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「おかえりなさい、総介さん」
「………」
義務感だけで行ってる高校の退屈な授業を終えてうちに帰ったら、玄関開けてすぐそこに、やたら丁寧にそう言って胡散臭く笑うやつが立ってて、思わず舌打ちした。
………立ってたのか、待ってたのか。
外国の人形みたいにキレイな顏。
キレイだけど、表情も口調も穏やかだけど、やたら目がギラギラしてる、こいつは。
飛田家の『長男』だ。
「総介さん、着替えたら来いと、父さんが」
「………」
飛田家の長男である篤之は、俺より15才年上の、一応の兄だった。
でも、実際の血の繋がりは。
俺たちには、ない。
篤之は篤之が15才の時にこの家に来た、養子。
だから、血の繋がりが親父ともないから、本来長男が跡継ぎとなるはずの飛田家の当主が、戸籍上次男であるはずの俺。
じゃあ何故養子をとったのか。
それは、結婚して15年、親父と母さんの間に子どもができなかったから。
親父と母さんは自分たちの意思とは関係なく、幼い頃から血と血で勝手に決められた許嫁だったらしい。
時代錯誤もいいとこだなって思うけど、飛田家の代々受け継がれてきたこの家業を思えば仕方ないのかもしれない。
薄まりゆく血。薄まりゆく力。
それを必死に繋ぎとめようとする悪あがき的措置。
2人が結婚したのは、親父が22、母さんが20の時。
早く結婚させて、例え後継者はひとりでも、陽の力を使える子どもをひとりでも多く。そんな馬鹿げた目論みは、失敗に終わった。
治療の甲斐もなく15年。
親父がついに諦めて、遠縁にあたる多少の力を持つ篤之を養子に迎えた数ヶ月後。
母さんが俺を身篭っていると判明した。
それでも、俺が女であれば、問題はなかった。
篤之が飛田家の跡を継いで、俺が女なら、親父と母さんのように勝手に結婚相手を決められて、俺がその子どもを孕めばそれで良かった。
なのに。
俺は男で。
俺は。俺の力は。
赤い右目。赤い右手。
どんなに正統な飛田の血を継ぐ者でも、陰を滅する炎を扱えるようになるためには幼い頃から相当量の練習が必要と言われている。
親父もそうで、篤之もそう。
異端。
それが、俺。
近しい血縁での婚姻の因果か。
言葉を発するのが比較的遅かったという俺が、最初に発した言葉は『去ね』で。
その最初で俺は、親父も篤之もこえる炎を発した。………らしい。
その瞬間。
篤之の『飛田家の長男』としての役目は終わり、立場は微妙になり、俺は生れながらに、篤之に憎まれることになる。
陰と陽。
それはまるで正と不正のように扱われている。
でも。
飛田家の底にあるのは、陰も真っ青な、どす黒い、感情。
「総介さん」
年上であるにも関わらず、篤之が俺を『さん』付けで呼び、俺が篤之を呼び捨てにする。
歪なパワーバランス。
篤之の言葉を無視して部屋に行こうとしたら、篤之は咎めるような声で俺を呼んだ。
どす黒い。
真っ黒な、感情。
「………用があるならてめぇが来いって言っとけ」
「総介さん」
「………聞こえないのか?用があるならてめぇが来い。………飛田の当主は誰だ?」
「………総介さん、です」
ギリッ。
奥歯を噛み締めるような音が、聞こえた気がした。
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