♯31 濁闘-3


 「まず、足を退けなさい。話はそれからだよ。」


「…やはり信頼されるだけはありますね、血信の柱。」


鉛色の雲が日を遮り、対峙する両者の影を薄くする。睨み合ったまま沈黙だけが場を支配する。


「……そうですね。話をしてくださるのでしたら、この行動に価値はあるでしょう。」


意外にも素直に行動するベアラー。後方に跳び、カズシから離れる。


「……まず、この惨状はなんだい?私たちは君が原因だと思っているんだが。」


低く、深く。亜人の重低音が響く。


「……そうです。」


「なぜ?」


「必要なことをするのは当然だと、私は思うのですが。」


ベアラーに対してもデスガトは少しも怯む様子がない。対するベアラーもやはり無表情のまま。


「……話し合いにはなっていないと、私は思うよ。」


「私は話し合いをする気はありません。あなた達はただ聞くだけ、それでいいのです。」


再びの沈黙。デスガトも眉をひそめ、警戒している。


暗雲が過ぎ去り、再び陽光が指す。


「……君みたいな人との話し合いは不毛だね。」


デスガトはより低い声で威圧するように発する。


「感謝します。ご理解いただけようで——」


   ドゴォッ…!


重く重厚な破壊音。鼓膜を叩くその轟音は——


「…速い、ね。」


ベアラーがいたはずの場所。ひしゃげた鉄骨が甲高い音と共に血に落ちる。


デスガトの手には人間3人分はあろうかという巨大な槍が握り締められている。しかし、その刃は標的を捉えていない。


「……前王に見せられるとは思っていませんでしたが、好都合。成果というのはより高尚な人物に認められたい物です。」


ベアラーのいる場所は歪む大地と真反対の方向。デスガトの奇襲が掠りもしていない。


ゆっくりと歩き出すベアラー。あの濁った玉を、ベアラーは再び取り出す。


「お三方、刮目。」


ベアラーは玉を両手に持ったまま、怪人に近づく。そして——


  グチャァ…


「アアアッ、あっ、ふぬぁガッアッああウウア!」


怪人の爛れた皮膚にそのまま玉を押し込んだ。怪人は血混じりの吐瀉物を撒き散らしながらのたうち回る。


「なッ…貴様!何を…」


「もう少しです。そんなに慌てないでください。」


あまりの惨さにコアの表情も青ざめる。



「ヒッ…な、何ですか…これ…!」


「これは…!?」


3人の背後から悲鳴にも似た声が響く。


「どうやら…お二人も鑑賞してくださるようですね。」


後から来たサファイアとカララギを、無表情と抑揚のない声で向かえるベアラー。その間にも怪人の体は泡のように膨れ上がっていく。


「…サファイア、カララギ、少し下がるぞ。」


最前線から離脱したカズシが2人と合流。そして、膨れ上がる怪人の体は——


「アアアッ、…ウウ…アアアアア…!!」


   バツンッ


水泡が弾けるかの様に、赤と緑の混ざった液体が飛び散る。あたり一面が赤黒く染まる。怪物の液体を全身に浴び、赤黒いベールを纏ったベアラーが無表情のまま口を開く。


「無差別合成体・レヴナント。さぁ、私に見せてください。この実験の、「結果」を…。」


重くのしかかる威圧感。レヴナントと呼ばれた怪物。不自然だった頭身は人間のそれに整えられ、不揃いな肥大化もない。しかし、所々骨格が剥き出しになっており全身の色は血の赤、腐食の緑、そして黒。巨大な腐乱死体が動くかのようだ。


「……クソッ…。」


コアの表情が強張る。レヴナントの威圧感に見上げる他に行動ができない。


「落ち着け、コア。見てくれだけの化け物だ。」


前に進むのは前王・デスガト。


「……先に言うが…君の望む「結果」は得られない。私たちは折れないよ。」


ベアラーは背を向け、どこかへ歩いていく。


「……どうであれ、楽しみにしていますよ。血信の柱。前王デスガト。」


太陽が円形の戦場を照らす。


「……デスガト様。…俺は折れませんよ。」


コアが魔法の槍を握り締める。


「グオオオオオォーッ!!」


化け物の咆哮は、戦いの開戦を意味した。












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