第三十三話 仇桜作戦(1)

 


 霊信室にある時計の針が指し示す。回転椅子に座る兵士が後ろの方を向き、報告した。


「作戦開始時刻です」


 兵士が向いた先にはタマガキの郷の郷長、山名がいる。彼は他の兵士とは違い椅子に座らず立ち続けていて、霊信室全体を見回す彼の近くに椅子はなかった。


 彼がその片方しかない腕を真っ直ぐ伸ばして、口を開く。山名の方を見ていた兵士が回転椅子を戻し、机の方に向き直った。


「仇桜作戦。発動せよ」






 懐中時計を手にした男、奉考が時刻を確認したのちその蓋を閉じる。最前線に出ることになった彼の装備は軽装で少し心配になったが、急所をしっかりと守っていて、腰には軍刀を差し、彼は自らが戦場にいることを自覚しているようだった。


「これより散開し進撃。敵を見つけ次第撃破せよ。逃げる奴は捨て置け。とにかく後詰のための道を作ることを最優先だ」


 本作戦において先鋒の指揮をとることになった彼のおかげで、俺と御月は戦闘に集中できる。最も、俺は指揮をとったこともないし、とったところで上手くいくとも思えないが。


「防人の御月と玄一はこのまま真っ直ぐ突っ切って撹乱に徹していただきたい。もし兵士が苦戦しそうな魔物や魔獣がいたら最優先で撃破を。他の雑魚は打ち合わせ通り我らが」



 彼が喋りながら飛ばした視線の先には、兵士の集団がいる。前回俺が出撃した時は戦闘のみを目的としていたため全員が武装していたが、今回は大規模な作戦のため衛生兵や伝令兵などで構成される支援部隊も混ざっているようだった。


 先鋒を担うことになった彼らは西部最精鋭の特務隊と呼ばれる者たちで、これまでの行軍だけでもその実力の片鱗を見せていた。部隊の移動速度が、半端じゃない。霊力の扱いが卓越している。


 装備を点検し、最終確認を行う特務隊隊員が、こちらを見ている。


 彼ら全員が特務隊制式の黒一色の装備を身に包んでいて、そんな黒一色の装備の中に白色で描かれた隊の紋様があった。その紋様の中心には左腕が描かれ、その周りに桜の花びらが舞っていた。この不思議な紋様の由来はなんなのか少し気になった。


 彼らに任すのならば心配する必要はない。後は、駆け抜けるだけ。



 シャランと音がなった。前に立っていた御月が俺の刀と同じくらいの大きさの月華を発現させ、こちらを一瞥する。


「いくぞ玄一。遅れるなよ」


「ああ。行こう。御月」


 御月の体を月色の霊力が包む。彼女が、地を蹴った。




 奉考の指示通り彼女と共に突き進む。俺たち防人の役目は特務隊では手こずる魔獣と、進行の邪魔をするであろう魔物の撃破である。特務隊でも瞬殺できるであろう道中見えたゴブリンやインプを無視して疾走した。


 前方を走る御月を見る。涼しそうな顔をしているというのに、何という速さだ。彼女は本気で走っているわけではないので俺も着いていくことはできているが、もし本気になれば着いていくことも出来ないかもしれない。



 ただ走っているだけだというのに、彼女と自分の間にある防人としての差を感じ取った。



 彼女が月華を構え、カチャ、という金属音がなる。前方はるか遠くをよく見てみれば、小粒ほどに見える魔物の群れ。彼女はあんな遠くにいる敵を察知することができるのか。


 俺が気づくことすら出来なかったその群れが、近づくにつれてオーガを指揮個体とし、オークで構成された群れであることに気づいた。




 俺は自分の霊力の扱いに自信を持っていたが、それが粉々になる程の実力の差。あのタイミングでもう気づいていたなんて。霊力で目を強化したのか、それとも感知範囲がとにかく広いのか。どんな方法で気づいたのか分からない。


 俺も彼女に続いて二刀を引き抜き、構える。西で最強と呼ばれる彼女とこうして肩を並べて戦えるのが嬉しかった。


 考えてみれば、本気で戦う彼女の姿は見たことがない。彼女のお手並み拝見と行こう。無論、試されているのは俺も同じだが。



 きっと今からまた感じるであろう彼女との差に妬みはなく、ただ純粋に、同じように至りたいという欲する気持ちだけが、俺の中にある。


 彼女が先にいるなら、俺も辿り着けるだろう。俺がこれから歩む道も歩んできた道も、彼女が歩んだ道と時間や思いは違えど、きっと同じだ。



 彼女が速度を上げ、魔物の群れに臆することなく突っ込む。後ろに控えている俺はどうするべきか考える。


 超高速で動く防人同士が連携を取るというのはすごく難しいことだ。声掛けや合図など様々な手段はあるが、俺は連携を取るという行程において最も重要なのは相手のしたいことを察することにあると思う。


 ただぶつかるだけなら必要ないと言うのに、速度を上げた彼女の意図を考える。今回の戦闘の目的は敵の殲滅ではなく、相手の戦力を削ぐこと。きっとこれで間違いない。


 ならば、彼女が真っ先に狙うのは戦術級の魔物であるオーガの撃破。オークは二の次。


 俺でも倒せた魔物を彼女が仕留め損なうことはないだろう。オーガは彼女に任せ、オークを標的とすることにした。




 彼女が右足で地を蹴り大きく跳躍する。俺の予想した通り、群れの中心にいるオーガ目掛けて突っ込んだ。


「ハァッ!」


 月華が月明かりを残す。彼女が、急所を守る姿勢を取ったオーガの両腕を容赦無く斬り飛ばした。


「ッガ━━━━!」


 オーガが力量差を察し指示を飛ばしたのだろうか、一部のオークを除いて殆どが踵を返し逃げようとする。


 (こうなるのはわかっていた━━! 逃がすか!)


 オークたちは途中まで群れとなり逃げていたものの、だんだん逃げる先がバラバラになってきていた。その前に蹴りをつけねばならない。


 この状況で取るべき択を考える。速さが必要な今、は使うべきではない。


 『風輪』を打刀に纏わせ、叫んだ。


「吹き荒れろ! 霊峰の風!」


 体を包む豪風。地を軽く蹴り宙に浮かんだ。俺の体に纏われた霊力が、翠色の軌跡を残す。


 空を飛翔し、背を向け逃げ出すオークを直接ぶった切った。吹き出た血は俺に付着することなく、風に乗ってあちこちに散った。


「ブゴォオオオオ!!」


 それを見たあるオークが右へ、別のオークは左に、後ろにも前にも逃げていく。一体たりとも逃すつもりはない。


 ちらりと後ろの方を見てみれば、すでに御月がオーガの首を斬り飛ばしている。あちらの勝負はもう着いた。俺も続く。


 『風輪』に霊力を込め少し上昇し、全ての敵の位置を霊力を飛ばして把握する。さらに追加で霊力を『風輪』に込めて、叫んだ。


「吹き荒れろ! 太刀風!」


 斬撃の勢いのまま体を宙で回転させ、全方向全てのオークに風の刃を飛ばす。


 逃げ惑うオークが次々と真っ二つになっていき、最後の一体が地に伏せた時、あたりは血の海となっていた。












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