ミニスカートの女性

ためらわずミニスカートを穿いた女性の隣を取った。程よい肉付きをした艶のある脚が目に入る。骨盤から足先まで伸びる引き締まった白い肌には、生命力と艶めかしさが感じられた。目も鼻も大きく、胸のふくらみも他の女性以上にある。足を組んでいるため、正面の乗客からは下着が見えている可能性もあるだろう。


意味もなく携帯をいじりながら、俺の心臓はかつてないほど大きな音で鼓動していた。

停車駅。乗客が次々と乗り込んでくる。彼女の目の前でつり革を掴むのは、ワイシャツの下に着たタンクトップから乳首から透けるほど汗をかいた中年男性。


端から見ても分かるほど卑猥な視線を彼女の脚に向けていた。

彼だけじゃない。向かいの席に座る会社員も、イヤホンで耳を塞いで素知らぬフリをしている高校生も、視線の先は妖艶な白い肌に向かっていた。


これまでも幾多の獣たちの視線を取り込んできただろう、その肌に。


だが彼女はそんなことを眼中にも止めず、おもむろに携帯を取り出した。指を素早くスワイプしながら時折苦笑したような声を漏らす。俺は装着していたマスクの紐を一度付け直し、目線だけを軽く右側にずらした。


明日奈:「もうすぐ駅に着くよ~正輝君はどれくらいで着きそう?」

正輝:「ごめん!ちょっと急用が出来ちゃって。30分くらい遅れそうなんだ。本当ごめん!!」

明日奈:「あーそうなんだ・・・でも大丈夫だよ。待ってるからね!」

正輝:「申し訳ない。ありがとう!」

正輝:「あと、確認なんだけど。今日の明日奈ちゃんの服装って、黒のミニスカートにピンクのシャツで、靴は白黒のコンバースでよかったよね?チャットの履歴間違って消しちゃったから、念のため」

明日奈:「あららーそうなんだ。うん、私の服装はそれで合ってるよ」

明日奈:「正輝君は赤のチェックに白地のシャツを着て、下はジーパンだよね!」

正輝:「あと黒縁の眼鏡もかけてるよ」

明日奈:「あっそうだった(笑)。お互い顔が分からないから目印は多い方がいいもんね」

明日奈:「あと念のため待ち合わせ場所は、駅の中央広場だよ」


液晶画面を覗き見しながら、俺は心の底から沸き起こる衝動を抑えるのに必死だった。

明日奈が利用していたのはマッチングアプリに違いなかった。背景画像はDLランキング一位になっているアプリのデフォルトそのままだし、何より互いの顔を知らないという言葉が決定的だった。


長い間待ちわびていた瞬間。

自律神経の高ぶりにより額から汗が際限なく溢れ出す。だがマスクだけは決して外さないよう心掛けた。


停車駅に着き明日奈が軽やかに立ち上がるのを確認した俺は、時間差を開けて腰を上げた。8割方の乗客はこの駅で降りるため、彼女の姿はすぐさま群衆の渦に消える。


身動きが取れないほどの人混みはこの世で最も忌むべきものの一つだろうが、今の俺にとっては好都合極まりない。顔を見られる可能性が極端に下がるから。


遠方に見える明日奈が改札をくぐりスターバックスに入るの確認した後、駅に隣接するデパートへ向けてダッシュした。大手衣料チェーンの店内に入り、赤色のチェックシャツとMサイズのジーパンを購入。個室トイレに直行してそのまま身に着けた。洗面台でコンタクトを外し、何かあった時の予備としてカバンに忍ばせている黒縁眼鏡を装着することも忘れない。


中央広場の噴水で正輝を待つ明日奈はベンチの縁にちょこんと座り込んでいた。

膝の上に置いたスマホに両手を重ねたまま前方の空間を見据える佇まいは美しさと気品に満ちている。絵画のようだ。直感的にそう感じてしまった。

もし彼女と学生時代に出会えていたら、より健全な付き合い方が出来ていただろう。


わざとらしい笑顔を浮かべながら彼女へ声をかけた。

互いに挨拶し、初対面と思っている相手と名前を確認する。彼女のお辞儀の角度はやたら深い。胸の谷間がはっきりと確認できる。無意識なのか。それとも俺に見せつけているのか。


「でも随分早かったね」

「えっ、そうかな。遅刻してたと思うんだけど」

「駅に着いたってメールくれたの、つい一分前じゃない。一分でここまで走れるなんてすごいよ。しかもあっちの中央改札じゃなくて、デパート側の通路から来るとは思わなかったよ。あっち側って改札あったっけ?」


