♯18 旅立ちの風
「おはよう、サファイア。調子はどうだ?」
「あぁ、おはよう。……昨日よりはマシだな。」
あのあと、サファイアはまた眠ってしまった。昼から丸一日眠って、今は朝と昼の間ぐらいな時間帯。幸い顔色も良くなっており、落ち着きを取り戻している。
サファイアが起きてきたのを合図に、カズシは木製のテーブルに朝食を置き始める。この一ヶ月でカズシの料理はかなり上達しており、見た目も色とりどりで鮮やかだ。
「「いただきます。」」
2人は箸を持って食事を始めた。気を遣ったのかサファイアの分は少し少なめだ。
「……今日は若干濃いな。」
「う〜む、手厳しいなぁ。」
「お前はこのぐらいが好きなのか?」
「う〜ん、もうちょっと薄い方がいいな。」
「じゃあやれよ。」
「それができないんだよ。」
「分かる。」
表情を全く変えないサファイアと、コロコロ表情が変わるカズシ。2人は他愛もない会話をしながら食事を続ける。
「レアファングの肉ってまだあるか?」
「こないだ使いきったぞ。」
「霜鳴草はスパイスにいいらしい。」
「はえー。」
「サファイア、それで足りるか?」
「大丈夫だ。ちょうど良かった。」
「うーん、よく食ったな。」
「中々美味しかった。」
「「ご馳走様でした。」」
2人は食べ終わって食器を片付けると、また木のテーブルに腰掛けた。そう言ったわけでもないが、何か話す時間を必要としていたのだろう。
「……私の記憶のことだが、話してもいいか?」
カズシは無言で頷く。
「前に、5年前に錦という名の男がいたと言っただろ。そいつに聞かれたことがあるんだ。」
『そういえばサッちゃんって、親御さんどうしたんすか?サッちゃん物知りだし、親御さんがどんな人か興味があるっす!』
「…親、なぜだろうな。聞かれるまで考えもしなかった。記憶に蓋をしているように、開けようとしない限り意識の外にある。」
サファイアはやはり、表情を変えない。
「昨日も、なぜと言われて始めて気付いた。私は見ただけで転生者と分かる。そしてなぜか彼らを帰そうとする。」
カズシはサファイアの方を見てはいるが、目を合わせはしない。サファイアは少し表情を柔らかくするとこう言った。
「私は本が好きなんだ。少し前に掃除した時、本が多すぎて大変だと言っていただろう?色んなことが知りたくて、よく街に買いに行くんだ。」
サファイアがカズシに向き直る。カズシと目が合うと口を開く。
「私は、私が何なのか知りたい。お前を帰すためじゃなくて、私のために戦いたい。」
「……そうか、じゃあ。」
カズシは少し笑うと椅子から立ち上がった。
「俺は、俺のために戦わなくちゃな。」
サファイアも椅子から立ち上がる。
「話が早くて助かる。」
2人は、外へのドアへ歩いていく。
「おおおお……!」
「どうな気分だ?久しぶりの外は。」
そこに広がるのは、どこまでも続く平原。所々に佇む朽ちた人工物が、緊張感を煽る。
「久しぶりなのは誰かに監禁されてたせいだけどな。」
「軽口叩いてるとまた監禁するぞ。」
冗談まじりに話す2人の表情は、どこか澄み渡っている。平原を北風が走り抜け、2人の首筋を優しく撫でる。
「とりあえず、魔法の訓練でもするか。」
「お、これでドアも開けられるな!」
「その魔法は教えないぞ。」
「ふざけんな。」
広大な平原に2人の声が響く。旅立ちの風が、カズシの背中を優しく押し出した。
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