第十四話 前哨戦

 


 御月とその部隊が出立してから二時間ほど経った後、装備を変更したアイリーンが帰ってきた。彼女の勝負服は黄色を基調とし、確かに意匠が細かく精巧な作りになっていて可憐だった。クマの印が胸元に大きく描いてある点以外は。


 交代した彼女にしばらく休憩するように言われ休んでいたところ、山名の指示を携えた兵員が現れ霊信室に来るように伝えられ、そこへ向かった。


 霊信室に入ってみれば、前回来た時の三倍ほどの機械音が鳴り響き、郷長を中心として熱量を放っている。


 タマガキの郷の長であり、実質的には西部を納める男と言っても過言ではない歴戦の強者でもある山名は、その豊富な経験を生かし、霊信室に居座って指揮を執っていた。


 この緊迫した状況でありながら、兵士たちは落ち着いて職務を全うしている。本来であれば、この同時攻撃というのは浮き足立ってもおかしくない状況だ。


 彼らは、ただ彼らに出来ることを黙々とやっている。


 彼らが魔物の領域と接する西部前線で生きる兵士だからというのもあるだろうが、何よりも大きいのは、彼らが山名という指揮官に絶大な信頼を置いているからだろう。


 ━━━━三代目山名。


 山名というのは、襲名された名である。


 彼の元々の名を知った時、非常に驚いたのを覚えていた。というか、俺が師匠から聞かされていた彼の本名を知っているものの方が少ないようで、山名を知らなかった自分が異常なようである。


 彼はなんと引退した身ではあるが、サキモリ五英傑と呼ばれる男だった。こんな親父だとは思っていなかったし、彼自身それを喧伝していたわけではなかったので、気づけなかったが。


 サキモリ五英傑とは、二十年前の戦の折、武名を全国に轟かせた五人の防人のことである。皆が古今無双の実力を誇る、一時代を築き上げた最強の防人たちだった。二人が行方不明、そして山名が引退し、残る現役のサキモリ五英傑は二名のみだが。


 その一員である山名は右目と右腕を失った戦いの後、第一線から身を引いたが、その武勇は未だ語り継がれている。そんな伝説的な実績を持つ男は、指揮官としてこの上ない。皆が、彼についていけばこの状況を打破できると信じていた。


 山名の元には続々と最新の情報が届けられ、それに応じて彼がすぐに指示を出していく。


 彼の失った右目には見えているのだろう。きっと西部全体。彼が二十余年駆け抜けた戦場が。


 彼はこの霊信室を通し、それを実際に俯瞰している。


「坊主。お前もいつかこんなことをやるハメになるかも知れん。よく見ておけ」


 交代の時間までいるように言われた俺は、意味もわからない暗号を示すであろう機械音に包まれ、この戦場を見届けた。







 霊信室を訪れてから半刻ほど経った頃。最前線から、泥を制服につけ負傷した伝令兵が訪れた。霊信号での連絡が出来ない部分は、こうして伝令を用意しているらしい。


「坊主、監視塔から報告だ。タマガキにも魔物の群れが接近してきている。防戦隊で対応出来ない穴が開き始めているため、現場に急行し遊撃しろ。可能であれば防戦隊と連携してこれを殲滅せよ」


「了解した。アイリーンはどうするんだ?」


「......奴の能力は短期決戦向きだ。ある程度の長期戦もこなせるが、奴には魔獣と戦う力を残しておいてもらわんと困る。今は情けないことに新人のお前が頼りだ。征け。武運を祈る」



 敬礼を返して、装備を確認し、霊信室を出る。


 向かうは、戦場。


 外套と一緒に渡されていた帽子を深くかぶり直し、背中に付いているマントが風に吹かれて靡いた。戦いの音と、懐かしい血の匂いがした。






 援護が必要な場所は出撃を言い渡された際教えられていたため、現場へすぐに向かうことが出来た。しかし道中。タマガキの郷を出てからそこまで経っていないというのに、既に何度か魔物と交戦している。


