7

 ソレ、は。






 右側半分を俺の方に向けて立っていた。



 立って、横目で俺を見ていた。






 唇で弧を描いて。






 陰、だ。







 気配は完全に陰。



 なのに、人。






 俺の右目が、陰を陰本来の姿以外でうつすことはない。



 だからその姿が本来。俺が恐怖で見ている姿ではない。






「………待ってた」

「………っ」






 深くなる口元の、弧。






 コイツは、何だ。






 男にも女にも見える、右側の顔。



 声も。



 低くはなかった。高くもなかった。



 男にしたら高めで、女にしたら低め。






 くふふふ。






 笑い声。






 異端。コイツは陰の異端。異端中の異端。



 陽の異端である俺以上に異端だ。何だ。コイツは。






 直感。



 コイツは強い。俺が敵うか微妙。互角。ギリ。本気でやりあえばお互いに大きくダメージを受けるだろう。



 気を抜いた方が負ける。消える。消される。






 歌う。喋る。笑う。






 なら、ただ漂う陰とは同じ陰でも別物だ。別格。知能がある陰。そんなのが存在してたなんて。






「………初めまして、僕たち陰の、憎き陽の………キミ」






 ゆっくりとゆったりと、甘く玲瓏に言って。



 ソイツが、ゆっくりと身体をこっちに向けた。






「………っ」






 右半分は。普通。



 普通っていうか。






 陰の空気で妖しくキレイ。



 普通に人に紛れてても分からないだろう。



 俺の右目がとらえる、この陰の右半分、なら。






 問題は。左。






 ソイツの中心を中心にして、ソイツの顔は左右で全く違った。異なっていた。






 形は同じ。ただ皮膚。が。皮膚、に。






 血管………じゃない。模様?






 模様のように一瞬、見えた。



 キレイな顔立ちの、左側。見えてるところ。



 中心を中心にした左半分。






 異端。………異様。






 ソイツは黙ってソイツを観察するように見てる俺を、妖しい笑みを浮かべたまま見てた。







 力で負けることのない陽だけに、陰の力が果たして何なのかも謎のままだった。



 だから目の前のコイツが何を仕掛けてくるかも分からない。






 深夜2時の、静寂。






 ソイツが何も言わず何もしてこないのをいいことに、俺はソイツの観察を続けた。






 興味深い。興味深かった。






 間違いなく陰なのに、人。何故。






 背は同じぐらい。



 年は………20代後半から30代前半ぐらいに見える。



 髪は、男にしたら少し長め。女なら短い。



 でも性別は正直顔だけでは分からない。






 俺の右目は、暗闇でも見える右目ではあるけど、色はさすがに分からない。



 おそらく黒、の。



 身体にぴったりとフィットした長袖のTシャツ。同じく黒だろう細身のパンツ。






 身体は細い。胸はない。だから男?性別がそもそもあるのか?



 手足は長く頭が小さい。






 どこかに普通に居れば、モテるんじゃないかというような。






 ただそれは右半分に限りで、とにかく目を奪われるのは左。だ。






 目を凝らしてよく見ると、その模様のようなものは首の方からから顔へとのびていた。



 まるで木の根のような。蔦のような。






 しかもそれは平面にあるだけでなく、ところどころ盛り上がっていた。



 そしてそれが時々皮膚の下で、まるで脈打つように。






 蠢く。






「そんなに見られると、さすがに恥ずかしいんだけど」






 笑いながら言ったソイツの左目は、緑色に、光っていた。











 すっと。











 ソイツが左手を俺に差し出した。






 その差し出された左手も、左手にもあった。



 蔦のような。根のような。






 いくら人の形をしているとはいえ、これで外を歩けば多くの人が振り向くだろう。






 強烈な陰の空気で、どうしたって注目される。



 その上でこの。これでは。






 何の。






 何のための、コイツはこの、形なのか。






「………っ」







 動く。蠢く。






 ずるずる。



 ずるずるずるずる。






 そして差し出されたソイツの左手から。






「………なっ⁉︎」






 絡む。絡んだ。俺の身体に。



 蔦のような根のようなそれが出て。いくつもいくつも、出て。絡んで巻きついて。






 俺はその陰に。






 つかまった。

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