閑話 御月ちゃんの装備ショッピング(1)

 

 昨日の戦と俺がめちゃくちゃにしてしまった宴から一夜。疲れを癒そうと体が睡眠を求める。もう既に日は昇っているというのに、だらしない限りだ。


 山名の話ではこちらから魔物の領域に仕掛けるのが一週間後。それまでの間好きにするように言われた。各拠点への補給等で未だ仕事がある兵もいるというのに俺は一週間の間、緊急でない限りは出撃がない。


 それまでの間どうするか悩む。『五輪』の検証や、ぶっ殺した”血浣熊”の素材を利用した装備の作成など、戦力強化にできることがたくさん頭に浮かんだ。一週間もあればどちらか、いやどちらもできるかもしれない。


 思案する中、戸を叩く音が聞こえた。一体誰だろうか。まだ寝起きだから来客は勘弁して欲しい。


 髪の毛を手櫛で整え寝巻きを締め直し、とりあえず返事をする。


 戸を開き、日光が差し込む。眩しい。そこに立っていたのは、二人の女性。


「おはようっす! 玄一!」

「おはよう玄一。もしかして寝起きか? 少し申し訳ないな」


 見慣れたはずの彼女たちは見慣れない服を着ていた。

 アイリーンは黄色を基調にしたフリル付きの着物を着て、同じような柄をしたリボンを後頭部につけている。対し御月は紅色を基調とした着物に灰色の上着を羽織っており、小さめのかんざしが頭に付いていて、二人ともすごく似合っていた。特に御月の格好が普段外套姿しか見ていないので、ギャップが大きい。まじまじと見てしまった。可愛い。私服だろうか。


 ただ一つわかることがある。それはどう見ても彼女たちの服装が余所行きの服だということだ。余所行きは余所行きでもタマガキ周辺を哨戒するとかいうそういうものではない。どう見ても町に出かける格好。


「......すまない。少し待っていてくれ」






 急ぎ寝巻きを脱ぎどれを着るか三秒悩んだ後着替え、顔を洗い準備を整えた。戸を再び開け、待っている二人に話しかける。


「それで、一体なんの用だ?」


「えへぇ、実は御月が可愛い装備が欲しいぃーってことで一緒に下町の仕立て屋に行くことになったっす。防人の装備も取り扱える店っすよ。それで玄一も誘おーうっと思って来たっす」


「そんな風には言っていない......ただ新調したいと言っただけだぞ。玄一」


 頭に浮かんだ疑問を何も考えずに口にする。


「何故俺に......」


「君もあの店に世話になるかもしれないし、下町の方にあまり行ったことがないかなと思ってな。一緒に行こう」


 俺の家は山の上の方にある本部に近い上町にあるため、食事を取りにいく時を除いて、下町の方に行く機会はあまりない。本格的な散策となると、もしかしたら、タマガキに初めて来た時以来になるんじゃないんだろうか。


 何故などと聞きはしたが断るはずもなく、俺たちは既に下町の方へ歩き始めている。アイリーンが可愛らしくジャンプして、腕をあげて言った。


「それじゃ、行くっすよ!」


 昨日泥酔していた人とは、別人だった。いやあれは幻覚だったのかもしれない。忘れておこう。






 下町に到着する。店が立ち並ぶ通りには人が溢れかえっており、最初に来た時よりも人が多い。曰く、タマガキでは戦後、特別手当が兵士に出るそうで、皆の財布が緩むらしい。ここを商売時と見たのか、店からはみ出して露店を出している人もいた。活気にあふれている。かくいう俺も、高給取りである防人という職に加え、昨日倒した魔獣から魔獣討伐手当というものを受け取っている。係官に今月の給金の仔細を見せられたのだが、本当に額面が合っているのか目を疑った。要は俺もホクホクということである。前ケチってあまり食べなかった甘味、全てコンプリートしよう。


 そんな俺の様子を見て、御月が微笑んだ。


「楽しそうだな。玄一」


「ああ。もちろんだとも。後で甘味処に寄ってもいいか?」


「じゃ、一通り終わったら休憩ということで行くっすか」


 人混みを歩き続ける。一段と大きな広場に出た。そこにはさらに多くの露店や屋台が立ち並び、軽食だったり服だったり雑多な空間を作り出している。


 こちらを見たある露店の店主が声をあげる。


「アイリーン! 久しぶりだな! 安くしとっから百本どうだ!」


 それを聞いた他の店の店員も続々とこちらに声をかけ始めた。皆がアイリーンのことを知っているようで、あちこちから声が飛んでくる。


 どんどんアイリーンは奥まで進んでいく。置いてけぼりになった俺と御月は唖然としていた。


「彼女はよくここにくるのか......?」


 御月がこちらに返事をする。


「そうだな。その上聞いた話だと、露店に売っている食材全部喰らい尽くしていくらしい。上客だと庶民からの人気が厚いそうだ」


 遠くに見えるアイリーンが財布を取り出し片っ端から購入していく。串を片手で五本握り、どう見ても衣服が汚れてしまいそうなものも綺麗に食べていく。不思議だ。



 そんな彼女を二人で眺めていると、後ろの方から肩を叩かれた。振り返った俺を見て、御月も後ろの方を見た。そこには、明るそうな背の小さい初老の男性が立っている。


「お兄さんお姉さん! らんでぶーかね! いやあ兄さん彼女べっぴんさんやな! ほれ、そのお洒落が雨に濡れたらたまらん! この色鮮やかな番傘はどうだい! 安くしとくよ!」


「なっ......ら、ららららんでぶー!?」


 らんでぶぅとはなんだろうか。わからん。御月の様子を見る限り、何か知っておくべき言葉なのかもしれない。知らなかったのがバレるとちょっと恥ずかしいので知ってるふりをした。聞かぬは一生の恥だとかいう言葉が頭に浮かんだが、知らん。スルーする。


 彼は何本かの番傘を実際に広げて見せて、こちらに売り文句を並べる。その上小声で彼女に買ってあげれば喜ぶかもしれんぞ、などと言ってくる。実際彼女には世話になりっぱなしなので、何かお礼をしたいところだった。


「赤染に桜の柄が付いているものをくれ。買った」


「はいまいどあり! お目が高いね! 兄さん!」


 財布を取り出し、値切りもせず金を渡す。下町での商売にはほぼ前提として値段交渉があるが、御月の前で値切りたくないというプライドが働いた。彼から購入した番傘を受け取り、彼女に渡す。


「彼の口車に乗って買ってしまった感じは否めないが、受け取ってくれ。御月。つい昨日戦った時も、助けてもらったしな」


 彼女が少し左上の方を見て何かを思い出すようにしながら、狼狽している。


「......ありがとう。ありがたく受け取っておく」


 彼女の頬が少し赤く染まった気がした。




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