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 廃工場。






 聞けばすぐに分かるそれは、いつから使われず放置されているのか、ずっとそこにあるものだった。



 廃工場の周りは、工場が稼働してた頃からあるのか、しなくなってからなのか。普通に家やマンションが並んでいた。






 日付をとっくにまたいだ、深夜2時。



 梅雨とは名ばかりで、まだ涼しい風が吹く丑三つ時。






 闇。






 あれから、腹が減ってふらっと行った、一家団欒なんてしたことがないリビングダイニングのダイニングテーブルの上。



 母さんではない雇われた誰かが作った夕飯の横に、メモとともに工場の鍵が置いてあった。



 依頼者である工場の管理人から預かったと。






「………すごいな」






 廃工場の存在は知っていた。



 でも、家と学校の反対側に位置するここに、近づいたことは一度もなかった。






 見上げる建物。






 これは、親父にも篤之にも手が出せなくて当たり前だ。



 すごすごと帰ってくるしかなくて当たり前だ。






 っていうか。






 歌声のようなものが聞こえたと親父は言ってた。



 特に詳しくは聞かなかったけど、その時点で陰である可能性はないはず。






 陰はただの黒い影のようなものであり、見るものの恐怖心がそれを色んな形に見せるだけ。



 そう、ただ見えるだけ。だ。






 炎に包まれる瞬間の断末魔が、陰の発するただひとつの音。



 だから、陰であるはずがない。






 それでも依頼を受けたからには見に来なければならない。



 見に来て。



 見た瞬間。






 親父も篤之も悟ったんだろう。






 確かにここには陰が居る。






 けれど、ふたりの力を合わせたところで、ここにいる陰には絶対に敵わぬ、と。






「………おもしれぇな」






 陽の異端が俺なら、こいつは陰の異端。



 それがこの中。廃工場の中に。






 梅雨らしかぬ風がふわり吹く、午前2時。



 夜にしか存在できない陰が、最も活動を活発化する時間。






 風に乗って、高いキーの歌声が聞こえたような気がした。











 夜なのに、真っ暗なのに懐中電灯も持たずに歩き回れるのは、俺の右目が暗闇でも見えるから。



 真っ暗すぎて右目しか見えてなくて、平衡感覚が若干おかしくなるけど、歩いてればすぐに慣れる。






 外周を一周まわった。






 表側はシャッターが閉まっていて、そこから入ることは躊躇った。



 断末魔以外の音を発するほどの陰ならば、音で気づかれる可能性が高い。






 いや。



 もう気づかれてるかもしれない。






 俺ら陽が陰の気配を察することができるように、陰もまた俺らを。






 分からない。






 俺たちは結局、陰のことも、陽のことさえも、よく分かってはいない。



 分かっていない、くせに。






 ポケットから鍵を取り出して、俺は、その鍵を開けた。






 ぎいいいいい。






 軋む音が、闇に響いた。






 巨大で謎の陰が潜む、廃工場。






 親父。喜べ。



 これですべての陰を滅することができるかもしれない。



 これで。






 俺は。






 結果、陽は。陽も。






 恐怖も迷いも、俺にはなかった。

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