第二十六話 解体


 

 まるで水脈を掘り当てた時のように吹き出るドス黒い奴の血液。右腕を真っ二つにされた奴が苦悶の叫びを上げる。


「ギュォオララララララララララララアアアッラララララララスススススカ」


「やかましい死ね。まだ気づかないのか」


 虚ろな目のまま何かに気づいた”血浣熊”が視線を首元に移す。そこに突き刺さっている太刀風ノ颪が霧散し、その姿を見せた。


 奴の首を完全に断つことは出来なかった。しかし十分。奴の急所はまさしく首の皮一枚繋がっているような、そんな状態になっていた。遅れて首からも血が吹き出る。


 先ほどまでは大きかった奴の声は掠れ気味になり、息も絶え絶えといった状態だ。ああ、あんなに粋がっていた奴が今ではこのザマ。なんて気持ちいい。もっとこの状態を楽しんでいたいような気もするが、早く殺そう。


 振り抜いた刀を構え直し、一閃。刀が銀光の軌跡を残し、奴の首を完全に処断した。


 纏った旋風は『風輪』の消失と共に消え去り、通常の状態に戻る。


 ボトリと奴の首が地に落ちて転がり、俺の目の前で止まった。楽しい首実検。奴の死に際の表情は憎悪に満ちて、まるで阿修羅。


 こみ上げる笑い。今日は俺の人生で最も良い日であると言えよう。ああ。抑えきれない。


「はははははっ!!!! 勝てる! 勝てるじゃないか! 行ける! 戻れるんだあの場所に! 至れる! あの領域に! これならば! これならばこれならば俺ならぁああははははははッ!」


「あっははははははッ!!! ははははっ!!!」




 笑いがピタリと止まる。大事なことを一つ忘れていた。奴は俺の同胞達の尊厳を踏みにじった邪悪。このゴミに然るべき処分を下し彼らを供養せねば。






 バラそう。



 ああ。でも、刀を使うのは良くないか。どうしよっかな。











 道中何度か魔物の群れと交戦した後、タマガキを目指して御月は全力疾走していた。道中出会った魔物は全て逃げるように動いていたので、タマガキの戦況は好転しているのだろう予測し、安堵する。


 しかしながら油断は禁物。まだ交戦中の部隊がいるかもしれない。なんだったら魔獣と交戦している可能性だって━━━━


 彼女が急に止まる。彼女の目の前にあるのは、大きな、魔力の残滓が残る足跡。


 (なんだこれは......大きさ、形からして魔獣なのは間違いない。報告にあった獣型か?)


 足跡は途中で大きく曲がり、森の方に続いている。足跡の続く先である森の木々はへし折れ、荒廃しており、何か大きなものが通ったような後が出来ていた。


 (行くか...)




 様子を伺いながら御月が森を進んでいく。倒れた木を見ても止まらなかった彼女が歩みを止めた。そこには大量の木片。真っ二つになった大木、輪切り状になった木の幹。その状況から魔獣を追って何かが通っていったことがわかる。風神でもなければこんなに荒廃はしないだろうに、と彼女がますます警戒を強めた。


 御月がその場に屈み、木片の一つを手にとって眺める。


 (木が真っ二つに切断されている......断面からして鋭い刃のようなもので斬ったようだな)


 魔獣の足跡は続く。足跡に加えて血の跡も続いた。その量はだんだんと増えていく。


 前方に何かの気配を御月は感じた。魔物ではないようだが、肉を何かで断つような音が聞こえる。


「『月華』」


 月の輝き。刀を構え御月がその場に踏み込んだ。







「玄一......? 何をしているんだ?」


 耳にスッと入ってくる澄んだ声。振り返ってみれば、そこに立っていたのは美しい霊刀手にした防人。


「誰かと思えば御月か。見てくれ御月! 魔獣を殺したんだ! ハハハ!」


 彼女は顔を強張らせ、こちらを見ている。彼女は驚いたような様子で、だけども悲しさも覗かせるような顔をしていた。何故喜ばないのだろう。そもそもなぜ彼女はここにいるんだろうか。彼女はカイト砦にいるはずだと思うのだが。


