第二十一話 始まりの二天(1)

 



 騒然とする霊信室。飛び交う怒号。先ほど来たであろう情報から、そうなっているのは明白だった。


 見た所、参謀陣は意見をぶつけ合い、他の通信兵は南西方面から集められた情報をまとめている。


 櫓から俺と一緒に霊信室に戻ってきた山名に気づき、部屋にいる全員が黙り込む。静寂がその場を包んだ。


 山名が声を上げ、参謀の一人に詳細を聞いた。参謀が地図に新たな大駒を置きながら説明をする。


「現在、南西方面から魔獣とそれが率いる魔物の群れが向かってきております。魔獣は四足歩行の獣型で、後タマガキに来るまで一時間もかかりません。更に、アイリーンと”猿猴”の戦いは未だ決着しておらず、魔獣が形態変化を行なった後戦地を移動。かなり距離があります」


「戦力が足りないか。オレが出た場合どうなる」


 それを聞いた参謀の一人が、とんでもないと咎めるように、声を上げた。


「郷長! 貴方は西の纏め役。貴方の身に何かがあったら西部は瓦解します! それに貴方の右腕はもうないんです! 戦えない!」


 諌める参謀に対して眉をしかめる山名。全盛期の彼ならばこのような事態は一蹴できたのだろう。現在と昔のギャップが参謀と山名の間に意識の差を生み出しているようだ。


 今現在タマガキへ進行中の魔獣の正体は完全には判明しておらず、今わかっているのは戦略級の獣型ということだけだ。獣型の魔獣は動きが他の魔獣に比べても俊敏だが、しかし他の見たこともないような形の魔獣に比べ、攻撃手段が想像しやすく初見殺しはない。ならば、経験の浅い俺でも。




 もう一つしか対抗策はない。しかし皆一見博打に見えるこの案を避けている。道はここにしかないというのに。


 今から俺がしなければいけないのはこの場にいる全員の説得だ。説得をする時に決して不安そうな態度をしてはいけない。堂々と、そして不遜に。声を上げた。


「俺では力不足なのか?」


 参謀の中で最も年若い男がそれに返事を返す。


「確かに先ほどはアイリーンがいたから君の出撃に賛成だったが、今は絶対にダメだ。君は防人といえどまだ新人。能力からしてもアイリーンのように打たれ強いものではないし、瞬殺される。一人で行くなんて自殺行為に等しいぞ」


 そうだそうだと声が上がる。魔獣戦というのは、経験の差が大きく出る。新人一人に託すぐらいなら、タマガキに戦線を張り、各地から戦力を引き抜いて反抗しようとか、今こそ内地の手を借りる時など、参謀の間で意見がぶつかり合う。既に俺に対する返答は彼らの中で終わったようで、俺についての話題はなかった。


 山名は論戦を重ねる参謀陣を見ながら、静かに考え込んでいる。


 まだ終わりではない。彼らの意見に反論する。ここからが正念場だ。


「タマガキを放棄しようにも、民間人を避難させる時間がない。どうにか時間を稼いで内地の手を借りたとしても、西部は内地の連中に屈することになる」


 独立不覊を掲げる西部は、東部と違い政府の協力をあまり受けない。それは、元々西にいたこともあって、知っている。そんな西部が一度内地の手を借りれば、そこから干渉を受けることになるだろう。そしてそれは、彼らの望むところではない。


 彼らから一歩離れた位置にいる、山名は口を閉じたままだ。


 俺の話に一理あると思ったのだろうか、彼らの過半数が一度議論を止めた。彼らが耳を傾けてくれている。それを見て、内地に手を借りようと主張していた参謀が声を荒げた。


「ならばどうするというんだね! 我らの案にケチをつけているようだが、肝心の君は対抗策があるのか? 先ほどから郷長に対しても失礼だとは思っていたが、態度を改めろ新人風情が!」


 しかしまだ注目が足りない。もう少し集まった時こそが、彼らを、いや彼を説き伏せる機だ。


「無論俺には案がある。単純な話だ。魔獣が来たのだから、防人を出し対抗する。こんなの魔物と戦う人類の常識だろう」


 この俺の発言に、反感を覚えた参謀が騒ぎ始める。若い参謀がこちらに怒鳴りかかっている他の参謀を抑え、俺をなだめるように言った。


「さっきも言っただろう。新人の君ではまだ無理だ。君は自分が将来人類を背負って立つ大事な戦力であるという自覚はないのか? 君はまだ若いし、経験を積んでからいつか貢献してくれ。今である必要はない」


