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 1週間、俺はタキとふたり、離れで過ごした。






 最初は少し警戒気味だったタキもすぐに慣れて、2日目の夜にはあちこち見て回って、キッチンでたこ焼き器を見つけて作りたいって言った。






 じゃあ今から作ろうって、作り方をネットで調べて、遅くまでやっているスーパーにふたりで出掛けて、作った。



 タキは食べないから作るの専門で、楽しくて、タキが楽しそうで、調子に乗りすぎて作りすぎて、母屋に行って篤之とゆう兄を叩き起こして無理矢理押し付けた。



 寝てたらしい篤之の不機嫌がマックスでこわくて笑った。






 洗濯したい。掃除したい。ご飯作りたい。






 そこにはもう。



 俺の目の前にはもう。



 初めて会ったときの消してと願うタキは、どこにも居なかった。











 1週間は、あっという間だった。






「………何か豪華すぎじゃね?」






 全部揃えてあるから学校の物だけ持って行けばいいって篤之に言われて、ガチで学校の物しか、要らないって篤之が言うから、服さえ持って来なかった、俺とタキ、ふたりで暮らすマンションの一室に入っての、俺の第一声。






「すげぇなあ」






 篤之の隣でゆう兄もきょろきょろしながら言っている。






 マンション自体もセキュリティがしっかりしている家賃がなかなかの部屋。



 プラスで家具とか、家電が。何か。






 うちよりすごい気がする。






 って言っても、趣味が悪い、ただただ高そうに見えるだけのものってのはひとつもなくて。






 これって、篤之の趣味?






 本当にこいつは、何でもできてこういうセンスまで。






 まじ、腹たつな。






「お前にはその価値がある。これから先それだけ………それ以上に稼げばいいだけのことだ」

「………価値」






 無意識のうちに蔦模様の左を抱き締めていた右手を。革手袋の右手を、思わず、見た。






 この手にそこまでしてもらうほどの価値が。






「その右手は、お前がこれからタキと生きていくためにも価値あるものだ。しかもその力は大きい。イコール、価値も、また」

「………やっかいでしかねぇよ。こんなの」






 今でこそ。今だからこそ。タキとのこれからがこうしてあるからこそ。



 やるしかない。とか。やってやる。とか。これで。右手で。って。やっと、思えるようになった、けど。



 もし、タキが居なかったら。こんなのは。






「………自分で自分の価値を、存在する価値を認められないのに、いくら機能的な価値を持っていたところで脆い。それでも機能的価値を自身で認められればまだいいのかもしれないけど、お前みたいにそれさえも認められないと。………ツライな。ツラかった、な。今まで」






 存在する、価値。



 機能的な、価値。





 俺、で。



 右手。






 か。






「篤之は?」

「俺?」

「どっちもあった?あると思ってた?自分に。価値」






 だからの今か。



 なのにの今か。






「俺は………。俺も、お前と同じだ。どっちも、俺にはなかった」

「………過去形、なんだ」

「過去形、だな」






 どっちもなかった。ないと思っていた。



 価値。自分の。






 でも、なのに。今は。






 俺も、じゃあ。






 右手を握る。



 手袋で隠す、異端の右手を。






 まだ今はそこまでにはなれないけれど。なっていないけれど。いつか。なれるってことか。お前みたいに。






「………親父、どうなの?」






 なんて、絶対お前に言ってなんかやらねぇって思って、話題を変えた。






 ゆう兄はちょっと見てくるなって、一応篤之に断ってから、部屋の中を探検し始めた。



 何を見てなのか、時々すげぇなあって声と、笑い声。






「さすがにいつまでもアレじゃあ気の毒だから、昨日裕一さんに浄化を頼んだ。これで検査結果が良くなるだろうから、近いうちに退院できるだろう」

「何か………言ってたか?」






 親父の人生には陽しかなかった。それを俺は力づくで奪って、しかも後継の俺はタキとこうすることを選んだ。






 あの日は肉体的にも最悪すぎて、何も言えなかったかもしれないけど、肉体が回復したのなら。






「まあ、これで飛田家も途絶えるとかなんとか、な」

「それだけ?」

「それだけ」

「………拘るんだな。そこは」

「それが父さんの絶対的な価値なんだよ。ずっとそれだけだった。………そこは今じゃなくても、いつか、理解してやれ」






 価値、か。






 もう一度右手を見る。






 陽で在ること。



 血を、陽を後に残していくこと。






 別に、残るだろ。俺じゃなくても、篤之じゃなくても、陽はまだ他にも居るんだから。



 それよりももっと大事なものが、そこにはあるんじゃねぇの?






「篤之」

「何だ」

「命令だ。今後親父には母屋への出入りを禁じる」

「母屋への?」






 訝しげな視線が横から刺さる。






 俺は、敢えてその視線を無視して、見ないようにして続けた。






「退院後の親父居住は、母さんの離れだ。それ以外は許さない」






 じっとそのまま、篤之が俺を見ている。






「何」

「………反抗期は終わったみたいだな」






 刺さるような視線が色を変えた。



 ゆるむ。ゆるんだ。笑われた。






「うるせぇよ。………母屋は篤之、お前に任せる。律と住め」

「………っ」






 俺から出た、律。篤之のコイビトの名前に、分かりやすく篤之が言葉を詰まらせた。何でお前が知ってる?とでも言いたげな。






 律。村木律。



 篤之のコイビト。片腕とも言われているらしい。






 離れに居る1週間の間に、ゆう兄が写真を見せてくれた。隠し撮りのツーショット。篤之と律だよって。



 もちろん、篤之には内緒だよって。






 並んで、穏やかな笑みをお互いに向けるその写真に、俺は。………俺は。






「………人のコイビトを勝手に呼び捨てにするな」






 ボソッと言う篤之に、笑った。

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