第二十三話 始まりの二天(3)

 

 抜刀し飛んできたモノを真っ二つに斬ったのを見た”血浣熊”が、大きく後方に跳躍し着地して地面が揺れる。前脚を地につけ、体を伸ばし、猫が威嚇する時のような姿勢を取った。その口元から鋭い犬歯を覗かせている。奴の涎がぼたぼたと地に落ちていき、何かを溶かすような音と、煙がその場に立ち昇った。



 漂う異臭。もし霊力を纏わぬ一般人があの涎に触れれば、皮膚が溶け落ちるだろう。いや、たとえ霊力を持つ自分でも耐えられないかもしれない。


 だがそれは怖気付く理由になどならない。鬼の形相でこちらを睨み続けるクソ魔獣。絶対に殺す。


 毛に覆われている奴の肉体からゴキゴキという音が鳴った。筋肉が膨張しどす黒い魔力のオーラが鳴動する。


 戦略級魔獣。幻想級とは違い強力な固有能力を持たないものの、防人に匹敵する身体能力、いや、それを上回る力を持つ魔物だ。防人が魔獣に対し身体能力が劣るにも関わらず、戦闘出来ているのは特殊霊技能スキルの存在のおかげである。



 つまりこの戦いは、俺の能力『五輪』が鍵を握る。選択を間違えればそこにあるのは死のみ。



 奴もまたこちらを警戒しているのだろう。睨み合いが続く。行動を取ろうにもまだ情報がない。情報無き今必要なのは奴の動きや能力を引き出すこと。俺の持つ四つの能力から、今このような状況で使うべきものは何だろうか。思考し、即座に決定する。


「『地輪』『風輪』」


 右手の打刀に地輪を、左手の脇差に『風輪』を纏わせた。まずは様子見。脇差を振るい風の刃を飛ばす━━━━!



 瞬間。奴が視界から消えた。



「ッッツ!? 後ろか!?」



 首を振り向かせ右後ろの方を向いた俺が見たのは、飛びかかる満面の笑み。涎で顎がビチョビチョに濡れている。




 跳躍し両手を伸ばしながらその口を開け牙を向いているこの魔獣畜生いつこの位置にいや速過ぎるとにかく回避間に合わない防御を━━━━!!




 打刀を構えとっさに防御の姿勢を取った。全力で霊力を刀に、身体に通したものの、衝撃を受け流すことも出来ず吹き飛ぶ。


 空を飛び、後方の竹林に突っ込む。その勢いからか竹がしなり、かかる負荷に耐えきれずそのまま折れて地に伏した。


 右手に持つ打刀に目をやり、刀身を包む黄土色の輝きを眺める。



 (地輪を付与していなかったら刀を折られていたかもしれない......! なんという威力!)



 この姿勢ではまずい。やられる。すぐに体制を立て直せねば。しかし体が痺れて動かない。早く。


 刀を杖のようにして、立ち上がった。


 (追撃がこない……?) 


 何故だろうか。前髪を搔きあげ前方を見ると、”血浣熊”が再び仁王立ちの姿勢になり、その場で笑みを浮かべながら、右に左に飛び回り、踊っている。


「ララアラララララララララララララッ!」


 頭に血がカッと上りそうになる。奴は遊んでいる。これは奴にとって戦闘ですらないと俺を煽っているのだ。


 落ち着け。


 奴は今この俺を殺せる絶好の機会を自ら捨て去った馬鹿者だ。相手にしなくていい。しかしどうやってあの一瞬の間に俺の後方に移動したのだろうか。周りを見渡す。



 先ほど俺がいた場所の背後に目がつき、そこの竹や土がめちゃくちゃな状態になっているのを見た。野郎。先に本気の跳躍で俺の背後に回り、竹を利用して三角飛びの要領で仕掛けてきやがった。


 起き上がり二刀を構える。一度様子を見ようなどと甘えてしまった。恥ずべきことだ。


 霊力を体に満たす。四色の光が体を包んだ。未だ飛び回り、踊り狂っているあの愚図に一撃加えてくれる。


 奴が跳躍し避けられないタイミング。今。


 地を蹴り上げ右から袈裟斬りの要領で攻撃を加えに行く。宙に浮いている奴は避けられないはず━━━━!



「キュオオラララララララァァァアア!!!!」



 その時。奴の長い尻尾が突如として地面に突き刺さり、体を地面すれすれまで下げて尻尾を中心に体を回転させ避けようとした。


 何というアクロバティックな動き。こいつ。こちらの予想を超えた動きばかりしやがる!


 既に刀は振り下ろしている最中だ。このままなら空を斬るだろう。


 しかし予想を超えるのはこちらも同じ。俺のこの一撃をただの斬撃だと思ったら大間違いだ。


「『水輪』......!」


 斬撃を曲げ、奴の首めがけて水の刃が伸縮し、動く。それを見た”血浣熊”が地面に突き刺していた尻尾を抜き、回転の勢いのまま後方に飛んだ。


 奴が地面に受け身も取れず、地面に擦れ倒れこむようにした後、即座に奴の首がこちらを見た。


 奴の口が半開きになり表情はなくなっている。その目がただただ不気味だ。



「浅いか......」



 奴の首から垂れるのはどす黒い魔獣特有の血液。真っ赤に染まったその毛色から、判断は容易だった。


 奴が起き上がり、首が高速で元の位置に戻った後、真正面から跳躍して、奴の爪が大きく魔力の輝きと共に伸びた。奴の右爪が俺に向かって振るわれる。その一撃には憤怒の情が込められており、奴は冷静さを失っているようだった。


「上等ォォォォオオオ!!」


 腹の底から喉元まで突き上げるように叫び、二刀を十字に構え、奴の爪を受け止める。続けて振るわれた左腕に対し、右爪をはじき返して回転斬りを食らわせた。奴の左腕から血が吹き出る。


 やはり魔物のように一撃で切断仕切れない。なんという強靭な肉体。『五輪』を使っていなかったとはいえ霊力を込めた一撃だ。魔力の量が桁違い過ぎる。


「キュキュキュ......」


 やはり効果があったわけではなさそうで、止まることなく奴の両腕が振るわれた。しかしそれはまるで子供の喧嘩のような動きで、術理などなく簡単にいなし、再び奴の身に斬撃を加える。飛び散った血が体に付着して、俺の霊力にかき消され蒸発した。連撃のシメとして、打刀を斬り上げるようにする。


「『火輪』!燃えろッ!」


 打刀の柄の上に纏われるは回転し燃え盛る霊炎の鍔。地面を伝って業火が迸り、奴の肉体で火柱を作った。


 奴に業火の一撃が直撃した。炎撃からしばらく経った今も奴の全身は燃え続けている。そのまま焼き殺して晩餐にしてやろう。今夜は熊鍋だ。


「キュォォララララララッッッッ!!!!」


 奴が逃げるように大きく跳躍し、地に自らの体を擦り付け、消火した。こういったところには知恵が回りやがる。愚図が。




 初撃は貰ってしまったが、奴の能力はもう大体把握した。もう油断はない。殺す。周囲の戦闘音と気配から、既に魔物の数が大きく減っていることがわかった。兵士たちの支援も加われば、勝てるだろう。殺せる。殺す。殺してやる。




 刀を握りしめろ。五輪の名を唱えろ。


 最強になるために━━━━!




 最初の威勢はどこへいったのか、怖気付く奴に対しこちらから仕掛けた。









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