「俺にはそんなことをしている時間はない」


 この物言いに、口を閉じていた他の参謀からも非難の声が上がる。しかしこれで十分。機は今。非難を無視して口を開く。


「確かに俺は新人だし、まともな魔獣戦の経験はない。だが、ここにいる防人が俺しかいないのもまた事実だ。安心できない参謀諸君らのためにここに宣言しよう」


 一度息を大きく吸った。俺は戦わねばならない。それが、生き残りである俺の義務なんだ。その思いを、ここで言葉にする。



「この俺、新免玄一は。今世西部最強と呼ばれている御月、ここにはいない英傑と呼ばれた俺の師匠、そしてここにいる山名も越えて、最強になってみせる防人だ。俺を出撃させろ。俺には死線に自ら飛び込み、越えてでも強くならねばならない理由がある」


 俺が歩んだ、今までの道筋を思い返す。全ては、最強になるため。奴らを━━━━殺戮するため。


万里一空ばんりいっくうの境地。お見せしよう」


 先ほどまで火事場のような騒ぎだった霊信室が、静まり返った。身の程知らずの宣言を聞いた参謀陣や霊信兵は、口をぽかんと開き、冗談だろうと笑っているものまでいる。その中で山名がただ一人、真顔だった。


 この宣言は皆に対するものと同時に、自らに対する誓いでもある。今は嘲笑われようとも、きっと俺はこの日を忘れない。


 先ほどから俺に怒り狂っていた内地案を掲げるの参謀が、静寂を切り裂き大きく哄笑した。先ほどまであった怒りという感情は消え失せ、呆れたような顔をしている。


「ハァハハハ! これは面白い冗談だ。君は一体何を言っているんだね。阿呆者。彼らの偉大さを理解していないだろう」


 参謀の男が、いかに俺が名前を上げた防人たちが強いかを語り始める。


 彼を無視して、ずっと黙り込んでいた山名の方を向いた。


「郷長。では何故俺を残した? あれから考えたが、このような事態があるのではないかと踏んで俺を残したんじゃないのか」


「無視するなッァ!」


 続けて俺の言葉を遮ろうとする参謀を無視し、山名がおもむろに口を開いた。


「そうだ。”猿猴”が陽動である可能性を踏まえて坊主を残した。実際奴は形態変化を残していたし、アイリーンをタマガキから引き離すことに成功している。敵の規模から考えてもこれが魔物最後の一矢であり、今回の侵攻の狙いだろう」


 やはりそうだった。郷長は決して、俺を新人だからという理由で残した訳ではない。


「では俺を......」


「少し待っていろ」


 山名が急に戸を開き、その場を去った。ほとんどの参謀は唖然としていたようだが、一人だけこちらを鋭く睨んでいる奴がいる。先ほどから突っかかってくる参謀だ。後で名前を調べておこう。


 その場を去ったと思った山名は、気がついたらその場に戻ってきていた。彼の左手に握られていたのは一本の刀。使い込まれ少し汚れているように見えて、ただそれには威厳があり、なんだか魅力的な、手にしてみたい刀だった。


「タマガキの郷長が受け継ぐ刀だ。郷長はこの刀を帯びてその身分を示すらしい。まあ、オレは戦場で帯刀したことはないが」


 彼が刀の鞘を握り、つかをこちらの方に向ける。なんだろうか。


「これは西に伝わる誓いの儀式だ。鞘を持ちお互いの刀の柄を交差させる。具体的な起源は定かでは無いが、この誓いをオレが破った時はオレの刀でオレを斬れ。というのが有力な説そうだ。まあこの場合、オレが柄をそちらに向ける理由があるのかはわからんが」


 その話を聞いた俺は、自らの打刀を腰から外し、鞘を持って郷長の持つ刀と交差させる。


「良い刀だ。昔鍔はついていたが、それと似たような刀を持っている者を見たことがある。そいつから貰ったのか?」


「ああ。この刀は一本しかないはずだが......多分、その通りだ」


「━━そうか。その話御月にはするな。覚えておけ。それで、銘はなんと言う」


「打刀の銘を朝鍛ちょうたん。脇差の方を夕練せきれんという。兄弟、いや、相棒みたいなものだ」


「それではその刀に誓え。必ず魔獣を殺し帰ってくると。いつか最強に至ると」


 息を大きく吸い込んだ。山名と俺が生み出す空気に呑まれ、既にざわめきはなくなった。静まり返った空間に、霊信の機械音だけが響いている。参謀の彼らが口を出せる空気ではなくなっていた。


「ああ。この刀に誓おう。俺は最強になるまで、その歩みを止めない。......こんなところで立ち止まってられるか!」


「よく言った!ならば玄一。その刀で、タマガキを守ってみせろ」



 山名が大きく息を吸った後、怒鳴るように号令する。


「防人! 新免玄一! 残っている二番隊を連れ、南西方面へ出撃! ここがタマガキが分水嶺。魔獣を撃破し越えてみせろッ!」


「他は玄一が敗れた時のことを考え防備を固めろ! じきに他の戦いは終わる!」


「ここが正念場だ。総員、尽力せよ」


 武名名高い英雄の大号令。霊信室にいた全ての人員が、応えた。





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