♯5 青リンゴの少女

おーい     おおーい


     聞いてんのか?起きろ〜


  起きねーと蹴り飛ばすぞ〜


      一心、そろそろ起きないと遅刻するよー    

        おいこら起きろッ!!


「?!」


怒号に飛び起きる一心、しかし


「……なんだよ。」


そう、ここは異世界。一心がいたのは、慣れ親しんだ敷布団でなく、木のベッドだった。意外と寝心地は悪くないが、やっぱり硬い。


(……ここはどこだ?)


辺りを見回すが、自分のいるベッド以外には何もない。黒っぽい木造の1人部屋だ。


(2人は…)


そう思った時、気づいたことがあった。視線を感じる、なにかを咀嚼するような音もする。あたりを見回そうと首を回すと


「ッノオォツ?!!」


「……」


なんと、真後ろに人がいた。飛び起きたので気づかなかったが、枕元に椅子を置き、無言でこちらを見ている。……あと何かを食べている。


(なんだコイツ……)


見た目は自分と同じぐらいの少女だが、髪が深い青色になっている。手には青リンゴを持ち、時折それをかじる。真っ青の青リンゴを。


「……起きたね。」


「あっはい。あっ起きました。」


なぜか敬語になってしまうが、ようやく喋ることができた。……逆になぜ少女は黙っていたのだろう。


「……コホン。」


少女がわざとらしく咳払いをする。


「……魔力は生命の源。『こっち』の魔力は我々生き物をよりしろとし、我々に様々な能力を与える。」


「え?」


突然、何か言い始めた。これは一心に言っているのか。しかし一心と目を合わせることもなく、少女は続ける。


「人間の魔力について、説明しよう。もちろん、人間は赤子の頃から魔力持っているわけではない。母体から離れた赤子に、後天的に魔力が結びつく。ここで結びつく魔力の量は決まっており、生まれた時点では魔導としての優劣はないに等しい。」


「あのー……。」


突如として魔力について語り始める少女。困惑する一心だが、彼女は一心の声など聞こえないかのように続ける。


「結びついてすぐの魔力は不安定だ。この時点の魔力は気体に近く、よりしろの心は魔力を通じて空気中を震わせる。このおかげで赤子が何を望んでいるのかがわかる。そうして子育てを行なってゆく。」


「……はぁ。」


そして、少女は言った。


「なお、この条件は転生者にも当てはめられる。」


「……ん?」

一心が理解しきらないうちにも、少女は続ける。


「結びついてすぐの魔力は不安定と言ったな。稀に、赤子が親の真似をして魔法を打つことがある。そうすると不安定な魔力が一気に解放され、すさまじい威力の魔法が放たれる。魔力を失った赤子は、新たに魔力が結びつくまで眠りにつく。」


「……」


一心はまだ追いつかない。しかし何か嫌な予感がした。


「それが、お前だ。」


少女がようやく目を合わせた。深海のような青い瞳が、こちらをただ見据える。慌てる様子もなく、ただ事実を述べて。


「……えーと、つまり?」


「……魔力を解き放ち、竜を灼き落としたのはお前だ。そして今まで、半年間眠っていた。」


しばらく場が静まり返る。アホ面でボーッとする一心。真顔で青リンゴをかじる少女。ようやく一心が発したのはこんな一言だった。


「ん?俺、半年眠ってたってこと?」


少女は無言で頷く。そしてまた青リンゴをかじり始める。もう目はあっていない。またもやアホ面の一心。口を半開きにしたまま、どうにか脳を動かした。


(……ここは異世界。俺は死にかけた。でも俺が魔法打って竜殺したっぽくて。半年眠ってた?2人は?え?つかコイツ誰?リンゴ青くない?)


「……リンゴ、食べるか?」


少女が始めて真顔を崩した。完全に憐れみの目で一心を見つめる。残念ながらマジで青いリンゴなんて食べる気がしないが、とりあえず受け取る。


「……シャクッ。」


(………酸っぱ。)


不味くもないが、好みではない。反応に困るし、気になることもあるが頭が回らない。


「とりあえず、錦と武田に会おうか。彼らは無事だよ。」


「……え?まじ?!」


なんと錦と武田がここにいるらしい。少女はリンゴを食べ終えると立ち上がり、指で合図してくる。


「こっちだ。」


そう言って部屋を出ると、狭い廊下に出た。廊下は短くすぐに終わり、広々とした場所に通される。意外とここは広くないようだが、そんなことはどうでも良かった。目の前にある現実を受け入れられなかったのだ。


「あぁーー!!やっと起きた!!」


「おおおい!体は大丈夫か?!」


その声はまさしくあの2人だった。声は。


(……マジかよこの人達)


武田はガチムチゴリラ。錦はイケメン勇者。服はスーツではなく鎧。それが、半年という時間の現実だった。

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