第十三話 臨戦態勢
山名の話を聞いてすぐに、戦の準備に取り掛かる。といっても、俺が準備することなどほとんどないが。
敵の規模からして、タマガキ西方の要塞群を素通りし攻め込んでくる魔物がいる可能性が高い。それがどれぐらいの数になるかもわからないが、確実にタマガキにもやってくるだろう。
もし、どこかの要塞が落ちるようなことがあれば魔獣だって来るかもしれない。
魔獣。魔物側の最大戦力かつ指揮官。
霊力の扱いに少し長けた程度の兵士であれば、瞬殺。古参の兵といえども、時間を稼ぐのがせいぜいであり、食い止めることはできようとも、魔獣の中でも強力な個体になれば、防人無くしてその討伐はありえない。
帝都から派遣され、各地を転戦し続ける最精鋭部隊、踏破群は防人無しで魔獣を仕留めたという話を聞いたが......例外だろう。
防人による固有の能力はもちろんだが、基本的に特霊技能を発現させるに至った防人たちは基礎的な身体強化といった霊能力のスペシャリストであり、そもそもの馬力が違う。同じく他の魔物と比べ物にならない量の魔力を持つ魔獣もまた、ゴブリンなどの雑魚と隔絶した領域にいる。
もし、ダンジョンにある魔核が魔物全体の統率を行なっているとすれば、魔獣は各地域の魔物群れを実際に率いる指揮官であると言えるだろう。
魔獣の知能は高く、魔獣の手によって魔物は作戦的な群体行動が可能になり、彼らが魔物の群れを烏合の衆から多少マシなもの程度に成り立たせている。
魔獣にはそういった役割があるため、魔物側にとっても貴重な戦力である。故に奴らは慎重であり、本来であれば、魔獣による特攻などはありえない。御月が驚いていたのはこのためだろう。
魔獣討伐というのは戦いの最終段階に入ってから行われるべきものであって、戦の初っ端から魔物と人間の最大戦力同士の戦いが起きるわけではない。
今回の襲撃はどこかおかしい。皆、口には出さなかったが感じていた。
日は既に暮れ、普段ならばあたりはもう暗くなるはずだったが、今は
明朝出立を言い渡された御月とその部隊も、準備に奔走している。何か手伝えることはないかと聞いたが、彼女から、今はただ戦いに備えて体を休めておけと言われた。
月明かりに導かれて、本部から帰路に着いた。西部要塞群の方は一度攻撃が止み、魔物の群れは一時撤退したようだ。明日からは激戦になるだろう。例え、砦の横を魔物の群れが素通りしたとしても、彼らに止める余裕はない。
縁側に出て、満月を眺める。夜闇を切り裂き天を照らすその姿を見て、心の底から美しいと思った。
手のひらに『五輪』を出して、能力の入れ替えを行う。これをしていると、なんだか心が落ち着く気がした。
明日。タマガキも激戦に身を投じることになるだろう。
まさか、着任して一ヶ月も経たぬうちにこんなことになると思わなかった。幸運と思うか、不幸だと呪うか。しかし、この短い間ではあるが、過ごした時間から得られたこのタマガキの住人との思い出や、同じく西を守る防人や兵士たちのことを考えれば、この戦いに参加できる力を持っていることが素直に嬉しかった。
戦うことが出来るのが、嬉しい。
満足いくまで月を眺めた後、明日に備えて、床に就いた。
明朝、目が覚め日の出を迎えた頃、御月と四番隊が出立するのを見送りに行く。開門を指示する副官の声がした後、門が音を立てて、ゆっくりと開いていく。見送りには、俺以外にも郷長とアイリーン、そして兵士の家族や友人が訪れているようだった。
山名が一歩前へ出て、息を大きく吸った。
「タマガキ四番隊! これよりタマガキが防人である御月の下、複数の魔獣率いる魔物の群れと交戦中のカイト砦へ急行! これを救援! そして魔獣を撃破せよ! 死闘をくぐり抜け守りきり、タマガキへ生還しろ! いいな!」
これを聞いた四番隊は、隊員全員が揃った動きで敬礼をしたのち、山名の激励に応えるよう、鬨の声をあげた。
「御月。武運を」
最敬礼をもって、四番隊の先頭に立つ彼女を見送る。
「ああ。玄一。それにアイリーンも。タマガキを任せた」
隊を率いる彼女が西方、カイト砦の方面を指差し指揮の声をあげ、彼女率いる四番隊は北西に向かって出撃した。
北西方面、彼女の部隊が進む道は、支援部隊によって既に魔物の掃討が行われており、スムーズに向かうことができるだろう。前線の状況は霊信を通し聞いているが、防戦一方で芳しくない。彼女たちが戦況を変える一手になることを祈った。
山名が声をあげ、俺とアイリーンを呼ぶ。俺たちが集まると、彼が口を開いた。
「これで西部最強がタマガキを離れた。もし一連の魔物の動きがタマガキを落とすために仕組まれたものならば、魔物にとって思い通りの状況だ。アイリーン。坊主。タマガキを守るのはお前達だ。魔物の群れがタマガキに来てもおかしくない。気を引き締めて掛かれ」
厳正な雰囲気を纏い、そう言い放った彼は俺とアイリーンに交代で警戒に移るよう指示を出して、その場は解散となった。
「玄一」
その場を去ろうとした俺を、アイリーンが呼び止める。
「確か後輩くんは、魔獣と戦ったことはなかったっすね」
口を開かず、頷きで肯定した。まともに戦った経験はない。
「いいっすか。玄一。
普段の彼女からは感じられなかった、厳粛な雰囲気を感じ取る。彼女のこの言葉は、彼女自身の経験から来る、忠告のようなものだろうと感じた。ここしばらくの間、魔獣についての知識を増やしていたが、実際に相対せねばわからぬこともあるのだろう。彼女に返事を返す。
「ああ。肝に命じておくよ」
「では、最初の警戒は玄一に頼めるっすか。私は、装備とってくるっす」
先ほどまで纏っていた雰囲気はどこへやら。彼女が大きく笑って、柔らかい雰囲気に包み込まれる。いつまでも力が入ったままだと、戦う前から気疲れしてしまうからなのかもしれない。
装備と言っていたが、彼女の着ている服は制式装備の外套である。彼女と任務をともにしたことがなかったので、普段どのような装備を着ているのか知らなかった。彼女にその装備がどんなものなのか聞いてみる。
「とっておきっすよ〜!」
ほう。それでは制式装備よりはるかに高性能な装備だろうか。どんなものなのか、かなり気になる。しばらく待てば見ることができるだろうと思ったが、すぐにでも知りたかったので、聞いてしまった。
「性能はあんまり変わらないっすけど、あっちの方が何倍もかわいいっす」
性能は変わらぬと聞いてずっこけたが、いつか聞いた話だった。自慢げに笑う彼女の姿を見て、笑みが自然と浮かんだ。
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