第五話 霊技能

 

 霊技能スキル。それは魔物に対してはるかに戦闘能力が落ちる人類が一方的に虐殺されず抵抗できている要因の一つだ。


 百五十年ほど前。人類は産業革命を起こし、鉄の船を通して世界は広がった。しかしある日、大国の一つがある孤島から採取した種子を大陸に持ち帰り、それを芽吹かせた。そこから悪夢が始まるとも知らずに。


 真偽は定かでないが、その種子は瞬く間に成長し大樹となったそうだ。それに加えて、そこから生まれ落ちた謎の生物、魔物が、その国を三日三晩の内に滅ぼしたという。


 各国は武器を手に取り、正体不明の敵に対し反撃を開始するも、一部の魔物に対し当時主な武装であった火器による銃撃が効果をなさず、圧倒的物量に飲み込まれ、成す術無く、消えていった。


 そんな中、海に囲まれた島国である我が国、ヒノモトは、その立地から幸いにも魔物に対し準備をする猶予が残されていた。


 魔物のその身からは考えられない膂力りょりょくや、魔法としか言えない現象を解明する為研究を開始し、魔物に上陸された辺りで、その秘密を解明した。


 それは本当に魔法だった。魔物は新たな物質、魔力を使ってその身を強化し、超常現象を引き起こしていたのである。


 大衆は恐怖した。相手は全く別種の技術を持った敵であり、それは彼らの持つものよりも優れ、対抗できるものではないと。


 天才は歓喜した。術理があるのなら奪い、人類は進歩できると。

 彼は崇高な意志も理念もなく、ただただ好奇心だけでそれを成し遂げた。



 記録はわずかしか残っていないものの、曰く、天才と呼ばれた男は魔物しか使えなかった魔力を人が使えるモノ、霊力に変換する方法を編み出したらしい。そして人類はその日初めて、魔物と同じ土俵に立ったのである。


 霊力は魔力と同じように、使用者の身体能力を向上させる力を持っていた。戦地に赴く兵のほとんどがそれを習得し、戦況は戦いの在り方と共に一変した。


 しかしそれでも人類は劣勢だった。何故ならば、いくら全体の質を高めたとて、強力な個、指揮官級と目される魔物、魔獣に対抗できなかったためである。


 じりじりと追い詰められていき、国土の半分を失った頃。魔獣に一人で対抗できる兵士達が現れた。彼らは霊力を使った身体能力の向上だけではない、上位の魔獣と同じように特殊な霊技能スキルを持っていたのである。


 これらを扱う精鋭を、最初の能力者が海岸部の出身だったことから、防人と呼び始めた。


 それ以降、人類は防人を中心に戦いを進め、戦況は膠着こうちゃくしている。数十年の間人類は防人の数を増やすことに努め、今に至るのだ。


 御月が俺に聞いてきた、霊技能というのは特殊霊技能ユニークスキルを指しており、一般的に兵が使える霊技能を除いた、防人だけがそれぞれ使える能力のことを言っている。


 その能力は多岐に渡り、戦闘に直接関係のないものや、まで、様々だ。あまりにも種類が多く規則性も見られないので、確認されたその日から研究は続いている。



 まあ、結局何が言いたいのかというと。彼女は俺に何が出来るのかを聞いているのだ。仲間なのだし気になるのも当然だろう。俺がどれくらい強いのか、測りかねている。



 すると御月が、右腕を胸元の辺りまで上げて、こちらに手のひらを向けた後、右手で何かを掴むように、ゆっくりと閉じた。


 瞬間。彼女の手のひらから金色の光彩が現れ出て、幾何学的な模様を残し、何かを形作っていく。


 それは、刀だった。彼女に似合う、空に浮かぶ三日月のような。


 刀に見惚れる俺を置いて、彼女が口を開く。


「これが私の霊技能。銘を月華げっかという」


 そう言った御月は月華を掴んで手に取り、シャランという音がなった。



 霊武装の具現化能力。防人の中でもそれを持つものは滅多にいないと師匠から聞いたことがあった。それは重さを感じず、好きな時に出し入れが可能で、その武器が持つ特殊能力は、烈々であると。


 郷長の山名が、彼女は手練れであると言っていたのを思い出した。これは僥倖。西に配属されて最初に出会った防人が、こんな強者であるとは思いもしなかった。今は出払っているという他の防人も、きっと精鋭揃いだろう。


 彼らから気づきを得れば、成長できるかもしれない。師匠の言った通りだ。ここに来てよかった。




 気付かぬ内に笑っていたようだ。御月がこちらを見て、口を開く。


「何故笑っているんだ? 玄一」


 首をかしげ、そう彼女は聞いてきた。


 俺は意識を切り替え、返事をする。


「いいや、嬉しくて笑みが溢れてしまっただけだ。御月。俺の霊技能スキルを、俺の強さを、見せようと思う」


 それを聞いた御月は少し機嫌が良さそうだった。少し遅れてしまった。及第点だったらいいが。


 風が木々の間を吹き抜け、その到来を告げる。


 彼女はとっくに気づいていたらしい。ということは、霊技能の話をし始めた時から察知していたのかもしれない。自分が気づいたのはつい先ほどだが、もしそうだとしたら、彼女は俺の数段上の実力を持っている。辿り着けるだろうか。その領域に。いや、越えてみせよう。


 実力を見せると言い放った俺に、ニヤッと笑みを浮かべながら、彼女は応えた。


「ああ。出撃前に聞いた通り、見せてもらおうか玄一。今ここで」


 そう口にした彼女が、月華を構える。



 この距離になれば正確な数が俺でもわかった。

 前方三。右翼二。左翼四。後方三。奴らに━━━━魔物に囲まれている。



 俺は腰に挿した二刀を引き抜き、後ろから飛びかかってきた人型の魔物を右手の打刀で勢いよく真っ二つに斬り裂いた。続いて出てきたもう一体を、左手の脇差でその首を掻っ切り、殺した。



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