第二十五話 太刀風
体を包む旋風。煌々と輝く透き通った翠色の光。髪の毛が風に吹かれて乱れた。
仰向けに落下していた俺はゆっくりと減速して、その場で静止した。その後、体をぐるんと回転させまるで宙を立っているかのような姿になる。両手をぶら下げるようにして二刀を構え、冷静に奴の姿を上から眺めた。
この空に身を置いてみれば。大きく見えた奴もちっぽけ。
まるでゴミ。早く処分せねば。
しかしながら、何故急に空を飛ぶなどという芸当が出来たのだろうか。おそらく、無意識に回避しようとして先ほど発動したのだろう。わからないが、きっと今までの積み重ねがそうさせたのだ。今までの軌跡に、感謝する。
よく考えてみれば、今回で初めて本気の霊力を『五輪』に込めてみたことになる。もっと早くしておけばよかった。何故今までやらなかったのだろう。
帰還したら一刻も早く自分のこの『五輪』を検証する必要がある。今は頭の片隅に置いている程度でいいが。
そんなことを考えながらその場に滞空し続ける。視線の先には空飛ぶ鳥の群れ。風を操り滞空するというのは調整が必要で面倒だ。早いところ降りてしまおう。
後ろに倒れるようにして急降下していく。外套が風に靡いて、音がなった。
奴の姿を目で捉える。奴はこちらに背を向け必死に逃げだしている。クソが。こちらが有利になったと察した途端逃げようとするなど、所詮は獣。殺す。
急降下の勢いのまま奴を追跡する。背後の竹林はどんどん離れていった。遠くに見える伏木さんに、刀を振って合図を送る。とっさの行動ではあるが、伝わるだろうか。タマガキの防衛という観点では奴を逃がすのも手かもしれないが、俺が許さない。絶対に殺す。
景色が今までに見たことがない速度で移り変わっていく。空をまっすぐに飛ぶ俺に対し、”血浣熊”はドッドッドッという音を立てながら走っている。たまに振り返ってこちらを見ては、振り切ろうと必死だ。しかしこちらの方が速度は上。直ぐに追いつく。
まっすぐ走り続けていた”血浣熊”が、急旋回して左に見える森の方へ進路を変えた。
奴が自らの体が傷つくのも構わずに森に突っ込む。こちらを撒こうという算段だろうか。木を少しなぎ倒しながらも、森の中を突き進んでいく。いくらそれぞれの木が大きく、その代わりに数が少ないとはいえ、これでは奴も地形によって減速するのは間違いないはずだ。何故。
その疑問はすぐさま解消された。前方を走る奴の体が少し縮んだのだ。小さくなったその体は木の間を縫って進んでいく。空から追跡しようにも高速で動く奴の姿を上からでは見失う可能性があった。仕方ない。俺も突っ込もう。
迫り来る木々を避けながら空を飛ぶなんてことは可能なのだろうか。いや、ここまで来たらやってやる。
前方には大量の木々。この速度のままぶつかれば怪我をするかもしれない。しかし奴を逃がすわけにはいかない。むしろ加速した。
上昇し枝木を避け、咄嗟に急降下。そのまま左へ。一回転して速度を維持したまま大木を回避。避ける。避ける。進め。
こちらを見た”血浣熊”が、その爪をもって木をなぎ倒し、こちらの追跡を邪魔しようとしてくる。しかし避けるのはもう慣れた。倒れてきた何本かの木を、全て回避する。
奴がもう一度木を走る勢いのまま切り倒した。
根元を断たれ、こちらにまっすぐ倒れてくる大木。ああ、これは避けれない。ならば斬ろう。
打刀を振るえば、倒れてきていた大木が輪切り状にバラバラになる。なんだ。こっちの方が楽じゃないか。
自らの進行を遮る全ての木を風の刃で断っていく。前方に道ができ、そのまままっすぐ突き進む。手が足りなくなるかと思ったが、この風を纏う状態になれば『風輪』を纏わせていない脇差からも風の刃を飛ばすことが出来ることに気づいた。これは重畳。
奴に肉薄していく。後五秒もあれば追いつくだろう。その背、叩き斬ってくれる。
「キュララララァアアア!!!」
その瞬間、”血浣熊”が急停止し、体を大きく膨張させた後、振り返って爪を振るった。
追いつかれることを悟ったのか、ここで勝負することを選んだのだろう。実際には数秒間、しかし意識が伸びてまるで時が止まっているかのような錯覚を覚える。
空を飛び加速する俺に合わせるように、思考も加速した。
最も使い慣れ、そして強化された風の刃。今『風輪』をもって戦闘状態にある以上、何が起きるかわからない他の能力を使うよりこれを使うべきな気がした。だが、ずっと呼び名が風の刃じゃあ、なんだか格好がつかない。叫び、相手を威圧し、渾身の力をもって放つべきなのが防人が御技。思考に耽ること数瞬。ぴったりな名を思いつく。
ならば。その名を、唱えろ。
肘を曲げ腕を交差させ、両刀を構える。大きく息を吸って、叫んだ。
「
振るわれた二刀を中心に太刀風が吹き荒れる。それはまるで霊峰から吹き下される風のようだ。二刀より放たれた翠色の刃は疾走し、奴目掛けて突き進んでいく。
その中心となる必殺の二迅は、奴の右腕を真っ二つに切断し、加えて奴の首を断った。
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