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そんな気が。
起き上がることもできないぐらいの体調で、そんな気が、言い返したり問い詰めたり、の、気が起こらないのか。
それとも、それこそ文字通り人生を捧げてきた陽に、今後携わることを禁じられたからか。
親父はベッドに横のなったまま、黙ったまま、だった。
黙って、天井の一点を見つめている、から。ひどい顔色で。
また思う。
死んでるんじゃない?って。死んだんじゃね?って。
でも瞬きで、違うって。
違うけど。生きてるけど。
この人は、『この人』で在ったことが、今まであったのだろうか。
ふと、そんなことを、思った。
『陽であること』は、あっただろう。
陽であることを求められ、陽であり陰を滅することが価値で、それであることで存在してきていたのであれば、陽でないことは、陽として何もできないことは、すなわち。
死んでるのと、同じ。
『その人』でなく、役割で生きるから、役割で生きていこうとするから、そうなる。
「………陰に存在する価値などない。存在に値しない。陰は消すべきだ。存在しているだけで悪であり、存在しているだけで罪だ」
ひとりごとのような陰の猛烈な否定。
ぶっ飛ばしてやろうか、このクソ親父って。俺は。
タキを知っていて。俺とタキを知っていて。どうしたい、どうしていきたい、を、知っていての猛烈な否定。存在の否定。
と、いうことは。もしかしたら。
そうまでしなければ。そうしなければならないほどに。
アンタは存在を、認めて欲しかったの?
「陰が悪であり罪だと言うなら陽も悪であり罪だ」
「な、に?」
「何故分からない。陰が存在していなければ陽も存在しない。陰陽は、陰陽こそが存在だ。そんなに陰を滅したいなら、陽を滅しろ。タキを滅することはできなくても、陽をひとりひとり殺すことなら可能だろ?全員やれ。アンタを含めて全員だ。そしたら陰はアンタが望む通り、消える」
でも。
意味は?
存在するための意味を、価値を得るために陰を滅する。
それはイコール陽の滅で、結果文字通り自分が存在することができない。死。終わり。
存在するための行為が存在の終わり。
意味が、そこに、それに、あるのか?
言った俺に。
聞いた俺に。
親父は何も、答えなかった。
続こうとしていた沈黙を破ったのは、篤之だった。
「………父さんはいつから、目の前の人を見なくなったんでしょうね。昔はもっと違ったのに」
「………」
「安心してください。陽でないあなたの面倒は、母さんも一緒に、俺がちゃんと、見ていきますから」
その篤之の言葉を最後に。
俺たちは病室を出た。
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