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開いた、目。
俺が居て。タキを内側に置く俺が。病室。個室に。
篤之は、ゆう兄が触れているから問題ないとして、親父。
タキの陰の気の影響を、これ以上受けたところでもうとっくに限界は振り切れているんだろう。
これ以上の最悪には、なったところで大差ないんだろう。
いつもの、変に鋭い眼光は、どこにもなかった。
ないどころか。
もう、死ぬんじゃね?ってぐらい、の。
「………裏切りか」
俺を見て、篤之を見て。
篤之を見たまま力なく親父は言った。
「………裏切り?」
「総介に付くのか」
笑う。
親父が。
それは、俺の嫌いな類の笑いだった。
笑いじゃ、ない。嗤い。同じ音。同じ読み。でも違う。含む意味が違う。感じるものが違う。嗤い。
俺は、親父の笑った顔なんて、一度だって見たことはない。
浮かべるのは嗤い。
嘲笑。人を見下す嗤い。人を。俺を。こんな風な。
「総介さんは陽の当主で、陽であるならその命(めい)は絶対だと。俺はあなたから教えられましたよね?」
親父を見下ろし、篤之が静かに言えば。
「………ああ、そうだったな」
くっ。
喉を鳴らして、まだ。
また。
親父は、嗤った。
タキと居るようになって、こういう気持ち悪い嗤いも忘れていた。
そうだ。こんなだった。
気持ち悪い。気持ちの悪い、嗤い。
感情と一致しない、顔の。
今、親父が抱えているのがどんな気持ちなのか、分からない。誰にも。親父以外の誰かに、それは。
でも、分かる。
今の親父が、笑いたい状態にはないということは。それが確かということは。だけは。
「………終わったな。これで」
伏せられる目。
これが本当に『あの』親父なのか。
「飛田は、陽は、これで終わる」
「………父さん?」
「何のための今までだったのか。何のために今まで………」
何を言っているのか。
ひとりごとのようなそれを、俺は理解することができなかった。
いや、多分、篤之も。
陰の気の影響で、まともな精神状態ではないのかもしれない。
それもあり。
それもなしで。何か。
「アンタには陽を退いてもらう。金輪際手も口も出すことを禁じる」
「………」
「アンタには、それだけだ」
「………他の陽には?」
「分かれよ。退くアンタのその質問に、答える必要がないって」
「………」
病室が、静寂に、なった。
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