第二話 着任

 


 長閑のどかな田園風景が広がっている。その穏やかな風景に似合わず、少し先の大きな山には、物々しく防備を固めた山城があった。あの屈辱から三年。あれ以来訪れていなかったこの西部の土を、新人防人さきもりとして踏みしめる。


 (感慨深いな。あの地獄を抜け出し、特殊霊技能サキモリ養成機関で戦うための力を得るために修行し始めてもう三年か......)


 この俺、新免玄一しんめん げんいちは西部戦線を支える郷、タマガキの郷に本日付で着任した。






 田畑を抜け、雑踏に紛れながらこの先にあるという本部へと向かう。城下町は活気付いており、内地で聞かされていた魔物との最前線である西の様子とは思えなかった。


 途中、露店で売っていた甘味を買うかどうか少し悩んで立ち止まっていると、衛兵らしき男が巡回しているのが目に入った。その男がこちらを見た後、雑踏をかき分けこちらへ近づき、話しかけてくる。


「失礼いたします。間違えていたら申し訳ないが、貴方が新しく内地から来た防人だろうか」


 案内役だろうか。寄り道をしていたことを申し訳なく思いつつも、首肯する。


「ああ。俺が本日タマガキの郷着任となった新人防人の玄一だ。よろしくお願いする」


「こちらこそ、よく来てくれた。歓迎する。私はタマガキ防戦隊二番隊隊長の伏木ふせぎだ。郷長ごうちょうに言われて迎えに来た。これより案内させていただこう」


 伏木と名乗る男の身長は俺より大きい180cmほどで、鎧の隙間から見える肉体は戦場で鍛え上げられたであることを容易に察せられる。その上、頰には少し大きな傷がついていた。佇まいは凛然としており、二番隊隊長というのも納得だ。



 彼に案内され山の上の方に登ることしばらく。郷長がいるという本部に到着した。


「ここがタマガキの要たる統治機関、通称、本部だ。私が案内するのはここまでになる。後は、この先のロビーにいる郷長と御月みつきさんが君に話をしてくれるだろう」


「案内、ありがとうございました。伏木さん」


「礼などは良いですよ。早いとこ慣れて、我々の仕事がなくなってしまうぐらい、魔物をやってしまってください。では、失礼する」


 そう言って伏木さんはこの場を立ち去った。よし。これから上官になる相手に会うわけだ。少し緊張する。覚悟を決めて、ロビーへと足を踏み入れた。




 ロビーは混雑していると言うほどではないが、兵士や係官でにぎわっている。その空間の中で、際立って目立つ二人組がいた。


 そこには、190cmぐらいにはなるのではないかという巨漢と、まだ後ろ姿しか見えないが、腰に一本の短刀を挿し、セミロングの黒髪が綺麗な女性がいる。身丈は俺より少し低い、170cmぐらいに見えた。隣の男がでかいせいで、わかりづらいが。


「失礼。本日着任となった新免玄一と申します。郷長はどこにいらっしゃるだろうか」


 そう大きな声で呼びかけると、あの女性がこちらへ振り向き、声を発した。


「君が玄一くんか。この横に立っているでかい男が郷長で、私はここの防人だ。こっちへ来てくれ」


 顔には出さないが、少しびっくりする。


「......はい。失礼します」


 返事をするのに五秒程の間が空いてしまった。なぜかというと、この防人だという女性が本当に防人なのかを疑うほどに美人だったからだ。


 目はくりっとしているが力があり、鼻と口は可愛らしくバランスよく整っていて、小顔だった。こちらに笑いかける彼女は可憐で、内地にいれば引く手あまたであろうことが容易に推測できる。


 その場にいるだけで、目を引いてしまうような人だった。可憐というよりも、いやもちろん可愛いんだけど、美麗、という言葉の方が似合う。まるで、百合の花のような。


 そんなことを考えながらも、二人の元へ向かった。あ、郷長と紹介された男がニヤニヤ笑ってやがる。たぶん俺の考えていることがバレた。


「もう一度改めて紹介させていただきます。本日タマガキの郷着任となった特殊霊技能サキモリ養成機関卒の防人、新免玄一です。以後よろしくお願い致します!」


 動揺を吹き飛ばそうと、声を張り、力強く挨拶をする。それを見て、目の前の彼女が微笑んだ。


「丁寧にありがとう。私は萩野御月はぎのみつき。ここの防人の一人だ。今後共に任務に行くこともあるだろう。よろしく頼む。そして私の横にいるのが、我らがタマガキの郷の郷長。山名だ」


 この防人の女性は御月さんというのか。彼女から紹介を受けた郷長の山名という男が、口を開く。


「御月が紹介してくれた通り、オレが郷長の山名やまなだ。今は見ての通りこんなんなんで前線には出ていないが、この西を束ねている。まずお前にやる最初の命だが......堅苦しいのは無しだ。ここは内地じゃねぇ。そのとってつけったような敬語をどうにかしてくれ。西では必要ない」


 握手を交わしながら話す。なぜか彼が左手に少し力を込めていた。


 どうやら自分が、上下関係に疎いことが簡単にバレてしまったらしい。普通に上官と部下の関係なのだが......仕方ない。これも命令だ。普段通りでいくことにする。その上で、改めて自己紹介をしよう。


