第十一話 スキル考察

 


 帝都にある特殊霊技能養成機関から歩いて二十分ほどの普段は誰もこない湖畔。そこに師匠と住んでいた平屋がある。西に配属された今となっては懐かしい景色だ。師匠と俺で修行し続けた一年間。ここから離れることはほとんどなかった。


 あの一年間のいつかはわからないが、彼と話したことをなぜか思い出した。それはあの日。体力作りであったり霊力の操作といった地味な訓練ばかりを行う俺が、師匠に勇気を出して聞いたあの時だ。


「師匠。貴方は俺に何か、特別な技や戦いの術理は教えてくれないのか?」


 師匠がその深みのある、迫るような低い声を発そうとする。彼が何かを言おうとする度に、体が引き締まった。


「玄一。これは我の持論であるが」


「空想をも超越した魔獣との戦闘において術理や奥義など無用。出し惜しみせず使えるものはすべて使え。勝つために、気付きを得る目を養え。そしてその気付きに応えられる確固たる基礎を用意しろ。魔獣との戦いにおいて偶然の成功に頼るのは愚の骨頂。それではいつか死ぬ。必然たる成果を求めるのだ」


 俺の師匠は普段無口だ。そんな彼が饒舌に喋る時は、重要な時と相場が決まっている。


「故に我はこの一年間。貴様に合う形で基礎を叩き込む。それを貴様の形に昇華させるのは貴様が役目と心得よ。我ではない」


 この時はあまり理解できてはいなかったが、頷きを返したのを覚えている。


「」


 その後、彼が何を言ったかは覚えていなかった。






 目を覚ます。夢を見ていた。そんなに月日はたっていないはずなのに、ずいぶんと懐かく感じた。


 防人として初めて戦場に出て、御月に知識を教えてくれと頼んでから早一週間が立つ。


 あの後、郷長の判断で余裕のあるうちは防人がタマガキ周辺の哨戒を行うことになり、それから御月やアイリーンと交代で周辺地域の哨戒を行なっている。普段タマガキ周辺の哨戒を担う防戦隊の伏木さんが申し訳なさそうにしていた。


 俺もすでに何度か出撃したが、偶にゴブリンやインプを確認することがあった。しかしながら、ワイバーンのような魔物とは一度も遭遇していない。


 それと御月は宣言通り、俺とアイリーンのために資料を用意してくれていて、哨戒任務から帰投した後、御月の授業を受けている。ここ数日は主に魔獣について学んでいた。


 授業の最中、何度か一緒に受けていたアイリーンが唸り声とともに霊力を迸らせた後、脱走しようと試みていたが、その逃避行は全てあっけなく御月に捕まって終了していた。数分くらいで。


 アイリーンはなかなかに人外じみたえげつない動きで脱走しようとしていたのだが......それをなんなく捕らえる御月はやはり手練なのだろう。底が見えない。


 そんな風に楽しくこの一週間過ごしていたが、だんだんと西部での生活にも慣れ、空き時間が出来た。


 布団の上で、腕に霊力でできた輪を纏わせる。俺のスキルである『五輪』だ。素早く種を変えたり、出したり消したりと、基礎的な動きは師匠との修行で完全に習得した。


 師匠曰く、俺のスキルは可能性に満ちているが、それを昇華できなければ器用貧乏で終わるらしい。


 この能力の基礎的な動きを極めるまで、修行の内容は霊力や身体を鍛えるものばかりであり、彼は刀すら握らせてくれなかった。


 意味ありげなヒントを貰うことはあったが、直接具体的に教えてもらうことはなく、手探りで能力の情報を得ていったのを覚えている。


 自らの装備の強度をあげることによって、防御を可能とする『地輪』。


 水を生み出し操り、斬撃をといった使い方が出来る『水輪』。


 火を生み出し自在に操り、最も威力が高く、多数に対しても効果が望める『火輪』。


 風の斬撃を飛ばし、たとえ空であっても遠距離から効果が期待できる『風輪』。


 こうして見てみて分析すると、二つの輪を同時に使えることを考慮しても、自分の手札は少ないとわかった。この西部の状況を御月の解説を通して知ってから、早く強くなる必要があると感じている。


