幕間 それぞれの戦い(2)
カイト砦近郊。既に戦闘は終わり、魔物の死体と腕や手のような形をした肉片が辺りに散らばっている。その中央に、折り重なる魔獣”蛇足”の死骸があった。死屍累々の山の上に立つ人物が、その手に持つ大太刀を消失させる。
木陰から黒尽くめの男が現れる。気配を感じ取っていたのか既に骸の上に立つ人物━━━━御月は彼の方を向いていた。
「やはりえげつないな君は......魔獣三体に加え魔物もいたというのに。全て片付けてしまうとは......」
木陰から現れた男はタマガキ所属の防人、甚内である。他の兵員の支援を命じられていた彼は魔獣戦に参加することなく、任務を遂行していた。彼の働きもあってかなりの激戦であったというのに、死者は出ていない。
「君が援護にいるからこそさ、甚内」
骸の上から降り立った御月が返答する。一時間ほど前、魔獣戦に突入した彼女は本来であれば三体一という圧倒的不利な状況にあったのにもかかわらず、危なげなく撃破した。
甚内は御月の言葉にそうだなと呆れ気味に返答したのち、表情を変え口を開いた。
「南から報告があった。一体魔獣をタマガキの方に逃してしまい、魔物の群れまで混ざって進行しているらしい。君は戦闘中だったので伝えることが出来なかったが、どうする。今からじゃ間に合わんぞ」
「なっ。それはマズイな。今直ぐタマガキに向かうぞ」
両腕を大げさに動かし止める甚内が言う。
「言ったろう。兵を連れて行こうにも皆疲弊しているし、準備も出来ていない。君も魔獣戦を終えたばかりだし、今からじゃ無理だ!」
「私だけで全速力で向かえば間に合う。後の指揮を任せた。魔獣も片付けたししばらく襲撃はないだろう」
「待ちたまえ大太刀姫!」
その声を無視し神速を以って駆けていく。彼女が通った道がでこぼこに潰れ、土煙が大きく舞い、走る勢いで草木が揺れた。
二体の魔獣を通したという事実から、タマガキが厳しい状況に陥っていることが容易に予測できる。しかし、いくら歴戦の防人である御月といえど、ここからタマガキに向かうのには時間がかかるだろう。
(間に合えよ......)
そう願う彼女が脚に霊力を込め、跳躍して道を塞ぐ障害物を飛び越えた。
新種の戦略級魔獣である”猿猴”と戦うアイリーンが嘆く。猿猴と交戦し始めてから暫く立った後、あまり強い部類の魔獣ではないと感じていたが、”猿猴”が形態変化してから話が変わった。
猿猴は物理的には入るはずがないのにその腕や脚を甲羅の中に隠し、まさしく亀のような姿形になったのだ。だというのに、魔獣としての速度は変わらず健在で、高速で辺りを走り回る。バカみたいにでかい亀が辺りをいかなる動物よりも早い速度で駆けるのだ。不気味である。
それを追いかけていたアイリーンと二番隊は、気付かぬうちにタマガキからだいぶ離れてしまった。何度かの攻撃で弱ってきているようには見えるのだが、甲羅のような硬い部位を持つ魔獣に対しアイリーンの『
後少しで殺せるのは間違いない。しかし後一手足りないのだ。この状況に際し、兵員とのコミュニケーションが会話で出来ないことで、ジェスチャーに頼る他ないのが苦しい。アイリーン率いるこの部隊はいわば即席の部隊であり、密な連携が難しかった。迅速な撃破が目的だったというのに、撃破できるかどうかすら怪しくなってきている。逃してしまうかもしれない。
(せめて指揮を取ってくれる他の防人......玄一がいてくれたら早くやれたっすがねぇ。恨むっすよ。郷長)
兵員たちはアイリーンの動きに合わせようと様子を伺っている。巨躯の熊から黄金の霊力が迸った。
『━━━━ッッッ!!!』
アイリーンは自分と部隊を鼓舞するため言語にもならぬ熊の咆哮を上げる。
猿猴の顔が隠れた甲羅の穴から赤い眼光が煌めいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます