第二十二話 始まりの二天(2)

 


 時間がない。行くと決まったのならば迅速に行動せねば。一度外した打刀を腰に付け直して、上に外套を着る。霊信室を出て、前出撃した場所と同じ本部から外へ出る門の方へ向かった。


「武運を」


 その場にいた兵員たちの声が重なった。敬礼をもって彼らに返答した。




 早歩きで石段を降り急ぐこと数分。残っていた二番隊を連れ隊長の伏木さんが既に門の前で待機していた。彼らの装備は普段彼らがタマガキに待機している際着ているものとは違っていて、背中には二番隊の紋章があった。彼らは覚悟を決めた表情で、こちらに敬礼をする。


 俺が敬礼を返した後、先頭にいた伏木さんが口を開いた。後ろにいる兵員たちは黙っている。


「これより我々二番隊は貴方に追従し、任務を遂行します。出撃前に現時点で明らかになっている情報を確認したいのですが、いかがでしょうか」


「頼む。お願いできるか」


「現在、タマガキ南西方面から獣型の魔獣が魔物の群れを連れ、接近してきています。南西方面に展開していた小隊の消息は不明。魔獣の正体も未だ判明しておりません。郷長より、幻想級以上の魔獣であった際は、時間を稼ぎつつ撤退せよとの命も受けております」


「では魔獣と相対し、これが戦略級であれば散開し交戦。でなければそのまま撤退ということだな」


「はい。また、魔獣と戦闘する地は南西にある竹林を推奨します。先の大戦の折、竹林の中で防人と魔獣の交戦があり、中央部の竹が全て吹き飛びました。地図上で見れば竹が周りをぐるっと囲うような状態になっていて、既に何度か戦闘を行なっているため地の利があります」


「わかった。では竹林を目指し出撃する。俺は魔獣戦を経験したことがない。故に伏木さんに指揮権を託す。皆頼むぞ」


 二番隊の兵員たちが再び敬礼をする。彼らの動きに合わせて装備が動き、鉄がぶつかる音がなった。








 全力で駆ける。時間を稼ぐという側面でもタマガキから出来るだけ離れた場所で接敵しなければならない。隊列を組んでいるからだろうか、大きな土煙が舞う。


 前方に複数体のゴブリンとオークを見つける。ここは平地。直接ぶつかることになれば兵員にとって苦戦は免れないだろう。ここは防人の俺が奴らを処理すべきだ。


 駆けるままに刀を引き抜き、奴らを断とうとしたその時。


「体力と霊力はできるだけ温存して我々に任せてください」


 後ろから出てきた伏木さんと精鋭と思われる兵員数名が、武器を構え魔物を切り裂く。一人がオークの腕を断ち切ったかと思えばすぐに下がり、別の兵が追撃を行う。互いを信頼し、連携の取れた動きだ。


 気がつけば後方から迫ってきていた別の魔物も他の兵員が対応している。負傷者を確認する必要などなく、相手を攻撃させる暇もなく処理していた。


「前進しましょう」


「......おう」







 魔獣を迎え撃つため、駆け続ける。いくら本気ではないとはいえ防人の速度に兵員たちが付いていけるかどうか心配だったが、杞憂だったようだ。むしろ彼らも余裕を残しているように見えて、一体どのような戦場を乗り越えれば彼らのような兵員が生まれるか疑問に思う。


「伏木さん。見たところ二番隊の兵員は駆ける時に込める霊力の使い方が巧いようだが......何か理由でもあるのか?」


「これぐらいやらなければ追いつけなかっただけです。そら、着きますよ」


 前方には竹林。迷うことなく駆ける勢いのまま、その中に入った。竹林の入り口には整備されたあぜ道があり、中央部へこちらを導いていた。中は森のように薄暗いかと思えば意外と明るく、風に揺れる竹のざわめきが、こちらに警告しているようだった。


 覚悟せよ。ここからは死地であると。


 強い魔力を奥から感じる。先に竹林を訪れたのは魔獣の方だったようだ。でも、何故魔獣がわざわざ竹林に入る必要があったのだろうか。タマガキに向かうだけならば、ここを通る必要はないのに。


「このまま進みます」


 その言葉に頷きを返し、歩みを進める。部隊全員が陣形を組みながら進行速度を少し下げた。


 靴がザリザリと、砂利を擦ったような音を立てる。風に揺れる葉の音が、差し込む光に合わせて幻想的な空間を作り出していた。ここが戦場になるとはとても思えない。


 竹が無い場所が見える。ここが例の中央部だろう。感じる魔力はどんどん強くなり、他にも多くの魔物の気配を感じた。


  しかし魔力の強さからすれば、おそらく幻想級ということは無いだろう。戦略級だ。


 それを伏木さんも感じ取ったのか、部隊を横に展開させ、一斉に中央部に出る。そこは朽ちた竹が折り重なり、その広さからまるで決闘場のようになっていた。


 覚悟を決め跳躍し、魔獣の前に飛び出る。体が意識せずとも、ぶるりと震えた。前方から感じていた魔力の塊から殺気がこちらに飛んできたようで、こちらを必ず殺すと威嚇している。上等だ。殺気を飛ばし返す。




「キュォオオララララララララララカカカカカカカカカカカカ」




 奴の声が竹林に響き渡る。目の前にいるのは、赤色の体毛に覆われた獣型の魔獣。こいつだ。


 もしこの魔獣を見たことのない者がこいつを見れば、まるで猫のように長い尻尾を持つ狸のようだと言うだろう。そいつは後ろ足で仁王立ちの状態になり、手に ナニカ を持っている。




 その手に持った ナニカ を湯上りの人間が体を拭うようにして擦り付けていた。魔力によって強化され鋼鉄並の硬度を持つ体毛がそれに突き刺さり、その手にあるモノから、赤い液体が吹き出る。微かなうめき声。





 奴の体毛に何かが引っかかり、ぶら下がっている。








 人間の腸だった。




 魔獣が口を大きく横に広げ、笑う。





 おそらく奴が持っているものは、行方不明になっていた小隊の一員だろう。他の兵はどうなったのだろうか。生きている事を願いたい。それでも。魔獣の口元を濡らしている血の量と、周りに散らばっている武器や防具を見れば、その結末はわかっているようなものだった。


 新兵だろうか。それを見た兵員の一人が吐きかかっている。俺も理解した時ひどく動揺しそうになったが、自分より落ち着かない人間を見た事で落ち着きを取り戻した。それにアイリーンが言ったことを思い出す。決して何があろうと動揺するなと。今理解した。彼女はこのような地獄を何度も乗り越えて尚明るく、あのように振舞っているのだ。


 それに、俺だって地獄をくぐりぬけて来た。俺も負けてられない。



「奴の正体がわかりました。確認された数が少ないので思い出すのに苦労しましたが......戦略級魔獣”血浣熊”チアライグマです。捕らえた獲物を食いながら、体に擦り付けるその姿からそう名付けられました。動揺した仲間がアレと同じ結末を歩んでいます。やれますか」


「当たり前だ」


「それでは我らはこれより周囲の魔物を掃討します。その後支援を。武運を祈ります」


 伏木さんが指揮を取り、兵員が散開する。防人の役目は魔獣との相対。体が震え、身を包むのは戦場の高揚感。ここが俺二度目の死線だ。これを越えずして、最強は存在し得ない。


 ニヤニヤと笑っていた”血浣熊”だったが、笑い返す俺を見て、こちらに効果が無いと表情を失う。こいつが人のように知能があると考えるだけでイライラする。早く殺して生首にし、皮を剥いで表情筋全てを断裂させよう。


 仁王立ちの”血浣熊”が右腕を振り、手に持っていたモノを投ずる。凄まじい速度でこちらへ飛んでくる。避けるのは難しい。




 顔のようなナニカが見えた。




「必ず君を安らかな場所に埋葬すると誓おう。遺品も家族に届ける」



 飛んできたモノを抜刀した打刀でぶった斬った。





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