閑話 御月ちゃんの装備ショッピング(2)

 

 買った番傘をもう一度実際に広げてみたりしながら二人で雑談をしつつ、アイリーンがどこかへ消えてしまったので甘味処に寄った。二人で汁粉や食べたことのない色々な甘味を楽しんだ。舌鼓を打っていると、ふらふら〜と人混みからアイリーンが戻ってくる。


「二人して食後の甘味を私より先に楽しむなんてずるいっすよー! 寄越すっす。玄一」


 横から俺が手に持っていた羊羹を奪われ食われた。最後に食べようと思って残していたのに。許さん。いつかこの恨み晴らしてくれる。


「ふー。お腹いっぱい食べたっす。じゃ、今回の目的の仕立て屋に行くっすか!」


 彼女は満足して腹を撫でている。それに対しアイリーンのことを睨み続ける俺。それを見た御月が、少し笑った。



 通りを練り歩くうちに目的地であろう店にたどり着く。防人の装備も取り扱えるとのことで、立派な店であろうと思っていたが通りの中でも大きなスペースを取っていた。


 その入り口の上の看板には、仕立て屋 ていらと書かれている。


「おひさっすテイラー! やってるっすか?」


 入るなり早々アイリーンが大きな声を出す。彼女は既にこの店に何度か訪れているようで、我が物顔でずんずん進んでいった。というかこれで馴染みの店じゃなかったら失礼すぎる。


 彼女に続いて店の中に入る。和洋含めた数多の服が並べられており、衣服に詳しくない俺でもわかるぐらいにデザインは最先端を行っているように見えた。


「やれやれ。またお前か。やかましいヤツは勘弁して欲しいのだがな…...」


 奥の方から暖簾を分け現れたのは一人の男。黒髪に碧い目。身長はさほど大きくなく、その無精髭が目立った。


「彼がここの仕立て屋兼呉服屋の店主。テイラーっすよ! 無愛想っすが、その腕は超一流っす!」


「無愛想なのは関係ないだろうが…...」


 呆れ気味に彼が下を向きため息を吐く。そうした後、顔を上げて言った。


「そんでもって、今日は何用だ防人諸君。見ない顔もいるな」




 御月とアイリーンが衣服を見て回っているが、その様子を見るにかなり長くなりそうだ。かなり暇なのでテイラーと名乗る店主に話かけることにする。手持ち無沙汰なのは彼も同じようでむしろ彼の方から話しかけてきたが。


 彼曰く、防人の装備を扱うことのできる仕立て屋は多く存在するが、その中でもデザインと性能の両立を目指したのがこの仕立て屋ていらなんだそうだ。店名は名前のもじりらしい。単純だな。


 防人や兵士の装備は他の衣服とは全くの別物であり、それの取り扱いが行えるのは技術の証明となるらしい。装備を作成する際その質の指標となるのはどれだけその装備に霊力を浸透させられるかにあるそうだ。その浸透性が高ければ高いほど霊力による強化が容易になり防御力は向上する。


 アイリーンがこの店に来る前に教えてくれたが、性能のみに注視せず見た目にもこだわるこの店は西部の女性防人から大人気だそうで、もちろん女性人気だけでなく男性人気もあるそうだ。これからもこの店に世話になることがあるかもしれない。


「男性用の装備も取り扱っているぞ。普段着用もある。よければ見ていくか?」


 彼がいくつかの衣服を手に取りこちらへ見せてくる。なかなかに立派で何枚か見繕って買うことにした。どれを買うか悩む間に、一つ聞こうと思っていたことを彼に聞く。


「一つお願いがあるのだが、”血浣熊”の皮や毛を利用して装備を作ることはできるか?」


「魔獣の素材を利用した装備か。無論可能だぞ。時間はかかるが」


「一週間で頼む」


「本気か? 本来なら一ヶ月はかかるぞ。しかし出来んというわけでもない。追加料金も貰うが、それでもいいなら初回ということで特別にやってもいいぞ」


「追加料金の代わりに余った素材を全て譲るから、最高の物を頼む」


 あまり乗り気ではなさそうだった彼が、素材を譲ると言った途端に目を見開き明るくなる。口角がつり上がっていた。


「いいだろう。これでまた新しい装備にチャレンジできる。やる気が出た。任せろ」


「頼む」


 採寸をしたいといった彼が、いくつかの道具を暖簾の奥から運んできて俺の身長を測り始める。要望等はあるかと聞かれたが、任せるとだけ言った。彼が俺好みのオーダーだと呟いた。


