第二十八話 宴

 

 郷長の号令からしばらく経った後、宴と聞いた兵士たちや係官たちがその準備に奔走する。城下を走り回って酒の手配やら食いもんの手配やらで、とにかく忙しそうだった。しかしながら、彼らは終始笑顔でとても楽しそうにしている。


 城の広場に出る。焚き火を囲み、地べたに座って既に酒盛りを始めている奴もいた。こんな状態で魔物に襲撃されたら一発でやられる気がする。大丈夫なのだろうかと心配にもなったが、まあ十中八九ないだろう。


 背中を急にドンと叩かれる。誰かと思い振り返ってみれば、先ほどまで見かけなかったアイリーンだった。


「いや〜玄一。今日はお疲れ様っすよ! 大金星っす!」


 彼女が屈託のない笑顔で笑った。ここ最近はずっとピリピリしていたのでなんだか、また明るい彼女を見ることができるのは嬉しかった。


「アイリーン。無事で何よりだ」

「いやぁ〜あの川魚に手こずってっすねぇ。支援に行けなくて申し訳ないっす」

「......あれはどう見ても物の怪の類だと思うが」


 彼女が大仰に両腕を広げ、嬉しそうに言う。


「いやぁ玄一。君、宴は初めてっすね。こんな時みたいに危機を乗り越えた後西では郷中巻き込んで宴をするっすよ。ほら、他の人たちもどこかワクワクしてっるっすよね? 私もワクワクっす」


 彼女は会ってから常に笑顔を絶やさず、とにかくこの宴が楽しみなんだろうなと感じた。そのオーラが強すぎて、彼女のことを今ワクワクちゃんと呼んでも違和感はない。


「ほう。兵士だけでなく郷にいる人全員を巻き込んで行うのか。しかし、食材とかはどうするんだ?」


「オークの肉っす。こういうドンパチやった後じゃないといっぱい手に入らないっすから、宴もたまにしかやらないっす」


「確かに魔物の肉は食えるが......拒否感のある人もいるだろうに、随分とたくましいな」


「西に住んでる奴は全員平気っすよ。覚えとくっす」


「強いな西の住人......」


 そんな他愛もない雑談をしていると、兵士たちから歓声が上がった。見たところ、バラされ調理されたオークの肉が荷車に乗って運ばれてきたようだ。それに合わせて酒も搬入され、他にもよく見えないがいろいろ運び込まれている。兵士たちが少しずつ並んでそれを受け取っていった。


 他の場所でもだんだん始まったようで、遠くから笑い声が聞こえる。


  西の勝利を祝う宴が、始まった。






 始まってからしばらく、宴に終わる気配はなく、笑い声の量はどんどん増えていった。


 夜風が冷たい。そんな中で黙々と食事をしていた俺は焚き火を囲った。焚き火の暖かさと匂いがなんだか眠気を誘う。満腹になったら寝てしまいそうだ。


 周りを見渡せば既に酔っ払っている兵士も出てきている。俺もオークの肉を食べてみたが、意外とうまかった。酒も飲みたかったが、飲もうとした瞬間に横から全部アイリーンに持ってかれた。彼女、凄まじい勢いで肉と酒を食らっている。他の兵士と大食い競争なんてのもしていた。なんだこいつ。一人で全部喰らい尽くす勢いだ。酔いからか、ちょくちょく普段の語尾が消失している。


 歓声のような、一段と大きな声がした。その声がした方を見てみれば、そこには郷長、山名の姿がある。彼は各所に顔を出しているようで、直接兵を労っている。この場にいる誰よりも大きな声で笑い、喜んでいるようだ。


