


 奴を倒したのかと疑った俺の心を読んだかのようにして、御月が叫んだ。


「いやまだだ! こいつの毛......



 魔獣が再びその場で跳ね上がった。御月の一撃を受けた奴は、傷を負っているようには見えない。


 奴のその黒い目が御月の方を向く。舌打ちした御月が堂々と月華を構えて、睨み返した。


 戦いはまだ終わらない。






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