第三話 出撃前


 

 夜明け前に目が覚めた。昨日御月さんと郷長と話をした後、係官に各地を案内された。タマガキの本部や、軍の施設など、今後の生活で使うことになるであろう場所である。最後に案内されたのは今後俺が住むことになる住居だったが、手配された家は瓦屋根かわらやねの立派な建物で驚いた。


 一人で住む分には少し大きいかなとすら感じる。係官曰く、最近まで人が住んでいたそうで、極端に汚れていたわけではなかったが、とりあえず掃除した。その後、暗くなり始めたので夕飯を適当に下町で済ませ、備え付けてあった布団で寝た。そして、今に至る。


 布団から起き上がり、枕元の刀掛けから二本の愛刀を掴んだ。裏庭に面する渡り廊下の方へ出て、鞘から引き抜き、構え、月明かりに照らす。妖しく光るこの刀は、その魅力を存分に見せつけた。


「これから俺の防人としての初陣だ。頼むぞ。相棒」


 二刀が応えた気がした。


 素振りをするぐらいには十分な広さの裏庭に出て、右手に打刀を、左手に脇差を握り、構えて、同じく二本の武器を扱う師匠から教えてもらった練習法を行う。毎日これを続けていたら夜明け前に目覚めるようになってしまった。


 意識はしていなかったが、新たな環境に緊張していたであろう体が、一通り素振りを終えた後弛緩した。


 まだ約束の時まで時間がある。何をしようか悩んだが、まだこの郷に不慣れなので適当にあたりを見て回ることにしよう。






 下町を散策したり、つい昨日食べられなかった甘味を露店で買ったりしていたら、あっという間に約束の時間になってしまった。ちょっと急ぎ気味で、本部に向かう。


 昨日訪れたロビーに出ると、朝だからだろうか、多くの兵員で混んでいたがすぐに御月さんの姿を見つけることができた。郷長はいないのかと思ったのだが、辺りを見回しても、昨日見た偉丈夫の姿は見えない。


「おはようございます。御月さん。郷長はいないんですか?」


「おはよう。玄一。郷長はまた別の仕事があるからな。もし彼に用があるなら係官に声をかけとくといい」


 彼女がこちらに微笑みかける。今日の御月さんは紺色の軍服風外套に身を包んでいて、一見地味な格好に見えるが、よく似合っていた。


「今日は早速私と軽い哨戒任務に出てもらう。うん。武器は持っているな。しかし......」


 御月さんは俺の足のつま先から頭までを確認するように見ている。少し緊張した。


「ああ、すまない。不躾だったな。その格好でも問題無いとは思うが、君も今日からタマガキの防人だ。君にも私の着ているものと同じ制服を着てもらう。そこらへんの魔物の攻撃であればビクともしない丈夫な素材でできているから、安心してくれ」


 そのまま御月さんが続ける。


「着替えは奥の更衣室で頼む。これが君のロッカーの鍵だ。ロッカーの中に君用の制式装備があるから、着替えてきてくれ」


 そう言われて鍵を受け取った後、更衣室に向かった。





 戸を開け入り込む。更衣室はなかなか広い作りになっていて、それぞれのロッカーに名前が書いてあり、簡単に自分のを見つけることができた。そこまでは良かったのだが......


「なぜここにいるんだ。郷長」


「おう玄一。オレがここにいちゃだめか?」


「いや、理由を聞いただけで他意はないが」


「敬語を使うなと言ったのはオレだが慣れるの早いな......普通はビビるぞ」


 更衣室にいる彼は、よっこらせーなんて言いながら水を飲んでいる。なぜか半裸で。すごいむきむきだ。


 なぜ半裸なんだという俺の訝しげな視線を見て、山名が言う。


「ん? ここには備え付けの風呂があるんだぞ? タマガキ名物だ」


 彼の言葉を聞いて更衣室の奥の方を見てみれば、確かにお風呂があった。本部に風呂がついてるなんて驚きだ。自分の故郷や修行していた場所にも風呂がついていたので、風呂無しの生活は想像できない。銭湯に行ってもいいのだが、職場にもなる本部に風呂があるのは、非常に助かる。


「お風呂があるのか! 入るのが楽しみだな」


 そう声に出して反応した俺に対し、水を飲み終えた郷長がニヤつきながら聞いてきた。


「おうそれで坊主。御月を気に入ったのか? しばらくはあいつと組むことになる。良かったな」


 ......唐突にわけのわからんことを言う親父だ。昨日の時点で見惚れていたのには勘付いていると思ったが、ここまで直球でくるとは思わなかった。


「なっ......確かに彼女は美人だが戦いには関係ない。というか坊主とはなんだ坊主とは。郷長」


「お前はまだ十六だろうが。しばらくは坊主でいいわ阿呆。ちなみにだが容姿は士気に関わるぞ。もっとシャキッとしろシャキッと」


 会話を続けながらロッカーを開け、中にあった外套を取り出す。御月さんが着ていた紺色のものとは違い、黒一色のものだった。彼女が着ていたのは女性用なのだろうか。彼女の姿を頭の中で思い浮かべる。


「しかしこれは単純な疑問なのだが、彼女は強いのか? 武器も短刀一本しか見なかったしな」


 そう言った俺に対し、郷長は呆れた様に言った。


「坊主。防人を見た目で判断するのはやめておけ。あいつはここらで一番強いぞ。彼女は、大太刀姫おおだちひめと呼ばれている」


 意識せず目を大きくさせる。大太刀姫。その異名からして、彼女は大太刀を扱うのだろうか。しかし彼女が持っていたのは短刀一本で、それらしい武器は見当たらなかったはず。まあ、共に任務に行けばわかるだろう。


「いや、強いのならいい。それに、強さと見た目が比例しないのは思い知らされている」


 郷長が何かを思い出すように、嫌そうに言った。


「あー......そういやお前の師匠はあいつだもんな。あいつはその筆頭だぞ」


 郷長に言われて自分の師匠の姿を頭に浮かべた。普通ならば遠い任地で郷愁の念にかられ師匠に会いたくなるのだろうが、正直しばらく会いたくないと感じる。あの地獄の訓練を思い出しそうになった。ゲロ吐く。


「まあそれはさておき、御月は強い。それもかなりの手練れだ。あいつから学べることは学ぶといい」


 外套に袖を通す。あらかじめ採寸が済んでいたのか、ぴったりだった。


「ああ。ありがとう郷長。ではそろそろ行く」


「おう。死ぬなよ坊主」






 更衣室を出て、御月さんの待つロビーに戻る。彼女の姿を探して見つけた後、駆け寄った。


「戻ったか玄一。いいな、似合っているぞ」


 先程郷長にからかわれたせいで、彼女のことを意識した。やはりこの人は美人だ。しかし郷長曰く、ここらで一番強いそうだが......考えるのはよしておこう。


「ありがとう御月さん。それでは、行こうか」


 御月さんが笑う。


「ああ。君の実力を見せてもらおうか。玄一」


 記録を付けた後、ロビーを出て、出て...




「申し訳ないが......どこから出るんだ?」 


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