第十二話 不穏な空気
夕映えの西空が、タマガキを照らす。陰影を大きくつけられたその姿はどこか幻想的で、まるで一枚の絵画のように美しかった。
御月の授業を終えた俺は、家に帰り彼女が言っていたことを意識しながら、『五輪』を使用し庭で試行錯誤を重ねている。
もっと何かに特化しているか、もっと自由なものか。
帰り道にゆっくりと考えてみたが、俺は俺のスキルが後者に属するものであると感じている。それぞれ四つの能力は、同じ一つ能力に属するモノのはずなのに、どこが規則性がない。なんとなく、万能型だろうと確信していた。
思えば、今まで戦闘に使えるモノになるように必死に鍛えてきたが、自分のスキルは何ができるのかをしっかりと検証したことはない。どこかワクワクしている。なんだか、この検証を通して飛躍的な進歩を得られるような気がしていた。これで最強にまた近づける。
今すぐにでも検証を行いたい気分ではあるが、もう日は落ちるし、それにこの庭で行うにはいささか広さが足りないと感じていた。もし事故ったりして、民間人に被害が出たりしたら笑えないだろう。
そう考えて発現させていた『五輪』を解除し、庭から屋内へ戻ろうとした時、戸を叩く音が聞こえた。
来客か。珍しい。
裏庭から家に戻り、戸を開けた先には見たことのない男が立っていた。しかしその格好には見覚えがある。防戦隊の制式装備。おそらく衛兵だ。
彼はこちらに敬礼をした後、口を開く。
「お忙しいところ失礼致します。新免様。郷長がお呼びです。本部までお越しください。緊急とのことです」
「緊急......? 何かあったのか?」
「申し訳ありませんが、詳細不明です。防人の方々を招集せよとしか」
俺の問いに対し、衛兵は何も知らされていないと困り顔で答えた。伝令の兵士にその内容を伝えてすらいないなんて、一体何事だろうか。
「了解した。すぐに向かう」
不穏な空気を感じながらも、今はそれに答えを出せない。本部に向かう他なかった。
石段を登り、本部に到着する。ロビーには郷長に御月、そしてアイリーンが既に集まっている。
「すまない。少し遅れてしまった」
三人の視線がこちらに集中する。俺の言葉に返事を返さず、御月とアイリーンは真剣な表情でどこかピリピリしていた。歴戦の彼らには、緊急で呼ばれたこの事態に感じるものがあるのかもしれない。
「......全員集まったな。場所を移す。付いてこい」
普段だったら冗談を言う場面だったろうに、郷長は険しい表情ののまま、歩き始めた。
廊下を歩き続けることしばらく。あるドアの前で山名が止まった。まだここに来てから日が浅いので、ここがなんの部屋なのかは分からなかった。
ドアを開け入ってみれば、そこには大きな本棚がずらりと並んでおり、机と椅子がある。ここで話をするのだろうか。
「そういえば君は初めてだったな」
そう言った後、唐突に御月が床に手を付けた。すると、床の一部分が沈み、突起が出てくる。
床下の、隠し扉だ。御月やアイリーンたちの後ろにいる俺からは、取り付けられたはしごしか見えない。地下室だろうか。その先が一体なんなのかの説明はなく、女性陣から降りていき、山名が降りて、最後は俺だった。
かなり長かったはしごを使い降りたそこでは、機械音が鳴り響き、複数の兵士が何かの作業を行なっていた。彼らが取り扱っている機械に見覚えがある。それは、御月がこの前見せてくれた、霊信号を操る、霊鍵だった。
「坊主。ここがタマガキ、いや、西部の心臓だ。決して場所を漏らすなよ」
霊信室。彼がそう言ったのを聞いて、ここが西部が誇る、情報網の鍵なのだろうと、理解した。
山名が動き、兵一人を呼び寄せる。
「霊信兵。続報はあるか」
「ただ今、詳細情報を前線から取得中です。しかし、現時点得られている情報からでも間違いないと思われます」
「そうか......」
山名が俺たちの方を向き、口を開いた。
「注目せよ」
その声を聞いて、御月とアイリーンは口を閉じ、神妙な顔つきをして山名の方を見た。作業を一度止めた回転椅子に座る霊信兵も、彼の方を向いている。
「三時間前、カイト砦が北西方向より魔獣率いる魔物の大群に襲撃を受けた。同時に他の砦や城塞からも魔物の動きを確認したという報告が上がっている」
「な......魔獣による襲撃だと!? それでは.....」
「ああ。あの規模は想定されていない。カイトは今大混乱だ。必死に持ち直しているようだが......群れの中ですでに、魔獣が三体確認されている。カイトにいる
敵の襲撃に判断を迫られた西の長は、鬼気迫る表情で続けた。
「御月。魔獣三体とその群勢を相手に分があるのはお前しかいない。四番隊をつれてカイトに向かえ。明朝出立だ。準備せよ」
山名の言葉に頷きを返しつつも、御月は少し蒼ざめており、頭を抑えるように左手を額に乗せていた。彼女の焦りようからして、とんでもない事態の予兆なのかもしれない。自分より実力が上の御月が焦る姿を見ることによって、状況をすっと理解した。
「大規模侵攻か......? しかしそれではあまりにも前回から早すぎる」
御月は頭を抑えていた手を口元に持ってきて、思考の海に潜り込んでいた。
彼女が首を振った後、一度目を閉じ切り替えるように、両手で頬を強く叩く。
「了解した。山名。時間が惜しい。すぐにでも準備に取り掛からせてもらう」
そう言った御月は霊信室の別の出入り口と思われる戸を開き、こちらに目もくれずその場を立ち去った。
この重苦しい雰囲気の中、作業を再開した兵員の、霊信による機械音だけが鳴り響いている。その陰鬱とした空気を、アイリーンの凛とした声が切り裂いた。
「それで? 私と玄一はどうするっすか?」
普段の明るい彼女からは想像できないような声色だった。抑揚はなく、戦士としての雰囲気を纏っている。
「二人はタマガキにて待機。こちらにも襲撃があるかもしれないし、敵の後詰が西部戦線に到来するかもしれない。即応できるように準備せよ」
「了解っす」
「了解」
山名の言葉を聞いて、自らも防人という、重要な主力として数えられていると実感する。
この状況。この責任。体が自然と震えだした。
「後輩くん。恐れる必要は━━」
戦の気配が、にじり寄ってきている。誰かの息を呑む音が聞こえた。
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