159
「………総介」
「………うん」
日没。
ここは離れ。
遠方から来た陽がわざわざホテルを取ったりの手間をなくすための。
特に必要がなかったから、今日初めて入ったここ。
部屋にはベッドや小型テレビ、エアコン。
キッチンやトイレ、風呂は共用。
でも、一泊、二泊、1週間でなく、普通に住めるぐらい、当たり前だけど廃工場より快適だった。
浅羽が帰って行って、篤之とゆう兄と3人で夕飯を食べた。
それから自分の着替えを何日か分持って、こっちに移動して、の。
日没。
空気が動く。
感じるそれが合図。
ずるずる。
ずるずるずるずる。
動く、蠢く巨大な気。
這い出るそれ。どこからともなく。
そして。
重み。
仰向けにベッドに寝転がる俺の上に。タキの。
半日、だよ。たったの。
タキと会えないのは。触れられないのは。
たったの、ほんの半日なのに。
下から、俺の上に姿を現したタキの左耳の後ろに顔を埋めて、頬を寄せて、何度も呼んで。名前を。抱き締めた。
強く強く、抱き締めた。
総介って。タキも。
俺がしてるみたいに、俺の右耳の後ろに顔を埋めて、頬を寄せて、呼んだ。俺を。
半日の餓えが満たされる。満たす。その存在で。
ここが俺の居場所。ここが俺の存在を許してくれた初めての。ここ。タキが。
しゅるしゅる。
タキの左手から伸びる蔦に。身体に絡まる蔦にそう思う。強く思う。
ここ。
どんなに篤之やゆう兄、浅羽と笑っても。笑えても。
タキ。
呼んで、見上げて。見下ろされて。
触れるタキの左。
触れられる俺の右。
どちらからともなく、唇を重ねた。
「おはよ」
「………おはよ」
他の何かで、どんなに笑えても。
「………総介、ここ」
「先に抱かせて」
その始まりは。
すべての始まりは。
………陰である、タキなんだ。
身体の上下を逆にして、タキを抱き込んだ。
拒否の言葉を聞くのがイヤで、唇を塞いだ。
唇を伝う、口に伝う、タキの何かの言葉。
それを奪うように、発する、発しようとする気持ちから全部奪うように、深くキスをした。続けた。
餓えは、満たされたら溢れるんだよ。こんな風に。
場所が変わったせいだろう。廃工場じゃないから。
少し強張っていたタキの身体から、力が抜けて。
唇に。口に。
タキの笑いが、伝った。伝わった。
そして離す。唇。
「………バカなの?キミは」
「………うん。バカだよ」
笑う。
キス。
笑う。
キス。
止まらないんだ。
この俺をくれた、タキへの。
タキ、への。
触れた左頬。
俺の赤い右手の下で。
蔦がどくりと、脈打った。
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