第二章 捲土重来
第二十九話 拡大
春の陽気。無風の中佇む。
御月とアイリーンとともに下町へ出かけてから二日経ち、明日には本部で作戦説明のための会議があるそうだ。郷長はカイト砦北西のダンジョン攻略を目的とした作戦と言っていたが、それを煮詰めたものが発表されるのだろう。そこで作戦開始が決定されれば、再び魔物との戦いが始まる。
初陣を通して、わかったことは多い。幸いにも自分が戦力にならないということはなかったが、前回の戦の主戦場は西部戦線。タマガキの郷近辺ではない。次戦うことになる魔物や魔獣は、もっと手強いだろう。もっと力が必要だ。
”血浣熊”の時のように、再び戦いの場で都合よく成長できるとは思えず、俺は俺の
検証を始めてからわかったことがいくつかある。まず、俺の『五輪』は推測通りそれぞれが司る事象を生み出し操る能力ということで確定した。
能力を行使する際生み出す輪はそれ自体が霊力を消費していたわけではなく、そこに霊力を注ぎ込むことでその霊力に見合った強さの事象に変化させる変換器のような役割を持っていた。
あの時咄嗟に大量の霊力を『風輪』に込めたのは正解だったようだ。やはり勘というのもバカにできるものではない。
これが、俺の能力なのだろう。師匠が言うにはまだ謎の五つ目の能力もあるようだが。
しかしながら疑問が残る。
何故、師匠は『五輪』の本当の能力を俺に教えてくれなかったのだろうか。五つ目もあると看破できるほどの力量を持つ師匠が、そんなことがわからなかったとは思わない。彼が直接俺に何かを教えてくれることは少なかったが、このことを教えなかった意図が、わからなかった。
しかしこの場に師匠はおらぬし、今考えてもわかることではない。そう自分を納得させ、検証を続けようと右手を開き、手のひらの上に輪を生み出して、回る輪を眺めた。
今回検証をするにあたって、魔獣戦を経験し気づいた事を踏まえて自分の弱点を割り出した。
それは、火力不足。今回の戦いを通して、自分の能力が、決定打に欠けていることを痛感した。
今回は『風輪』をうまく使い切り抜けることができたが、今後『風輪』だけで勝てるとも思わないし、俺の他の能力が『風輪』に劣っているとも思わない。
何よりも、次に挑むことになるのは敵の拠点であるダンジョン。屋内戦になる可能性がある。そうなれば、空を飛び機動してこそ輝く『風輪』は役に立たない。新たな力が必要だ。
期待できる選択肢は『火輪』『水輪』『地輪』の三つ。明日発表される作戦の内容によっては即出撃ということもあるかもしれない。それを考えれば、時間的に今からこの三つ全てを魔獣戦に通用するレベルで習熟させることはできないだろう。この三つの中から一つ。できるかできないか。いや、やってみせよう。
基礎は既にある。あとはきっかけだけ。
ダンジョン攻略に最も有用かつ魔獣戦で使えるものを選ぶため、実際に能力を展開して確かめつつ考える。
「ふむ。気配がしてみると思ってきてみれば君かね。玄一君」
後ろから声がした。相手は気配がしてこちらに来たと言っているが、こちらは相手の気配を感じ取れていない。
振り返りそこにいたのは、ついこの前ゲロを俺の服にかけた忍者。甚内である。
「自分の能力をさらに飛躍させようと思ってな。こうして考えていたんだ」
「殊勝な心がけだな。私はここらの哨戒に訪れたのだが、ま、魔物の死体がバラ撒かれていたの見て察するに、君の仕業だろう。すまないな、手間かけさせてしまって」
この森に訪れた際、数体のゴブリンと遭遇し交戦した。彼はそのことを言っているのだろう。
「討ち漏らしの雑魚だ。問題はない」
「そうか。礼と言ってはなんだが、君の能力について相談に乗ろう。私も気づけば防人が長くてな、力になれるはずだ」
彼がこちらに手を伸ばして、語りかける。
何か彼に聞くことはあるだろうか。少し考えて、声を発する。
「では、今後共に戦うものとして聞いておきたいのだが、甚内。君の能力は一体どんなものだ?」
彼が俺の疑問は至極当然のものだと肯定するようにして、目をつむりながら何度も頷いた。
「ふむ。気になるのも当然だし知っておくべきことであろうな。玄一くん。俺の能力、『五忍』は、俺の分身を五体まで生み出す能力だ。細かい制約や利点はあるが、割愛させていただこう」
彼の姿をじっと見つめる。今、こうして目視で確認してもなお、彼の気配を感じ取れない。
「なるほど......シンプルに強いな、それは。今の甚内も分身か」
「ご名答。俺の本体は今カイトにいる。こちらに来たのは状況を確認するためだ。明日作戦を聞いたのち帰還する。今後共闘することもあるかもしれないな。よろしく頼むよ」
こちらこそよろしく頼むと返事をした後、彼がこの場を去った。
俺の能力には一切関係なかったし特に役だったわけではないが、彼の言っていた『五忍』の能力、五体の分身を生み出すという能力はかなり汎用性の高い強力なものであると言える。彼が割愛した制約によっては一気に弱くなるかもしれないが。
思考を『五輪』に戻し、検証を続ける。きっかけを見つけるために。
日が暮れるまで、それは終わらなかった。
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