第三十話 躍る合議


 日は既に昇り、太陽が燦々さんさんと輝いている。作戦内容を聞くため本部ロビーに訪れた俺は、その始まりを待っていた。ロビーには一時的に机や椅子が並べられ、西部全体の地図が全員から見える位置に張り出されている。



 この場に訪れているメンバーを見渡し、確認する。バラバラに座ったり立っている彼らは、それぞれが所属によって分けられているようで、まず一人地図の前に目を瞑りながら立っている郷長。椅子に座っている俺を含めたタマガキにいる防人。前回の戦いの際霊信室にいた参謀連中。加えて、見たことのない一団がいる。しかし、その中に伏木さんがいるのを見て察するに、防戦隊の隊長格達だろう。全員が戦う者の体つきをしている。間違いない。


 しかしながら参謀連中はなぜか二手に別れており、片方からは険呑な雰囲気が感じられた。何かあったのだろうか。


 係官の一人が時刻を伝え、それに頷きを返した郷長が口を開いた。始まる。


「皆、揃っているようだな。前回の戦の折、俺が一週間後を目安に反攻を始めると宣言したことは記憶に新しいと思う。その作戦内容について今日話す予定ではあったが、参謀の奉考ほうこうや現在西南方面の現場指揮を託している幸村ゆきむららの連名による別の提案があった。今日はこれを行使するかどうかについて皆と合議していきたい」


 険呑な雰囲気を出していた参謀連中はそれを更に強め、他の防人や隊長達からは困惑するような反応が出ている。隣に座るアイリーンに視線を移し、何か知っているかどうかを小声で聞いたが、彼女もわからないようだった。


 山名からの目配せを受けた一人の参謀が、立ち上がった。彼の姿に見覚えがある。確か彼は霊信室で俺が啖呵を切った時に、周りの参謀をとりなしてくれた人だ。参謀の中では最も若い彼は、凛然としている。


「では、ここからは私が説明させていただきます。提案者の奉考です。以後よしなに」


 ロビーにいる全員の視線を一身に浴びても、彼は臆することなく続けた。


「今回我々が提案する作戦は、郷長が計画していた最終目標をカイト北西のダンジョン攻略とする作戦ではなく、更に奥地に存在する旧カムナギの郷攻略を最終目標とした一大反攻作戦です」


 彼の言葉を受けて、ロビーにざわめきが広がった。旧カムナギの郷というのは、カイト北西ダンジョンから更に西に位置する三年前に陥落した郷であり、これを攻略するには道中にあるかなりの数のダンジョンを突破せねばならない。並々ならぬ時間と労力を要するだろう。


 彼の提案に内心拍手する。少しでも故郷に近づけるというのなら、俺としては万歳だ。


「異議!」


 ざわめきを切り裂き大きな声が響いた。奉考とは別の参謀連中の中から一人立ち上がる。どこかでこの参謀を見たことがある気がする。


「どういうことだね奉考クン! 私はこんな話を聞いていなぁあい!! 年長者たる我々にまず見せてから議題にあげるべきものだろう! これは!」


 声を荒げる参謀に対して、奉考が冷静に切り返す。というかこの参謀の喋り方を聞いて思い出した。前回霊信室で執拗に内地から手を借りる案を挙げていた参謀である。名は確か━━━━


輝明てるあき殿。この話は幸村殿が『私』に肉付けするよう頼まれた話ですので、お見せする必要はないかと」


「貴様ァ......,!」


 拳を机に打ち付け表情が歪む輝明。二手に別れている参謀連中が、一触即発の様相を見せていた。彼らの怒りがこちらまで伝わってくる。


「やめないか。輝明。奉考も煽るような真似をするな」


 郷長の一言に二人が返事をする。しかし輝明は納得していないのか、その鋭い視線だけは奉考の方を向いていた。





 一度ざわめく場を落ち着かせたのち、奉考が再び口を開いて説明を続ける。


「この作戦はいわば、これから西部が生き残るための策です。今回の戦は非常に厳しいものでしたが、幻想級を含めた魔獣を計八体討伐し、その上討伐した魔物の数は数え切れないほどです。その華々しい戦果に対しこちらの損害は軽微。この勢いに乗り、今こそ西部全体の兵を動員した反攻作戦を開始すべきです。郷長」


 目を瞑り続ける郷長。場を静寂が包み、彼の一言を皆待っている。


「......輝明。これをどう思う」


「いやはや確かに先の戦の戦果は華々しいものでありましたが、あー、かといって西部全体の兵を動員するなどリスクが大きすぎます。ここは内地より踏破群の派遣を要請したのち、行われるべきものです。じわりじわりと奪還していくべきかと」


