6

 工場の2階。






 どこかの窓が開いているらしい。空気が流れている。



 油と埃のにおいも、しなかった。






 2階にはいくつかの部屋があった。






 一番手前には事務室と書かれたプレート。



 奥にもドア。






 流れる空気に、ドアが揺れて、軋む。






 不思議に思ったのは、姿が見えないこと。



 1階の床面積ぐらいの陰の気配はあるのに、姿がない。見えない。



 居るのに見えていないのではなく、本当に見えない。



 俺の右目がうつさない陰などあるはずがないのに。






 ずるずる。



 ずるずるずるずる。






 見えないのに気配は。巨大な気配だけは強い。






 その中心は、奥。最奥。






 顔を覆っていた腕をおろして、奥へ奥へと足を進めた。






 その時、だった。






 ふわり。



 動く空気に。






 声。人の。



 ファルセットの歌声。だ。






 今まで俺が見てきた陰は、親父から聞いた陰は、ただの漂う黒い影。



 見る者の恐怖心が、その黒い影に形を与える。






 見る者によって人であったり、動物であったり、異形の者であったり。






 でも、陰はただの影であり黒。闇。



 発する音は炎に包まれた瞬間の断末魔のみ。






 何の歌?






 聞いたことがあるような。ないような。






 足を進めた。奥に。






 恐怖ではなく高揚。






 くだらない陰と陽の戦い?に、これでピリオドが打てるかも。



 ここにいるコイツで、ピリオドが。












 そして俺はそこで出会う。出会った。











 陰として、絶対にあり得るはずがない。



 黒い浮遊物の陰ではなく。






『人の形』をした、陰に。

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