 俺の隣に誰かが座った。音がする。


「玄一さん。調子はどうですか」


 横に目をやり、そこにいたのは酒を持った筋骨隆々の男性、タマガキ防戦隊の隊長の一人、伏木さんだった。


「伏木さんか。今日は世話になった。ありがとう」


「いえいえ。世話になったのはこちらです。まあ、空に吹っ飛ばされたと思ったらそのまま飛び始めて、びっくりしましたけどもね」


 彼は盃を二つ持っている。その二つに酒を注ぎ、こちらに渡した。


「玄一さんは若すぎるから酒はダメだー!なんて言ってアイリーンさんが奪って行かれましたけども、まぁ、一杯ぐらいなら問題ないでしょう。戦友として一献、どうぞ」


「ありがとう伏木さん。少しくらいは飲みたかったんだ」


「いえいえ。以前から思っていましたが、伏木でいいですよ。玄一さんの方がそもそも階級は上ですし」


 そう言った伏木さんは俺よりも年上だが、高い戦闘能力を持つ防人は軍の階級でいえば参謀に生意気な口をきいても許されるぐらいには偉い。


「では伏木......さん。今日は本当にありがとう。乾杯」


 やっぱりさん付けを外すことが出来ない。そんな俺の様子を見ていた伏木さんが、苦笑した。


 彼と雑談を交わす。彼はもうタマガキに住んで長いそうで、家族も皆ここにいるそうだ。酒を飲みながら話していたおかげか、だいぶ打ち解けた気がする。気になることがあったので、長いことタマガキにいる彼に対し、質問をした。


「なあ、山名はいつもあんな感じなのか?」


 視線の先にはあちこちを歩いて回る山名の姿がある。彼はまとめて全体に声かけ等はせず、それぞれのグループを回って激励していた。酒を渡されれば全て飲み干し、兵士たちからの人気も絶大なようだ。


「ええ。いつもあんな感じですよ。慣れた兵士はそこまで驚きませんが、内地から来た新兵であれば腰を抜かしますね。あそこまで距離が近い英傑、というのもいませんから」


 山名が回るに連れて、だんだんとこちらに近づいてくる。そう思ったら、順番的に次は俺と伏木さんのところだったようだ。山名が口を開く。



「おう玄一! 今日はよくやった! 立て! ほれ皆の衆ぅううう!!!」


 山名がめちゃくちゃでかい声で叫んだ。その場にいる人全員から注目を浴びる。というか明らかにいつもとテンションが違う。たぶん、いや確実に、酔っている。


「この男、新免玄一はつい最近我らがタマガキに配属となった新人の防人よ! そんな身にもかかわらずなんと本日魔獣の襲撃となるや単身これを撃破! 玄一無くしてこの戦、勝利はなかったと言えよう! 皆拍手!」


 山名よりもさらに酔っているであろう金髪の女が言語にもならぬ声をあげた。兵士たちも声をあげる。


「いや誇張しすぎだ.…..」

「まあまあ、兵士の面前でもありますから、堂々としていてください。成し遂げたのは事実なんですから」


 拍手に口笛。賞賛の声。まだまだ未熟だというのにこんな風にもてはやされるのはなんだが気恥ずかしかったが、単純に嬉しかった。


 そんな風にしみじみ感じていると、アイリーンが口を開いた。


「玄一くんのぉおおおおおお!!かっこいいところが見たいっすぅうううううううう!!」


 死ぬほど酔っ払ってる女。アイリーンが謎のノリを持ち出してくる。彼女が始めた手拍子に合わせて、周りの兵士たちも同じように手拍子を始めた。


 何すりゃいいんだよ。こういうときできる芸とかを俺は持っていない。どうしようか、とりあえず派手なことするか。うんそれがいいそうしよう。


「よぉぉぉおおおし!任せろッ!!」


 俺の宣言を聞いたアイリーンが大きな声で叫ぶ。この女。猿よりもうるさい。


「玄一さんまさかあなたも酔って......」


「新人!防人の玄一!今から空飛びまぁあああああす!!!」


 拍手。さらに歓声。


「『風輪』!」


 風を身に纏う。あれ、なんかうまく制御でけない。


 あっ。




 瞬間。風が全方位に向け爆発した。近くまで来ていたアイリーンが吹っ飛び、あちこちがめちゃくちゃになる。焚き火の火は全て掻き消え、幸いにも負傷者や被害は出なかったが、そのままお開きとなった。 


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