 彼が踏破群、と言った時、再びロビーにざわめきが広がった。


 踏破群。それは帝都最強と名高い精鋭部隊のことだ。この部隊はダンジョンの攻略及び土地の奪還を目的として編成された超攻撃特化の隊であり、今現在十二の踏破群が存在するそうだ。主に帝都で帝を守護する部隊と各地に出向する部隊の二つに別れローテーションを組んでいるようで、各地を転戦しその武名はヒノモトに轟いている。しかしながら踏破群が最後に西を訪れたのははるか昔。もはや彼らが西に出向したことはほぼないと言っていいだろう。


 輝明のその言葉を、奉考が一笑に付した。


「リスクが大きい? 視野狭窄な感想ですね。郷長。今回の戦は魔獣率いる群勢の侵攻があった際、どう頑張っても西部戦線はその勢いを止めれず、穴が空いて魔獣はタマガキまで突破できるということを証明しました。今回攻めてきた二体が戦略級だから助かったようなものの、もし幻想級。いや、空想級が現れれば確実にタマガキは陥落、ないしは荒廃し西部全体の危機を招きます。次勝てる保証はありません。ここはカムナギを取り戻し、まずはタマガキの安全を確保すべきです」


 鋭い目つきと共にそう宣言した奉考は、更に具体的な作戦の内容を述べる。皆が彼の喋ることを集中して聞いていた。


 その内容をまとめると、北西方面および南西方面から、西部全体で鶴翼の陣を展開するようにし進撃。最終的に追い詰めた魔物を旧カムナギの郷付近で包囲し、これを攻略するという策だ。現在魔物側のダンジョンは先の損害により魔獣が不在の可能性が高く、その隙を突き一気に戦線を引き上げるという。主導権を握ることに重きを置いた彼の策は理路整然としており、相当練られたものに違いない。



「郷長。ご決断を」


 彼が一言、そう締めた。


 それに対し郷長が目を見開き、答える。


「よし。皆の意見を聞きたい。御月。どう思う」


 話を聞いて、顎に手をやり考え込んでいた御月が喋り始めた。


「私としては異論ない。実際問題、彼の言う通り今がチャンスだ。確かにリスクは高く見えるが、今動かないで今後遭遇するであろう危機の方が私は怖い。乗った」


 急に振られたというのに、彼女の言葉に淀みはない。それを聞いた山名が頷き、参謀連中の方を向く。


「輝明。お前はどうだ」


「やはり時期尚早であるかと。反対です」


 そう最初に述べた彼はいかにこの策が良くないのかを続けていく。中には少々こじつけに近いものもあり、それを聞いた奉考がイラついているようだった。いや、イラついているどころでは無い。顔を真っ赤にさせて怒り狂っている。時期尚早であるということと、踏破群の存在を強調する彼に対して奉考が大きく息を吸った後、口を開いた。


「時期尚早? 否!!! 逆です郷長! もう西部を奪還するには今しかないのです! 一つ! 攻撃に転じなければ年々魔物の数は増え続け手遅れになるということ! 二つ! 東部が安定している今しか反攻作戦を発動する余裕がないッ! いつまで東の空に魔王が君臨し続けられると思っているんだ貴君らはァッ!! 個の力に頼る戦線ほど脆弱なものはないし、いつ西が巻き込まれるか分からん! 三つ! 相手の戦力を削ぎこちらの戦力は増えたという絶好の機会であるということ! それにそこまで反攻作戦に踏破群が必要だと思うのなら、内地出身の貴方が連れてきて頂きたい。輝明殿!」


 参謀や防戦隊隊長の中からそうだそうだと賛同の声が上がり、場は作戦を認める方向に流れていく。輝明側にいる参謀でさえも肯定するものが現れ始めた。流石に自分たちの陣営からも賛成する者が出てくるとは思っていなかったのか、輝明が目を白黒させている。


 再び場が収まるまでしばらくの時間を要したが、最後には輝明が折れ、全会一致となる。



 それを見届けた郷長が大きく息を吸った。彼が宣言する。


「よぉぉぉぉおおおし!!! 三日後の朝六時に奉考そして幸村の連名によるカムナギ奪還を目標とした反攻作戦を発動する!」


「今作戦を『仇桜あだざくら作戦』と呼称! 総員尽力せよ!」


 その場にいる全員が声を上げた。しかし、ここまでの大規模作戦になると思わなかった。笑みが自然と浮かんでくる。その盛り上がりの中で、ただ一人輝明だけが暗い表情をしていた。






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