♯17 9年前から
「5年前、3人の男がこの世界に召喚された。…偶々ここの近くに召喚されたらしく、ドラゴンに襲われているところを見つけんだ。」
サファイアはカズシと目を合わせることなく、少し俯きながら話す。
「男達の名はそれぞれ、武田・錦・一心。苗字がどうとかは聞かなかったが、それが彼らの名前だ。」
「お、おい今カズシって言ったか!?」
カズシは予想外の名前に驚くが、サファイアはこう言う。
「お前と一心は別人だ。そもそも見た目が違うしな。」
サファイアは一呼吸おいてまた続ける。
「私は彼らが元の世界に帰れるよう、共に行動していた。まぁ、一心はほとんど眠っていたがな。そして半年ほど経った頃。」
サファイアは顔を上げるが、カズシと目を合わせることなくこう言った。
「3人は死んだ。王国の地下街に続く洞窟だった。ベノムキマイラというモンスターに襲われてな。」
カズシの表情が強張る。しかし、サファイアは表情一つ変えずに続ける。
「ベノムキマイラ自体、デカイだけで危険度は中ぐらいなものだった。あのあと私が交戦したが大した事はなく、普通に討伐したよ。」
サファイアは窓の外を見る。
「……私は彼らを過信した。そして、現実を見ていなかった。」
「……今でもよく、思い出す。…彼らの安全を優先するべきだったと。」
サファイアの表情は変わらない。
「ここから出れば、お前も恐らく死ぬ。それが分かっているなら出さなければいい。」
「今度はちゃんと、元の世界に帰れるように。私1人でやるからお前は知らなくていい。」
カズシは口を開くことができず、ただ聞いていた。死、過去、自分には無いもの、知らないもの。言葉が出ない。何もできない。
しばらくの沈黙。サファイアも動こうとはしない。ただじっと、どこかを見つめている。長い間か、それとも短い間。カズシは不意に疑問を覚えた。少しの違和感だった。
「……サファイア。」
「なんだ。」
サファイアが久しぶりに目を合わせる。
「何で転生者を帰そうとするんだ?……あ。それに何で俺が転生者だって言うんだ?俺、記憶ないから分からない気がするんだけど。」
「何で。……か。」
サファイアはしばらく考え込む。何か言おうとしては、また顎に手を当てる。
しばらく経った。未だサファイアは答えない。
「……まぁ、無理に答えろとは言わないぞ。」
カズシはそう言うと、あることに気づいた。サファイアの表情が変わっている。あれだけ何を言っても表情を変えなかったはず。しかし今、サファイアは何か思い詰めるような顔をしている。
「……私は」
「…なぜ」
「…」
サファイアの呟き。その声はこれまでに聞いたことがないほど弱々しい。
「……5年前、召喚された彼らを見て思った。彼らを手助けしなければいけないと。」
「…お、おう。」
「8年前、足を負傷した旅人を泊めてやった。怪我の手当てもした。」
「おう。」
「9年前……。」
「…?」
「9年前……ここに、住み始めた。そうだ、12のころからここにいる。」
サファイアの表情が、変わった。今度は思い詰めるようなものではない。例えるなら怯えるような、そんな……
「……どこから?私はどこから引っ越した?そうだ、魔法もいつから使っているんだ?誰に教わった?」
「お、おい大丈夫か?」
サファイアが頭を抱え、その目は焦点が合っていない。
「何で、何で彼らを助けた?…なぜ転生者と分かった?……うっ…違う、そんなことはどうでもいい。」
「おい!サファイア!?」
「私は、いつから1人なんだ?」
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