 採寸を終えた頃に、ずっと衣服とにらめっこしていたアイリーンと御月がこちらに声をあげる。


「おーうい玄一! ちょっと来てくれっす!」


 アイリーンが何か用があるのか俺のことを呼ぶ。店主のタイラーは客がいるというのに既に暖簾の奥の方へ消え、インスピレーションがなんだとか呟いていた。


 アイリーンは何着かの衣服を俺と同じように手に取り、既に買うものは決めたようだ。あたりを見渡すが御月の姿はない。どこだろう。


「いや〜御月が似合ってるかどうか見て欲しいそうっす。試着してくるそうなんで、ちょっと待つっすよ」


「おう」


 御月は試着しに行っていたようだ。一体どんな服を来てくるのだろうか。彼女ならばなんでも似合うだろう。適当に返事をしたが、ちょっとワクワクした。


「すまない。待ったか?」


 俺は気づかなかったが試着室はすぐそこで、彼女が姿を現す。彼女は桜柄が控えめに入っている桃色の着物に黒色のロングスカートを履いていて、頭にはアイリーンがつけているような黒い大きめのリボンをつけていた。普段の大人っぽい彼女の印象を大きく変えるような、可愛らしい服装である。それは彼女も感じているようで、少し落ち着きがなく、恥ずかしがっていた。控えめに言って可愛い。


「いやー似合ってるっすよ! 御月!」


 ひらひらとロングスカートを揺らめかせながら、彼女が自身の姿を見つめる。


「そうか?」


 ニコニコと御月を見ているアイリーン。彼女がなぜか俺の方を向き、口パクで何かを伝えようとしてくる。


 子猫? おでこ? ......ああ。褒めろか。


 失念していた。着飾った女性にすべきことなど一つしかないというのに。一体今まで俺は何を学んできたのか。師匠はいつも俺では理解できない深いことを言った後に必ず美女は口説けと付け加えていたのを思い出す。間違いない。


「すまない御月。君の可愛さに言葉が出ないほどに驚いていた。桃色のその着物は春の陽気にマッチするし、黒色のリボンにまとめられた新しい髪型もすごく似合っている。普段の髪型も俺は可愛いと思うけど」


「ぇえ...思ってたんと違うっす」


 小声でそうアイリーンが口にした。こちらの方を見て驚いている。


「......次の服着てくる」


 御月がそっぽ向き試着室の方へ。表情には出ていなかったが、なんだか足取りが軽く見えた。


 待ち遠しい。しばらくして、彼女が戻ってくる。


 次に彼女が着ていたのはセーラー服と呼ばれる海軍の軍服だったものだ。白を基調とし胸元に赤色のネクタイが付いている。御月はうつむき気味であったが、視線はこちらを向いていた。間違いなく反応を求めている。


「いやぁ御月はやっ...」


「先ほどとは打って変わって西洋の海兵服か。御月は防人であって海兵じゃないけど、本職の人みたいだ。とても似合ってる。白色を基調に明るさを表現しつつ胸元のネクタイでワンポイントお洒落。すごく良いな」


「本当に似合っているのか...? 私は普段このような服を着ないのだが.........もっと着てみる」


 彼女が再び試着室の方へ行った。その様子をニコニコしながら眺める。横に立つアイリーンの顔が何かとんでもないものを見るような顔になっていて、こちらを見ていた。


「何かあるのか? アイリーン」


「えぇ......無自覚っすか......しかしこれは仕返しのチャンスっす。ちょっと待ってるっす」


 先ほどの表情から一変。彼女がニシシと笑いながら何か悪巧みをするような表情になっている。


「何をするつもりだ?」


「一つ教えとくっすよ玄一。この店の服のデザインは確かにいいっすが、その倍迷走しすぎてわけわからない見た目になっているものもあるっすよ」


 彼女が店の奥の方に消える。その後、御月が戻ってくるたびに思ったことを述べ続けた。何度も繰り返すうちに俺もノリノリになっていく。彼女が着てきた服の中には男の俺にほぼ違いのわからないものもあったが、どっちも似合っていると言って切り抜けた。何故だかわからないが、彼女がなんども試着室に行くにつれて、どんどん格好が奇抜になっていく。お世辞にも似合っていると言えないものも出てきて、苦しい。


