5
何年、ここは稼働することなく放置されているのか。
油と埃が入り混じるにおいに、思わず腕で鼻と口を覆った。
暗視カメラのように右目にうつる工場内。
広さと言われてもどれぐらいか正確には分からない。広い。サッカーコートぐらいか。
何かの機械があちこちに置いてある。
置いてあっただろうスペースもある。
でも違う。ここには居ない。
濃い黒を、陰を感じるのは上。2階だ。
デカい。
今まで見てきた陰は、あってもせいぜい2メートルをこえる程度。どんなにデカく見積もっても3メートルぐらい。
でも、ここで感じる気配はその比じゃない。
この工場の面積ぐらい、もしかしたら。
革手袋をはめたままの右腕で顔の下半分を覆って、視線だけ動かして階段を探した。
端。
2階へと続く階段を、右目がとらえた。
実際問題、俺が陽としてどれぐらいの力があるのか、俺自身を含めて誰も知らない。
普通なら一族の血を受け継ぎ、時代錯誤もいいところな修行を日々積み、重ね、数年………長い者で10年をかけてやっとてのひら大の陰を燃やせる。………らしい。
そしてその程度で陽として、親父曰くの陽としての『使命』を担うことができる。
つまり、陰を滅して報酬を得ることができる。
動いてる。蠢いてる。
2階で。
陰。すなわちそれは影。闇。黒。
それが、ずるずると。
『ずるずる』と。
初めての感じだった。
ゆらゆらと漂うように動く陰ならば、見たことがある。
大きくなるにつれて多少の移動は可能だという認識は前からあった。
『ずるずる』。
『ずるずる』と。2階に居る巨大な陰は、している。
俺は、自分の力を本当には知らない。
右手を翳して一言『去ね』と言えば、その陰に見合った炎が勝手に出て勝手に陰を燃やす。
修行なんてしたことがないから、自分で大きさをコントロールすることができない。できるのか知らない。
期待。
俺がこの陰にやられたら、陽は終わる。この陰にやられる。
陰と陽。それは。
対でありひとつであり相反するもの。
元は同じただ『在る』ことからうまれたもの。
なくては在れぬのに、在れば厭い無くそうと憎む。争う。もの。
だから。
絶対数は陰の方が多い。
力は陽の方が強い。
だからの均衡。
長く互いに存在し続けて来られた、それが理由。
が。
崩れるか。
階段をのぼった。
おそらくもう俺が居ると察しているだろうと、足音は忍ばせなかった。普通にのぼった。
闇に蠢く超巨大な、陰。
力を抑止するための革手袋は。
………外さなかった。
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