「玄一。何をしているのかと、聞いているんだ」




「......? ああ。どうやったら人の尊厳を踏みにじったこいつに今までの報いを取らせられるか考えていてな。それでこいつの体から頑張ってを抜き取ることにしたんだ。見てくれこの頭蓋骨。綺麗に取れたぞ」


 先ほど取り出した奴の頭蓋骨を持ち上げて彼女に見せびらかす。取り出した代わりに、体が血まみれになってしまったが。



 生唾を飲み込むような音。


「いやはや、最初は魚の骨のように綺麗に取れるかと思ったのだが、これが難しくてな。刀もなまくらになってしまう。そこで『水輪』を使ってみたのが上手くいったんだ」


 『水輪』を纏わせた脇差を振り上げ、死体の方に向き直りそのまま解体を続けようとする俺の手を背後から御月が掴んで止めた。ベチャッという血の音がした。


「もうやめろ......玄一。帰ろう。タマガキに」


 彼女が俺の手を掴んだまま目を閉じ、後ろから俺を抱きしめるようにした。何故。確認のため振り返ろうとすれば彼女の顔にぶつかってしまいそうなほど近い。血の匂いに紛れて、花のような匂いがした。


「御月。君の服が汚れてしまう。やめてくれ」


 俺の体に付着していた血がべっとりと彼女の外套に着く。魔獣の血液は洗ってもなかなか落ちない。大変だ。


「あそこに安置されているもの、中から出てきた兵士たちの遺品だろう? 共に埋葬しよう」


 木々の間を通る一筋の光。それはもうオレンジ色。気がつけば夕方。


 その夕焼けに照らされて、カラスが、啼いた。






 二人で彼らの遺骸や遺品を埋め、彼らが持っていたであろう刀を墓標として突き刺す。既に身元が確認できるものは回収していて、遺族に渡す予定だ。そういった作業を行っていると戦いの興奮は消え去り、冷静な思考が戻ってくる。彼らの墓標に向け敬礼し、冥福を祈った。


 彼らを埋め終えた後、少しこの場を離れていた御月が帰ってきた。彼女が口を開く。


「玄一。もう落ち着いたか? 近くにいた伏木の部隊を呼んできた。お前のことを探していたようだが、彼らに魔獣の死体の回収を任せる。私たちは先に帰るぞ」


「すまない御月。もう落ち着いた。それで、他の戦場はどうなったんだ?」


「他の魔物の群れも皆退いていったそうだ。この戦い、我々の勝利だ。だが、戦後処理も待っている。一度帰ろう。玄一」


 彼女はこちらに背を向け、タマガキの方へ走り出した。先ほど執拗に彼女から確認されたのだが、俺の体に早急な治療が必要な怪我はなく、防人の霊力に満ちた体ならば安静にしてれば治ると言われた。しかし体が疲れ切って重いのは事実で、少し走るのがダルい。後少しの辛抱だろう。


 今日の死闘を振り返る。反省点は多い。だが、得られたものがあった。誓いを守ることができた。それがすごく喜ばしく、誇らしい。ここで実力を証明した。


 ここが、始まりなのだろう。全ての防人が通った、始まり。





 走ること暫く、タマガキの光が見え、今日出立した門の前に着く。開門された門をくぐる直前になって、前を走り続けていた御月が立ち止まり、振り返って言った。


「おかえり。玄一。今日はお疲れ様」


 門の向こう側から漏れ出る光を背負い、御月が笑う。天には星々に囲まれ輝く三日月。

 この場所を、守りたいと思った。また、ここに帰りたいと思った。


 そんな思いを込めて、笑顔を返す。


「ああ。ありがとう。ただいま。御月」



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