♯29 濁闘-1


 「…一応お聞きしますが、私に何の御用ですか?」


空気が張り詰め、圧迫感が増す。サファイアの無表情とは違う、空虚な雰囲気。フードをかぶっているのでよく見えないが、目の前に人間が立っているとは思えない、温度を感じない。


「…何とぼけてんだ…スラムの「あれ」はお前の仕業だろ?」


女の言葉に、カズシが静かに問う。


「……まあ、先ほど話したわけですし。声が割れてる相手に隠す必要もありませんね。」


女がフードを外し、こちらに目線を向ける。現れた、無感情な白髪が揺れる。


「…私はベアラー・サイドと申します。職業は…そうですね、秘書兼研究者、といったところでしょうか。」


露わになった顔はやはりというべきか、一切の感情が抜け落ちている。感情抜きに表すのであれば、ベアラーは美人と表すべきだろう。しかし。


「……。」


相対するカズシは震えている。ベアラーの目が、瞳孔がこちらを向いている。だというのに、その瞳には何も写っていない。闇ですらない、ただの黒。


「……そうか、研究か。」


カズシは震えながらもベアラーに問いかける。


「…材料が人間ってのは、随分と悪趣味だな。」


「………そうですか。」


ベアラーは振り返り、円状の空き地の端へ歩いて行く。


「…では、どなたか知り合いでもいらっしゃったのですかね…?」


ベアラーの声は、やはり無機質。


「……お前が部屋に置いていったあの怪人。心当たりがある。」


「…キズクの村、あの村の店員だ。それだけじゃない。町中にキズク村で出会った人達がいた。」


「……あの村に、何をした…!」


カズシの声は怒りに震えている。こちらを向いたベアラーは無表情のまま、全く動揺する気配がない。


「……随分、自分勝手だとは思いませんか。人間とは。」


「…は?」


ベアラーは未だ無表情を貫いている。己の黒い眼差しで、カズシを捉える。


「キズクの村、でしたか。あなたも行くまでは知らないような村だったはずです。…それがたった一度でも恩の貸し借りをすると、その村は自分にとって大切だと言い始める。」


「……しかし、知らない村なら「気の毒だ」ぐらいにしか思わない。何とも自分本位なものです。」


「…あなたは何をしに来たのですか?」


「…お、俺は」


「気になった。許せない。……一発殴ってやりたい。そんなことで前も後ろも見ずに突進する。…思考が浅いんです。」


ベアラーはどこからか水色の玉を取り出した。濁った液体を閉じ込めたような、不気味な玉。


  バチャッ


「……ぬぁ…ア…」


玉が地面に着弾すると同時に、破裂し怪人が現れる。


(…ああやって、奴らは現れるのか。)


「…あなたは実験台。その浅はかな思考で、私を倒して見せてください。」


カズシを見据え、佇むベアラー。


「……上等だ、クソ女…!」







一方、サファイア達は。


「これは、どうなってる?」


「…街のみんなが危ないです!急ぎましょう!」


帰ったと思えば、スラムに怪人が大量に蠢く光景。住民の叫び声が危険を訴えている。


走るサファイア達は住民の悲鳴の方向へ向かう。悲鳴は聞こえるものの、スラムに人影が見当たらない。


「……どこかに集まって避難してるかもしれない…」


「…そうだな。」


「そぉれにしても、匂いが厳しいですー!」


走り続け、左に右に進む。


自分達の家を過ぎ、更に悲鳴のする方へ。


「この先、少し大きめの病院がある。みんなそこかもしれない!」


コアが指差す方は悲鳴の聞こえる方向だ。


「もうすぐそこだ。急ぐぞ!」


悲鳴が近い。怪人の数も増えている。


病院が見えてくる。そしてもう一つ、見えたのは。


「…皆の物、下がれぃ!」


「ん…誰だ?」


サファイアの目に写る、一際大きな男。


「あれは…」


「…デスガト様…!?」




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