第二十四話 始まりの二天(4)

 


  こちらから仕掛け始めたのは良いものの、しのぎを削る戦いが続き、既に戦い始めてからどれくらいの時間が経ったのかわからない。


 斬撃と爪撃の応酬。俺の右側を疾走しながら大きく勢いをつけ飛びかかってくる”血浣熊”。防御は不可能。避けろ。


 その場から左に跳躍し転がりながら避けきる。こちらの決め手が欠けているため、奴は調子に乗って雑に攻めてくる。奴の三次元的な動きに対してうまく対応できない。ジリ貧だ。


 俺の能力『五輪』は対魔物において無双の強さを誇るが、このような強力な一撃が求められる魔獣に対しての決め手が欠けている。『火輪』はもう試した。奴は既に回復し毛を焦がした程度。『地輪』は刀の強度を上げたところで無意味。『風輪』と『水輪』は表面に切り傷を与えるのみだ。


 焦燥に駆られる。今の手札では厳しい。


 (本当に俺の『五輪』はこんなしょうもないことしかできない能力なのか!?)


 自らの知識を総動員して、頭を回転させる。こちらの方が奴の魔力量に比べ霊力の量が少ない以上、持久戦に持ち込むのは愚策だ。


 勝つために必要なのは手札を増やすことか、強くすること。周りの地形や情報を頭の中で整理し手札を精査する。


 手札になりうるのは兵士たちの援護。他には何かあるだろうか? 考えてみるが無い。ここは魔獣を逃さず食い止めるために選んだ地。罠や自然を利用した攻撃は不可能だ。



 ならば今持つ手札を強くすることはどうだろう。例えば俺の魔獣に匹敵する強化された身体能力。これを一時的に高めたらどうだ。短期決戦。しかし殺しきれなかった時のリスクが大きすぎる。やるべきではない。



 『五輪』はどうだ。俺のこの能力に先はあるのか? しかし今は死戦。戦いを通して実験をする暇などないし、確証もない。いや、確証に近いものならばある。




 師匠の言葉が頭をよぎった。彼は言った。昇華させるのは貴様が役目だと。即ち先があるはずだ。俺の能力には。


 でもどうやってその先を探す。何か見落としがないか、奴の爪による連続攻撃を二刀流で対応しながら思考に没頭する。奴の稚拙な攻撃など、防御に徹すれば問題などない。



 二刀で奴の両腕を受け止めた時、奴の口が大きく開いた。



「キュォオオララララララオラオラァァァアアブッブブブウブビュブッ!!!」



 しまった。思考に没頭しすぎるあまり油断した。こちらに向かって飛んでくるのはあの溶解液よだれ。水鉄砲のように放射状に線を描き、この位置では顔へ直撃を免れない。


「『風輪』ッッ!!」


 右手の刀に『風輪』を展開しつつ、両刀で受け止めていた爪を、力を込めてはじき返して後方に跳躍した。ぬかった。涎を警戒しなければいけなかったはずなのに失念していた。


 風の刃で牽制を加えつつ、後方へ飛んだ後、右へ再び跳躍した。追撃が予想される。距離を取らねばならない。


 奴の位置を確認する。奴はこの涎を使った攻撃以外遠距離攻撃手段を持っていない。距離をとった今ならば攻撃を受ける心配は━━━━


 奴の姿を見て、なんだか違和感を覚える。奴の顔が先ほどより少し大きいような気がした。


「ラララァァアアアララララァアッッ!!」


 奴の顔が近づいてきた。奴の


 は?


 ”血浣熊”の首がろくろ首のように伸び、俺めがけて突き進んできた。


 (食らいつかれることだけは避けなければ━━!)


 口を開きその鋭い歯を見せつけ、涎を垂らした奴に対し刀を構える。噛まれることだけは避けねばならない。一度捕まってしまえば、もうそのまま食われる。


 その時、奴が口を急に閉じ、歯と歯がぶつかる音が大きく響いた。一回転しタイミングをずらした奴の首が鞭のようにしなり頭が俺の体まで━━━━!


