158

「総ちゃんはさ、そのお花さんが好きなの?」

「………え?」






 陰が見える、そして俺の中のタキが見える、見てる、浅羽の薄い茶色の不思議な目。



 が。



 じっと、目を凝らしてまるでタキを見るみたいにじっと、俺の左目を見て言った。






 俺の赤の右目じゃなくて左目ってことに、本当にタキの姿が見えてるんじゃね?って、そんなことあるはずないのに、思った。






「………うん。好きだよ」






 聞かれて。



 聞かれたことに何でか、素直にうんって、答えた。






 浅羽になら、いいかって。



 見えてるし、ゆう兄と………なんだよな?






 それももちろん大きな理由だけど、陰………つまり、普通の、陽じゃないごく普通の人からしたら霊とかお化けの類に入るだろうタキのことを『好きなの?』って聞けることがすごいなって、思って。



 だから答えた。






「………そっか。ってかさ、負ってない総ちゃんってイケメン度増しててちょっとムカつくよね」

「………は?何言ってんの?お前。急に」






 何を言い出すのかと思ったら。






 肩越しにこっちを見てる浅羽が、変ににやけているような気がする。






 俺は受け取ったプリントの束をヘッドボードに置くっていうもっともらしい理由があるっぽくして、そのにやけ顔から逃げた。






「だって前と人相相当違うよ?学校来たら女子きゃーきゃーレベルよ?」

「………ならねぇよ」

「まあ、表立ってはさ、ならないかもだけど、今までの総ちゃんが負すぎて。でも絶対影ではきゃーきゃーだって」

「だからならねぇよ」





 自分ではタキと出会う前と後とで具体的に何がどう違うのかは分からない。



 確かに気持ち的に変わった部分は深くて大きい。






 でも、それだけだろ。






「じゃあ賭けしよ、総ちゃん」






 にやけ顔がもう本格的ににやけている。






 浅羽は身体ごとこっちを向いて、ベッドの上に座ってる俺を、ベッドに肘をつきながら見上げた。






「………賭け?」

「そう。総ちゃんが学校で女子にきゃーきゃー言われるかどうか」

「だから言われねぇし」

「だから総ちゃんは言われないに賭ける、ね。俺は言われるに1票」

「1票って。ってか何賭けるんだよ」






 金、なわけないだろうし。



 昼メシ奢るとか?






 あ。






 こいつ。






 イタズラとか好きなタイプか?






 笑った顔、が。



 男にしちゃむさ苦しくなくて、男男してなくて、俺よりよっぽど女子にきゃーきゃー言われそうなその笑った顔が。






 ………もう、イヤな予感でしかない。






「パフェ」






 きた。ほらきた。






「………一応聞くけど、ろくな答えじゃないだろうけど、何でパフェ?」

「それはりっくんが総ちゃんを可愛いカフェに連れて行って可愛いパフェを食べさせたいから」

「ふざけんなよ‼︎それってただの罰ゲームだろ‼︎」

「すごい楽しそうじゃない?」

「だからイヤだって‼︎」

「こっちだってイヤだよ。行くよ。プリントとノートのお礼ってことでね。だって助かったでしょ?」






 にっこり。






 アイドルも真っ青なスマイルが、悪魔に見えるのは俺だけなのか。






 男ふたりでファミレスならまだしも、可愛いカフェって何だ。可愛いカフェって。






「………え、ちょっとまじで言ってる?」

「まじまじ。おおまじよ」






 ふざけんなよお前ー。






 ベッドに転がりながら言って。何が嬉しくてお前と可愛いカフェでパフェだよーって。言って。



 浅羽が笑って。






 ちょっと俺今、普通の高校生みたいだなって。






 思った。






 楽しみだね、総ちゃんって浅羽が楽しそうに言ったときだった。



 コンコンって、ノック。そしてドアが開いた。






「何か楽しそうだね」

「ゆう兄」

「………」

「篤之が持ってけって、これ」






 入って来たのは、トレイにお茶とお菓子を乗せたゆう兄だった。






 ここ置くよって、ゆう兄がトレイをローテーブルの上に置いてくれた。






 浅羽は。






 今の今まで笑ってたのに、黙った。ゆう兄の方も見ない。見てない。



 微妙に恥ずかしそうっていうか、照れくさそうっていうか、心なしか耳が赤いっていうか。ベッドに視線を落としている。






 ま、仕返しは必要だよな?なんて。






 いつもなら絶対しないだろうことを、俺は。



 ………思いつくよな。何でか。浅羽だと。






「そういやゆう兄が浅羽とコイビトって言ってたけど、そうなの?」






 ああ俺今絶対、さっきの浅羽と同じような顔してるわ。






 にやけ顔、な。






「はあ⁉︎」






 びっくりして、俺を見上げる浅羽。



 形成逆転。






「そうだよ。なあ、陸都」

「ちょっ………何言ってんのあんた⁉︎」






 一気に顔を赤くして慌てる浅羽が新鮮だ。






 ゆう兄も心なしかにやけている。



 かわいいなあとでも思ってそう。






「照れるなよ、陸都。自分からちゅうしといて」






 え?






 ちゅうって、キス?しかも。






「自分から⁉︎」

「ちょっとあんた‼︎お前‼︎」






 まだ何かを言おうとしてるゆう兄に、浅羽は飛びかかって、その口を手で塞いだ。






 すげぇ普通。で。見てる光景が。陰とか陽とか、そんなのなくて、普通。



 俺にはこの先ずっと縁がないだろうって、そう思うことさえも禁じてた。






 左を抱く。



 じゃれつくようなゆう兄と浅羽を見ながら。











 タキ。











 今。俺。



 すげぇお前を。






 ………抱き締めたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る