第六話 初陣
私たちが立ち止まった後、こちらを尾け囲みこんできた魔物の存在に彼も気づいたようだった。
その魔物の数、十二体。この規模の魔物の群体は、徹底的な掃討が行われているタマガキでは見られないはずだというのに。
さらにこちらを見てすぐに襲いかかって来ず、様子を見た後囲んでくるということは少し頭が回る個体がいるということだ。複数種類の魔物で構成された混成群体の可能性がある。
私一人ならば問題はないが、不安定な要素の多い初陣の彼には荷が重い。
そんなことを考えていると、後方にいた魔物がこちらに姿を見せ、彼に襲いかかった。
その魔物は前線にて最も数が確認され、その物量で兵や防人を苦しめた緑色の怪物、ゴブリンと、蝙蝠の羽と角を持つインプである。インプがその小さな羽をはためかせ、その尻尾が宙に揺れている。ゴブリンは口を半開きにしながら、こちらを鋭く睨みつけていた。
その小さな体躯を生かした陸と空から同時攻撃は、剣士を苦しめる。
ましてや初陣の兵士ほどこれらの小さい魔物を軽んじる傾向にあり、将来戦力になったであろう多くの兵が嬲り殺しされ、食われた。
超越者である防人が負けることはほぼないが、絶対に負けないものなどいない。油断すれば危ないだろう。
彼に手を貸すべきだろうか。いや、彼は力を見せると言ったのだし極力手を貸すべきではない。それにゴブリンとインプ程度であれば私にとって数秒足らずで片付けられる相手だ。問題はない。
彼が二刀に手を掛ける━━━━!
抜刀してから水の流れるように、右から飛びかかってきたゴブリンを斬り裂き、同時に左から追撃を行おうとしたゴブリンの急所を斬って彼が葬った。
巧い。落ち着いている。そうして二体を片付けた後、追撃に備え彼は構えとも言えぬような構えをとった。右手の打刀を中段に置き、左手の脇差は腕をだらんと下ろすようにして、いつでも動かせるようにしている。
(二刀流......山名の読みは当たっていたか)
彼の二刀流は洗練されており、二刀を使い慣れているのが感じて取れたが、違和感を覚える。
(刀の鍔がない?)
このまま彼の戦いぶりを見ていたかったが、前方からこちらを見続けていたゴブリンが駆け出し、迫ってきている。
(万が一もある。ここは早く片付けて彼の援護に......)
そう考え、ゴブリンの方へ向かった矢先、上空より彼に向かって凄まじい勢いで急降下していく魔物を感知した。
その体長5m。翼と前足が一体になったその姿。指揮官級である魔獣には及ばないにせよ、それに近い力を持つ魔物。ワイバーンだ。
「
そう叫んだ私は、彼の元を離れたことを後悔しつつも、ゴブリンを斬り裂きワイバーンの方を向いて月華を構えた。間に合わないかもしれない。私はただただ、最悪の結果にならないことを祈った。
御月が叫ぶのが聞こえた。
ワイバーン。
御月の様子を見るに、こいつは魔物の中でも強い部類で、初陣である俺には荷が重い、ないしは不安のある相手なのだろう。今すぐ退こうにも、相手は既に必殺の確信を持って襲いかかってきている。
逃げ腰になれば死ぬかもしれない。ならば、戦うしかない。
上等だ。新たな仲間の前で力を見せると格好つけたのならば。
魅せなくては。
急降下してくるワイバーンに対し構え、俺は
「 『五輪』 」
「出でよ。『火輪』『風輪』」
そう唱えた俺の打刀の持ち手と刃の間に、燃え盛る火のような輪が纏う。同じように左手にある脇差にも、暴風のごとき速さで回転する翠色の輪が形作った。
「キシャァァァアアアアッッッ!!!」
急降下してくるワイバーンがこちらを威嚇し、その翼を閉じてさらに勢いをつけながら、もし食らえば致命傷になるであろう爪牙でこちらを攻撃しようとしてくる━━━━!
拍子を刻みながら、カウンターを狙う。
空を飛んでいるヤツを剣士の俺が殺せるのはヤツがこちらに近づいた時。早すぎず遅すぎないタイミングだ。しかし、ワイバーンは圧倒的な速度でこちらに急降下してきているので、失敗すれば直撃を受けるだろう。
だが、やってみせる。
たった数秒の時間なのに、時が伸びるような感覚。死に対する恐怖はなく、このひりつく感覚が心地いいとすら思った。
自らを鼓舞するように叫ぶ。
「ここだッ!!!」
右手の打刀を斬りあげるように振るった。刀身からは業火が迸り、ヤツの体に纏わり付いていく。しかしながら奴の鱗がその火を弾くのが見えた。
「玄一!ヤツに火は効かない!」
月華を構えた御月が、必死の形相で叫ぶ。
しかし問題ない。その叫びに対し、俺は勝利の確信と共に伝えた。
「御月。俺は二刀使いだ」
火によって視界が遮られたワイバーンに対し、今度は左手の脇差を縦に振るう。脇差から放たれた風の刃が、まるでその空間ごと斬り裂いたかのように、ワイバーンを両断した。
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