♯6 父・娘・近所のにいちゃん・お前はペット
「……あの、お名前は?」
そう、もしかしたら違うかもしれないのだ。
「俺は武田だしコイツもちゃんと佐藤だぞ。」
……そんなことはなかったが。
「…うわ、マジで寝てたんだ。俺。」
うわごと同然に一心が言う。確かに顔の形が変わったわけではないし、佐藤はもともとイケメン風だった。半年もあればこうなるかも……しれない。
「とりあえず、ご飯にするっすよ。お腹ぺこぺこでしょ?」
イケメンが微笑みかけてくる。
「……そっすね。お腹ぺこぺこです。」
イケメンによってとりあえず、落ち着きは取り戻した一心だった。
今、木のテーブルには料理が並んでいる。赤いほうれん草っぽいやつ、めっちゃ美味そうな肉、シチューのような見た目でカレーの匂いがするスープ。メニューは少ないが、好奇心と若干の恐怖を感じるラインナップだ。
「先、食べていいぞー。」
直接見てはないが、キッチンであろう方向から少女の声が聞こえた。
「「いただきます!」」
「…いただきます。」
当然と言えば当然だが、2人は警戒する様子もなくすぐに食べ始める。美味しそうに食べているし、流石に毒なんかないと思われるので、思い切って赤いほうれん草を食べてみた。
「……おお。」
なんというか、感心した。それほど派手な味がするわけではないが、するりと喉を通っていくような優しい味だ。続けて肉にも手を伸ばす。
「……おぉ〜ん。」
…これはうまい。生姜風味でメインの味付けは塩胡椒。肉は柔らかく、噛むたびに肉汁が溢れてくる。牛の鶏のいいとこ取りのような肉だ。続けてスープにも手を伸ばす。
「……おおおお〜ん。」
これは、なんというか、テクい。肉の油っぽさに合う。それでいてほうれん草の味も邪魔しないような、あっさりとした上品な味わいだ。
「うまいだろ?」
「……はい!」
(やばい。これ箸の動き止まんねー……ん?)
一心は若干の疑問を覚えた。
「そういえば、箸あるんすね。」
ここは異世界。当然の疑問だ。
「お箸は、俺たちが教えたんすよ。したら作ってくれたんっす。」
「お〜。そんなんすか。」
(あの子、俺と会った時は信じられないぐらい無愛想だったけど…冷たいというわけでもないらしいな)
一心がそんなことを思っていると
「名乗っていなかったな。私はサファイア。今日の苗字は青リンゴだ。よろしく。」
「ッ?!」
突然背後から声がした。驚いて肉を落としそうになるが、食への執念でこらえる。落ち着いて振り返るとやはり少女がいた。
「………あ、ああ。よろしくサファイア。」
(今日の苗字ってなんだよ)
「サッちゃん。人と話す時は目を合わせて、っすよ。」
「……そうだそうだ。目を合わせて。」
思い出したように少女、もといサファイアが頷く。そして一心に向き直るとこう言った。
「私はサファイア。今日の苗字は青リンゴ。よろしく。」
「「そう!それでオッケー!!」」
「?????」
一心はなんだか馬鹿にされている気がしてきたが、目の前でコントは続く。
「いいか?目線を合わせると相手は「この人は敵じゃない」って思ってくれる。サッちゃんも急に後ろから話しかけられたら、ビックリするでしょ?」
「確かにそうだな。」
完全に親と子の図。しかもその場合、一心は今日家にきたペットのポジションだ。何か言わなければ落ち着かなかったので、とりあえず無難なことを聞いた。
「……あの、サファイア。何歳だ?」
「16だ。」
「ついでに俺は37だ。」
「俺は24っす。一心君は?」
「えー17ですね。」
なぜか全員が年齢を公開したが、とりあえず落ち着いた。……いや、やっぱり落ち着いてはいない。
「そうだ、私のことはサッちゃんと呼ぶといい。」
「……遠慮しとくぞ。」
一心ができた抵抗はそれだけだった。
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