 かなり肉薄されている。やはり四番隊と御月が抜けたのが苦しい。御月は、西部は兵士の数が内地と比べて少ないが質は高いと言っていた。しかし、このような状況下においては戦線を保つために質よりも数が欲しいところだろう。


 大きな盆地に身を置くタマガキは、要塞群をはじめとする山岳地帯を使った外線の防備は高いが、一度そこを抜けてしまえば後は平地が広がっており、非常に脆い。


 人類は魔物との戦いにおいて、奴らが自由に動き回れる平地での戦いは不利ということをいくつかの会戦を通して知っている。



 霊力を体全体に浸透させ、身体能力を向上させる。更に多くの霊力を脚部に集め、移動速度を上げた。



 大地を蹴り上げ土が舞う。これほどの速度でも十分かとは思うが、できればもっと早い移動手段が欲しかった。空を飛ぶような。



 見えた。前方。



 八人ほどの兵士が二十を上回る魔物と戦っている。後方へ下がりつつ陣形を組み、連携し上手く魔物をいなしているようだったが、彼らの中に負傷者がいるようで、撤退しようにも出来ないようであった。


 二刀を引き抜きながら更に加速する。その勢いのままに真ん前にいたゴブリンの頭に蹴りを入れ、減速した。奴の脳髄があたりに吹き飛ぶ。ブーツについた肉片が汚ねぇ。



「防人。新免玄一。援護する」



 横腹を食う形で魔物の群れと相対する。負傷者を見捨てるかどうかで希望を失いかけていたであろう、兵士の瞳に光が宿った。


 超越者たる防人の到来が意味するのは、勝利である。群れの中には見慣れたゴブリンとインプが多かったが、オークも数体、それに見たことない奴も混じっている。負傷者を抱えた状態でこの数を相手にするのは厳しいだろう。


 ゴブリンやインプを雑兵と例えるのならば、オークはいわば正規兵のようなポジションだと言える。無論それでも、霊力を駆使し駆け引きを魔物より得意とする兵士よりは劣る。しかしその膂力と巨体は決して馬鹿にできるものでなく、強力な魔獣によって率いられる群れにはゴブリンやインプはおらず、主にオークで構成されるらしい。


 まあ、今はどうでもいい。



「......! 救援感謝します! 現在こちらには負傷した者がおり迅速な部隊行動が取れません! お前ら! 新免さんの援護を━━」



「必要ない」



 横腹を食う形で奇襲したため、魔物の群れは浮き足立っており、味方は後方。今ならば邪魔はおらず、容易に滅せる。


「『火輪』『水輪』」


 ワイバーンの時とは違い、脇差に『火輪』を纏わせ、打刀に『水輪』を纏わせた。


 脇差を右下から斬り上げるようにして、豪火が迸った。炎をその身に受けた魔物が断末魔の声を上げる。すごく気分がいい。しばらくして叫び声が小さくなったと思えば、雑魚のゴブリンとインプは既に塵一つ残さず消え去っていた。しかしまだオークや他の魔物の息の根を止めきれていない。


 追撃の一手は右手ここにある。


 脇差を振るった勢いのままに、体を回転させ上半身を少し右に傾ける。そして、『水輪』を纏わせた打刀を斬り下げるように勢いを付け横に薙いだ。


 刀を根として水の刃が現れ、刀身を伸ばす。オークどもは筋骨隆々であり、奴らの胴体は少し断ちづらい。ならば断ち切れる首を獲ろう。


 横から真っ直ぐにに薙いだ水の刃は曲がりくねり、それぞれのオークの首に合わせて位置を変える。


 蒼き一閃。


 炎に焼かれた魔物は、水の刃をもって打ち首に処され、苦しんだ形相のまま死んだことにも気づかずに逝った。確認していた魔物を全て葬り、数秒経ってから上がった友軍の驚嘆の声が、戦いの終わりを知らせた。




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