二天は空に辿り着くか?〜二刀流の魔法剣士が故郷を取り戻すために最強を目指します〜

七篠康晴

第一章 始まりの二天

第一話 遠御長駕

 


 俺の目的地である西部に繋がる街道をゆっくり歩く。風に吹かれて草木がなびいた。燦々さんさんと輝くお天道様が眩しくて、帽子のつばを掴み深くかぶり直す。


「いやぁ。旅のお方。春の陽気が気持ちいいですな」


 その声を聞いて後ろを見やれば、初老の男性とその孫と思われるまだ背丈の小さい少年が並んで歩いている。


 本来であればゆっくりと歩くこともなく全速力で西に向かっても良かったのだが、道中彼らに出会い話しかけられたのだ。なんでも、途中まで道が同じということで、歩みをともにしないかと。俺はその提案を快諾し、今に至る。


「ええ。やはり春が一番ですね」


 ぽかぽかとしたこの天気に、ついつい昼寝をしてしまいたくなる。彼らに歩調を合わせようと、一度足を止めた。その動きで、俺の腰に差している二刀が揺れる。


 鞘に納刀されているものの、揺れる剣先を見つめた少年が、まだ声変わりも迎えていない甲高い声を発した。


「ねぇ......えっと、玄一げんいちさん。玄一さんは、兵隊さんなの?」


 そう聞いてきた少年は、人差し指を頬に当てながら無邪気に言った。一瞬少年を咎めようとした横に立つ爺さんだったが、彼も気になっていたのか、こちらに視線を向けていた。


「ああそうだ。これから西に向かうんだよ」


「えぇええ!? そうなの!? じゃあばっさばっさと魔物をなぎ倒すんだね!」


 俺が少年の言う兵隊さんだったということに興奮したのか、その場を跳ねながらこちらを見上げている。こちらに飛びかかるんじゃないかというぐらいの彼の頭を、くしゃくしゃに撫でた。


 肯定した俺を見て、爺さんが口を開く。


「そうなのですか。わしらが向かう村に新任の兵隊さんが来るなんて話を聞いたことはないんですが」


「いや、タマガキの郷に向かう途中です」


「はぁ。タマガキ。ここから随分と遠いですなぁ......」


 爺さんが目を細め、西の方を見つめる。彼は、俺が着任することとなったタマガキに行ったことがあるのだろうか。


 立ち止まってそう会話していると、横の茂みから何かが動くような音がした。爺さんが勢いよく音の鳴る方へ振り向き、少年が怖がって爺さんの足を掴む。かなり大きい。



 その茂みの中から何か黒いものが飛び出した。街道の中央に陣取り、こちらの行先を遮るようにしている。


 イノシシのような見た目をしたその生き物は、地に蹄を突き刺しゆっくりと練り歩いている。鼻をフゴフゴと動かし、口元には二本の太く鋭い牙があった。小さな耳をピクピクと動かして、こちらを睨む赤色の瞳がきらりと光る。毛が一本たりとも生えていないその体に、蝿が一匹止まった。


 赤色の瞳。無毛の肉体。それは、その生き物がただのイノシシでないことの証。


 人類の仇敵たるその存在を知っているであろう爺さんが、声を震わせる。



「魔物......」



 俺はこの魔物を知っている。この猪型の魔物の名は、牙豚きばぶた。こんな前線から離れた街道で魔物に出会うなんて、滅多にない。なんたる不運。


 普段は頼り甲斐があるであろう爺さんが怯えているその様子を見て、少年が震える。


「じいちゃん......?」


 爺さんが一度目を瞑る。一度深呼吸をした後、真剣そうな表情でこちらを見つめた。


「玄一さん。申し訳ありませんが、わしの孫を頼めませんか。この老骨が、ここは犠牲になります」


 そう言った爺さんは、魔物という市民であれば決して太刀打ちできぬ相手に、死ぬ覚悟を決めている。しかし、この理不尽としか思えぬ不運、不幸に勝る、幸運がここにはあった。


「爺さん。少年」


 腰元にある二刀に手をかけた。牙豚の方を睨みながら体に霊力を満たし、身体強化を行う。使


「人を救うのは我らが役目。俺は━━」



防人さきもりだ」



 まぁ、まだ着任していないので正確には防人ではないが、と心の中で一人自嘲する。


 そんな思考を置き去りにして勢いよく駆け出し、抜刀した。右手には打刀を。左手には脇差を。陽光に晒され反射し、刀身から眩い銀光が輝いた。


 突如として飛び出してきた俺を見た牙豚が、否応無く理解する。この場を支配し優位に立っているのは奴ではなく、俺だと。


「防人!?」


 先ほどまで命を賭けようとしていた爺さんの顔が、驚きに染まる。驚愕するのも無理はない。なぜなら防人は、今この場にいる魔物の上位種でもある、魔獣とも戦うことのできる人類の最精鋭。それがたまたま街道で彼らとともにし、魔物と遭遇したのだから。


 奴に肉薄する。予想以上の速度で向かってきた俺を見て、牙豚が大きく鳴き声を上げた。今更威嚇しようとも、もう遅い。


 両手を交差させ、内から外へ放つように、薙ぎ払う。


 二刀の一閃は牙豚の牙二本を奇麗に真っ二つにして、脳髄まで切り裂いた。


 急所を切り裂かれた牙豚は、立ち上がる力さえも失い、絶命する。



 あっさりと終わったこの戦い。納刀しようと二刀を一度振るい、春の陽光の下血飛沫が舞った。


 こんな猟奇的な場面を子供の前で見せるなんて、と一瞬考え込んだが、その懸念は少年の輝く瞳によって霧散された。



「ねぇ! 玄一さんは、防人なの!?」


 彼が先ほど以上に飛び回る。たった今魔物に襲われかけたというのに、恐怖とは無縁のその姿に、たくましいなと少し苦笑した。


「僕も防人になりたいんだ! それで魔物を玄一さんみたいに倒すんだ!」


 そう宣言した彼を見て、何か懐かしいものを見たような感覚になる。その感傷を無視して、二刀をゆっくりと鞘にしまった。


 無邪気な少年に反して、ふらっと倒れそうになった爺さんに手を貸す。


「さ、防人の方とは露知らず、数々の非礼、お詫び申し......」


「頭を上げてください。若輩者故に、必要ありません」


 爺さんの視線がこちらに突き刺さる。彼らと雑談でもしながら、ゆっくりとタマガキに向かいたかったが、彼の様子を見て察するに、それは難しそうだ。


「ともにした旅路、楽しかったです。申し訳ないですが、死体の処理を頼めますか。私はタマガキに向かわねばならないので、そろそろ」


 再び帽子を強くかぶり直し、彼らの方を見る。爺さんの方からは畏怖と敬意が、少年の瞳には憧れがあった。


 こちらを見て口を開けたままの少年の肩に手を乗せて、話しかける。


「おっきくなったら、今みたいに爺さんを守ってやるんだ。いいな」


「う、うん!!」


 そう言い残して、彼らに背を向ける。霊力を脚部に集めて、早駆けの準備をした。


 目指すは、西。俺の着任地となる、タマガキの郷。


 彼らに土煙を引っ掛けないようにだけ気をつけて、強く地を蹴り駆け出した。






 

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