「三度目の自己紹介になってしまうが、俺は新免玄一という。早いとこ任務に出て魔物を殺戮し、故郷を取り戻したい。よろしく頼む」


 ニヤッと笑って、彼の顔を見上げる。

 俺の言葉を聞いた山名が、哄笑した。


「そっちの方が何倍もマシだ。今後はそっちで行け」


 やりとりを横目に見ていた御月さんが、呆れた表情で山名の方を見る。


「まったく。山名。これで彼が萎縮してしまったりしたらどうするつもりだったんだ? やめてくれないか」


「そんなんで萎縮する奴は西にはいらん」


「まったく......まあいい。内地からの長い旅路だ。疲れているだろう。君の家は手配してある。我々の任務等については明日昼食後にここで説明するから、今日は君の新たな住居でゆっくりするといい。明日からは忙しくなるぞ」


 胸を叩いて、どんとこい、と言い放った。











 係官が彼をつれて家へ向かった後、郷長と話す。新しくやってきた防人の新免玄一という男は、和装を身に纏い、少々細身だが体はしっかりとしていて、私より大きい程度の身丈、青みがかった髪を持ち、左の腰には武骨な打刀と、脇差を挿していた。私と同じ刀使いだろう。


 防人という人材は非常に貴重だ。唯一無二のスキルを持ち、魔獣と戦うことの出来る人材。しかし。


「増援の要請をして派遣されたのが新人防人の一人とはな。一体内地は何を考えている。我々が欲しいのは防人の一人よりも連隊規模の部隊だと言うのに......タマガキが突破されれば内地は終わりなんだぞ!」


 苛立つ私に同調するように、山名が頷いた。


「内地は東の一戦から兵を出し渋っている。それに内地に伏せているやつらからの情報だと......キナ臭い。帝都で何か起きるやもしれん。しかし、数よりも質を信仰しているバカな奴らが防人一人を寄越したのだ。ある意味マシだろう。それよりも、ここで古株の防人たるお前に聞きたい......奴をどう見る? 使えるか? あれは」


 そうこちらに聞いてきた山名の方を見て、逆に聞き返す。


「もっとも古株なのはあなただろう。山名。それに資料はないのか? 普通、派遣されてくる防人の強さはそれで測るだろう」


 私の問いを聞いた山名はその左腕で胸元から資料を取り出し、躊躇いがちに答えた。


「そりゃそうなんだが......奴の資料、不可解な点が多い。これを見ろ」


 山名が険しい顔をして、資料を投げて寄越す。それを読んでみると、確かにおかしな点が多かった。


「特殊霊技能養成機関を一年で卒業? 飛び級した人間がいるのは知っているが、本来必要な五年を三年にするぐらいだ。四年飛び級などは聞いたことがない。それに何よりも」


 私が何を言わんとしようとしているのかを察したのか、山名が続けた。


「霊技能が不明という点だな。どうしても隠したかったのか......だがこいつの師は俺の知り合いだ。信頼できるな」


 彼の言葉を聞いて驚く。山名は西を長い間離れたことがない。そんな彼が、中央部である内地に個人的な知り合いを持っているとは思いもしなかった。


「内地にあなたの知り合いがいたのか。それは初耳だぞ。山名」


 その知り合いだという人物のことを思い浮かべているのか、内地の方を向きながらその隻眼を細めた山名が言う。


「古くからの知り合いだ。奴が不明と書いたのなら必要な理由があったのだろう。何故なのかは知らんが。まあ、じきにわかるだろう」


 彼がそう話を締めくくった後、最初に聞かれた新人防人の玄一は使えるかどうか、という問いの答えを考える。特殊霊技能養成機関を卒業した防人というのは、勉学と訓練に励んだとはいえ、まだまだ素材のようなものだ。即戦力になることは珍しく、一年二年で戦力になってくれるのなら、非常に素晴らしいと言えるだろう。頭の中で結論を出し、声に発する。


「少々話がずれたが、私は彼が新人だというし、戦況を変える程強いとは思えん。第一、まだ会ったばかりだ。それではわからない」


 先ほど見た彼の姿を思い浮かべる。まだまだ成長途中ではあろうが、じっとこちらを見据えていたその瞳が印象に残っていた。


「だが......目は良かった。あれには意思がある。化けるかもしれない」


「そう思うか御月。では、今後奴と組んで見極めろ。それに、お前は気に入られたようだしな。単純な奴だ」


 山名が笑いながら言う。彼の述べたその理由が不可解ではあったが、組むことに異論はなかった。


「? よくわからんがまあいい。引き受けた。どっちにしろ、今出払っていない防人は私だけだしな」


 私の答えを聞いた後、先ほどまで笑っていた山名の顔つきが真剣なものになる。山名は普段、郷長という身分でありながら締まりのない人物であるが、そんな彼が真剣になる時は、いつも大事な時だと相場が決まっている。


「一つわかったことがある。お前は気づかなかったようだが、御月。奴と右手で握手をしたよな?」


「ああ。仕草からして、彼は右利きだと思うが」


「オレは左腕しかねぇからな。左手で握手した時感じたのだが」





「あれは二刀使いかもしれん」






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