最終話
己は陰か。
己は陽か。
己の真が実であり現。
汝問え。
己に問え。
己を問え。
己は陰か。
己は陽か。
「じいじー、ばあばー」
最近、たどたどしくではあるけれど、言葉を発しだした息子………『俺の息子』が、あたたかな日差しの庭で楽しげに話している親父と母さんを見つけて、抱っこしている俺の腕の中から手を振った。
おろしてって言うかのように足をぱたぱたさせるから、転ぶなよって、おろした。
息子はあいって笑って、よたよたとふたりの方に歩いて行った。
何がどうなって、なんて。
タキの存在がそもそも謎なだけに、誰にも分からない。
ただ、俺が大学を卒業したその日。
日没とともにいつものようにベッドの上にあらわれたタキが、何故か小さな小さな赤ん坊を抱いていた。
小さな赤ん坊は赤い右目を持ち、左肩に蔦模様を浮かべていた。
ああ、俺たちの子どもだ。
何の疑いもなく、そう、確信した。
色々な問題はあったけれど、篤之と親父と母さんで大騒ぎになったんだけれど、どこからどう見ても俺とタキの子どもだったし、俺とタキで育てたいと思った。
だから、きちんと手続きをしてきちんと戸籍を取って、俺の息子として俺たちで、親父にも母さんにも篤之にも協力をしてもらいながら、育てている。
半年だろうか。それぐらいまでは、夜明けとともにタキと消えて、日没とともにタキとあらわれた。
でも、本当にそれは最初の半年だけで、その後夜明けに姿を消すことはなかった。
身体は。
身体、も。
ただ人の形を模倣しているだけのタキとは違って、ちゃんと人の身体をしていた。男の身体を。
ご飯も食べる、排泄もする、風邪を引いたりもする。
どうしてそんなことが。どうしたらこんなことが。
聞いたところで答えは誰にも分からない。
とにかく、俺たちの元にやってきた小さな命は、本当にちゃんと、人、だった。
親父がずっと望んでいた、小さな命は飛田の、後継。続く。続いていく。
親父が手を振る。
母さんも。
今までもこれからも、タキがここに来ることは、どうしてもできない。
どうしたってタキは陰で、陽とは相見えることはできないから。
でも、タキという存在は、小さな命と共に飛田の家に、陽に、認められた。
その証として、正式な家系図にきちんと書き加えられた。
書いたのは親父。
見たタキはそれを見て。
………笑った。
「じいじー」
小さな命が親父に手を伸ばす。
親父もまた、手を伸ばす。
母屋からは、声を聞きつけたらしい篤之と律も出てきた。
響く笑い声。
右手で抱く左側。
汝問え。
己は陰か。
己は陽か。
答えは両。
己は陰で、己は陽。
陰の中にも陽が在り。
陽の中にも陰が在る。
それを悪でもなく罪でもなく逃げることなく認めることができたら。それが存在なのだと。命で生だと、認めることができたら。
庭の、いつか千切れた蔦を埋めた場所からは、タキの蔦に似た蔦が伸び、今年もキレイに。
蓮に似た花を、咲かせている。
おしまい
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