 跳躍し避けようとした俺を奴が捉え、俺の体は空へ真っ直ぐ吹き飛んだ。



 雲が、近くなった。











 空を真っ直ぐに飛ぶ。下には竹林。その全体を俯瞰できるほど俺は空高く吹き飛んでいた。体が痛い。奴の首がさらに伸びてこちらに向かってきている。空にいる以上避けようがない。やられる。



 風切り音が大きく鳴った後、奴の首が俺の横を通り過ぎる。外したのか? 不幸中の幸いだ。


 奴の首もここまで伸ばすのは長時間出来ないのだろうか、奴の首がシュルルルという音を立てて戻っていく。真っ赤な狸の面をしたろくろ首は生理的嫌悪を引き起こさせるどころか、なんだか滑稽で笑えるようだった。いや、笑えねぇ。



 奴に追撃の必要はない。何故なら俺はこのまま落下死。空から落ちる男の完成だ。このままでは死ぬ。考えろ。



 いろんなことが頭を駆け巡る。まるで走馬灯のよう。そんなことを思ったら、友やあの地に残していった人たちの顔が浮かび、周りに同じように落ちていく人たちの姿を幻視した。彼らのためにも死ねない。最強にならなくちゃ。あの人の代わりになるためにも。


 生き残ってしまってから会った人たちの顔が浮かぶ。タマガキに来て会った人たちもだ。面倒見の良い御月。誓いを立てた郷長。底抜けに明るいアイリーン。下を見ればこちらを見て唖然とした表情を浮かべる兵士たちと叫び何かを言っている伏木さんの姿。負けてしまった。あんな啖呵を切ったというのに。いや、まだ負けちゃいない。諦めたくない。諦めてたまるか。諦められない。いやでも頑張ったよ。ここまでさ。もう仕方がない。


 全部諦めて━━━━━━━━━━━━━━━━━━






 殺せ。喰らえ。


 最後に怨みだけが残って、舌を強く噛んだ。


 幻視していた落ちていく人の姿は皆、よく見ればどこかが欠けていた。腕がない。顔がない。手しかない。ああ、なんて悲しい。空が真っ赤に染まっている。彼らの仇を討とうという怨みだけを原動力にして、意志が、動き始めた。


 勝つために考えろ。考える。考える。浮かんだ一抹の疑問。


 何故奴はトドメの攻撃を外したのか?


 ただ真っ直ぐ落下する俺を狙うことなど魔獣にとっては容易いはずだ。ましてや奴は獣。五感の能力は発達しており、外すことなど十中八九あり得ない。




 時間が伸びるような感覚。刀は握りしめたままだった。吐いた血が空を舞う。




 下を見れば奴が落下点に待ち構えている。俺が落ちるのは竹林からは幾分か離れた所のようだった。




 (吹き飛ばされて落ち始めた時から位置が離れすぎている。何故だ......?)




 仰向けに落ちていき、考える。右腕を伸ばし、打刀に纏われる『風輪』を眺めた。


 気付きを得よ。掴んだ偶を離すな。最後に頭の中で浮かんでいた師匠がそう言った。


 ずっと考えていた言葉が頭の中を駆け巡る。





 もしかして俺の能力はもっと、この空のように自由なものなんじゃないんだろうか......? 真っ赤に染まってて、どこか壊れていても、自由だ。


 しかしここで賭けていいのか? いや構わない。このまま停滞を選び死ぬぐらいなら賭けてみせよう。文字通り全身全霊。全霊力を賭ける。


 右手に握る刀に、持てる霊力を全て五臓六腑より送り込む。


 『風輪』が回天した。


 更に早く。回る。マワル。廻れ。マワレ。もっと。もっと。

 

  廻転しろ。翠色の軌跡を残して、繋ぐのは勝利への道。



 風の音がやかましい。そう思って横を見やれば、『風輪』の廻転に合わせて、俺の体に纏うように駆け巡る可視化された風の姿があった。


 荒れ狂う風。まるで霊峰の頂上付近で吹き荒れる風のよう。その姿に、神秘的なものを感じ取る。

 こんな霊峰の烈風を御することができるのだろうか。分からない。



 しかし、今理解した。さっき”血浣熊”は攻撃を外したんじゃない。



 今までずっと抱いていた俺の能力に対する疑問が全て消失し、点と点が繋がる。間違いない。これならば全てに説明がつく。



 俺の特殊霊技能スキル。『五輪』。その真の能力は━━━━






 それぞれが司る事象を生み出し、操る能力。



 これならば、空だって飛べるさ。










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