 御月は気を遣って言わなかったが、新たな戦力として期待されているのは自分だろう。


 師匠との一年間は、魔獣と戦う上で必要な身体能力を鍛え、戦い方を覚えるのが殆どだったので、自分の霊技能と向き合う時間は少なかったように思えた。工夫次第でもっと多くのことが出来るかもしれない。


 しかし俺は、特殊霊技能ユニークスキルを使う防人達がどのようにして彼らの技を鍛えているのか、師匠としか過ごしていなかったが故にわからなかった。


 ━━━━今日は、それをアイリーンと御月に聞いてみよう。







 起床し準備を済ませた俺は、本部のロビーに向かい、友人だろうか、他の女性隊員と話していたアイリーンを見つけだし話しかける。


特殊霊技能スキルの鍛え方?」


 疑問を投げかけた俺に対し、アイリーンが返答した。


「うーんそうっすね......正直私の能力はすごく単純だったっすから、鍛える必要はなかったっす。ごめんなさい玄一。あまり役に立てそうにないっす」


 腕を組み唸りながら、申し訳なさそうな顔をしている。


「そういえば、アイリーンの霊技能は一体どういうものなんだ? 武器を持っていないようだけど......」


「説明するのは難しいし、見せたいのは山々なんっすけどね......ここは狭いし脆いので使えないっす。端的に言えば、むちゃくちゃでかい熊になるスキルっす」


「......は? クマ?」


「まあ想像つかないのは当然っちゃ当然すからね、次任務に行った時に見せるっすよ」


 全く想像がつかないが、ありがとうと返しておいた。




 アイリーンとの会話を終えた後、本部ロビーから会議室へ向かい、今度は御月の授業を受けに行く。あ、よくよく考えてみればアイリーンを連れてくるべきだったかもしれない。いや、彼女はこれから任務だったはずだ。問題ないだろう。


「御月」


 机の上に大量の資料を乗せた御月が、部屋に入り込む俺に気づいた。


「おはよう玄一。今日は防人の誕生経緯について話そうと思うのだが......」


 そう言いながら御月は、資料の山から今日の授業に関わるものであろう冊子を取り出そうとしている。


「御月、用意してきてもらったのに悪いが、今日はスキルの話をしてくれないか」


「ん? そうか。どっちにしろやるつもりだったから問題ないぞ」


 そう言った彼女は先ほど取り出した資料を手放し、別のものを取り出す。一体何回分の授業の資料を用意しているのだろうか。彼女は。


「実は、自分のスキルをどう昇華させたらいいのかで悩んでいてな」


 その質問に対し、彼女は俺の『五輪』がどんな能力なのかもっと具体的に教えてくれと言う。それを伝えた後、彼女は頬を人差し指で掻きながら、悩み始めた。


「玄一。魔物が登場して以降その研究は進んでいるが、霊技能、特に特霊技能に関しては研究がうまくいっていない。何故ならば、余りにも能力の種類や傾向に統一性がないからだ。その上で、研究者達は分類に関して、非常に大雑把ではあるが、一つの結論を出した」


 人差し指と中指を立てて、彼女が言った。


「特化型と万能型の二つだ」


 また別の方法で分けることも出来るが、今の君に関わるのはこれだと彼女は言う。その上で続けた。


「君の霊技能は一つで五つを内包している。紛れもなく万能型だ。それでいて、それぞれの能力は特化型のようになっている。そういったものがないとは思わんが、両者の性質を共有しすぎたこれは、少しおかしい」


「いいか玄一。霊能力は覚えた途端、息をするかのように使うことができるものだ。故にスピリッツとも呼ばれている。君のスキルはおそらく、もっと自由なものか、もっと何かに特化しているかのどっちかだ。もっと簡単に考えて、試行錯誤に励むといいだろう」


 もっと自由なものか、特化しているものか。特化型であれば今の能力に先があるはずだし、万能型であればもっと出来ることの幅があるだろう。この視点に立って見て、試してみるのがいいかもしれない。


「ありがとう御月。勉強になる」


 俺の言葉を聞いた彼女が、ニコッと笑う。嬉しそうなその姿は、なんだか可愛らしかった。


「いや、また何か質問があればどんなことでも聞いてくれ。全て答えよう」


 そう言った彼女が、授業を続ける。


 差し込んでくる陽に当てられて、その黒髪が川の流れのように映えた。資料を手に取り、集中する御月の姿からは一生懸命さが伝わってきて、美しく、なんだかこの立場は、役得だな、と思った。




 

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