 御月が戻ってきた。いなくなっていたアイリーンも傍に付いていて、彼女が悪い笑みを浮かべている。まさかこの女。


「本当にこれでいいのか...?」


「ええバッチリっすよ御月! 国一番でかわいいっす! ささ、玄一にも見てもらいましょ」


 現れた彼女は何故か古代剣闘士が装備したという金色に赤いトサカがつく兜を被り、次に目についた背中にある大きな黄色のマントには、『雛道』という謎の銘。最後に彼女が着る服は何故か鳥の雛を模したモコモコの着ぐるみのようなもので、オレンジ色の靴を履いている。


 なにこれ。どうすればいいんだ。


「やはり似合ってないか......?」


 御月が不安そうな表情でこちらを見る。やはり御月は美人だ。こんな奇天烈な格好をしているというのに情に訴えかけてくるものがある。ここをどうにかうまく切り抜けて最初の方に着ていた服を薦めよう。  


「いやぁ御月。これまた凝った服だな。この店には様々な服が置いてるけど全部似合うのは御月だけだろうな。うん。凄い。うん」


 あかん思いつかん。どうしよう。語彙力が消失している。


 その時、これまで来客はなかったというのに誰かが店に入ってきた。背の高い男性。あれ、なんか見たことあるぞこの人。


「テイラー! 新しい忍び装束について相談が......うん? 玄一君にアイリーンじゃないか。それに......大太刀姫? なんだそのきちがいみたいな服は。もしや大道芸人にでも転向するつもりか? それともどれだけ奇天烈な服を着れるか競争でもするのかね。ならば私も混ぜ......」


 訪れた男性は昨日初めて会った防人だという甚内。こんな格好を同僚に見られるなんて辛すぎる。あ、御月の様子がおかしい。


「......アイリーン」


「ん? アイリーンなら先ほど数量限定の絶品中華そばを売る食事処があると言っていなくなったぞ? いやしかし御月。その服だったら間違いなく子供達にも大人気だと思うぞ。素晴らしいセンスだな」


 あの女逃げやがった。まずい。この光景。前にも見たことある気がする。


「しかしな、大太刀姫。いくら防人の仕事が過酷とはいえ大道芸人というのも辛いものだぞ。もし転職がしたいのならばしっかり調べてその職に就いている人の話を聞いてだな......」


「勝手に人の職業相談を始めるなぁあああああああああ!!!!」


「えちょ、なんでまた回し蹴りぬぉわぁあああああああああ!!! ゴフッッ!」


 靡くマント。『雛道』の文字。黄色い鳥が忍者に回し蹴りを見舞うという意味不明な光景。俺も逃げよう。


 みぞおちにもろに回し蹴りを食らった甚内の様子がおかしい。

 彼が倒れそうになり、咄嗟に支える。彼の口から何かが出てきて、俺の腕にある購入した衣服にかかった。


「ゥウオェ、おろろろろ」


「てめ、人が買った新品の服にゲロかけてんじゃねぇえええええええええ!!!」


 大きな足音を立てて暖簾から現れる人影。今度は誰だ。


「人が集中してる時にてめぇやかましくしてんじゃ......ってなんでそれ着てんだ? これは確かひよこちきん一式......甚内!? 何故嘔吐している!?」


 混沌。混乱。もうわけがわからない。テイラーへ事の顛末を説明する中、密かにブチギレている御月がひよこちきん一式を試着室で脱ぎ、着替えてきたのか今日会った時の服装に戻っていた。


「玄一 」


「はい…...」


「こういう時は正直に言え! いいな! 私は今からあのバカ捕まえてくる! 後は頼んだ!」


 彼女が店を出て、疾走した。速すぎて目で追えない。店の外に出て、通りを全力疾走する彼女の方を見る。あぁ、見えないところまで行ってしまった。店の中を見れば、嘔吐する忍者とひよこちきん一式を抱え唖然とする店主。どうしたものかと頭を抱えた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る