小首をかしげる明日奈。中央広場からは十字に通路が伸びているが、改札があるのは北側の道だけで残りの3つは商業施設か地下鉄につながっているのみ。

時間がかかっても遠回りすべきだった。欲望ばかり前に出て、冷静な判断力を邪見に扱っていたのかもしれない。彼女を手中に収めたいという欲望に。

俺がいつまでも黙って口を開けているので、彼女の顔から次第に笑みが消えた。


「あれ?」

ふいに明日奈が声を漏らす。俺たちの側に細身の男が立っていた。

赤色のチェックシャツを羽織り、サイズ大きめのジーパンを穿き、厚みの黒縁眼鏡を着用しえいる。明日奈を上から下までじっくり観察する彼は、何か言いたげな表情でもじもじしていた。


俺は華奢な明日奈の手を握って西側の通路へ走った。全力で人波をかきわける。

彼女の手はひどく冷たい。ずっと触りたいと思っていた右手にこれほど温かみがないとは。

「ちょ、ちょ、ちょっと!どこ行くの!?」

後ろで明日奈が何か言っているが無視した。

本物の正輝がかなりのスピードで猛追してくるから喋る余裕はない。

俺も体力には自信があるが、奴も全く引けを取らない。

あの細身の体に強靭なスタミナを備えているとは。全く予想外だった。


湿度の高さと人の熱気であっという間に汗だくになる。長くは持たない。

明日奈がいる分、俺の方が先にバテるのは明白だった。


油の切れた思考回路を無理矢理回す。

辺りをキョロキョロと見回し、出来るだけ人のいない場所、メインの地下鉄路線の改札とは逆側の通路に足を踏み入れていた。

「ちょっとやめてよ!何す・・・」

彼女の口元を抑え、唇に人差し指を立てる。

清掃用品を収納するロッカーの中は雑巾の臭いが充満していた。

大人二人が入るには余りに窮屈なスペース。汗ばんだ互いの肌は完全に密着していた。


耳元に明日奈の荒い吐息が何度もかかる。彼女は大袈裟なほど肩で息をしていた。呼吸するたび髪が揺れ、甘い香りが鼻孔を刺激してくる。

心臓の鼓動はいつまで経っても激しいままだった。


「何で逃げなきゃいけないのよ?あの人は一体・・・」

「奴は前科持ちなんだ」

俺の嘘を聞いて明日奈は黙り込んだ。心なしか呼吸がより荒くなり、俺のシャツを握る力が強くなった気がする。自然と明日奈の背中へ手を回した。


やがてロッカーに開いた3本の隙間から、正輝が階段を駆け下りてくるのが見えた。

まだかなり元気そうだ。ゆっくりと首を振り、左右に伸びた通路の内どちらに行くべきか思案している。


「人でも殺したの?」

明日奈が小声で訊ねた。声が震えている。

「まさか、前科っていうのは言葉の綾だよ。警察の世話にはなってない。ただ女癖が異常に悪いだけ」

「どれくらい?」

「人の彼女をそそのかす。奪う。手を握ろうとする。性癖もちょっと異常なんだ。言われるがままホテルに付いていった女の首元が縄で縛られたこともあるらしい」

自分でも驚くほど虚言がスラスラ湧いてくる。明日奈の顔が強張るのが分かった。

「そもそも何であの人は同じ服を着てるのよ?」

「ああ、俺の家にいるとき君とのチャットを盗み見して同じ格好をしてきたんだよ」

「友達を家に入れたの?」

「え、まあ、友達とも言うかな。腐れ縁だよ。でもマジで危ない奴だから近寄らない方がいい」

「アパートの壁薄いんでしょ?友達なんて呼んだら大家に追い出されるって言ってたじゃん」

「ああ、そうだっけ・・・」

軽く苦笑いをしてごまかした。多少の矛盾は仕方がない。完璧に赤の他人を真似ることなど不可能だから。だが名男優を演じることだけは忘れちゃいけない。

正輝の鋭い視線が俺たちのいるロッカーを捉えた。

暴力性を持つ異常性癖者。明日奈の目には完全にそう映っているのだろうか。

正輝は迷うことなくこちらへ向かってくる。

唾をゴクリと飲む音が間近に聞こえた。

若者系の派手な風貌と言動から気の強い女というイメージを勝手に抱いていたが、恐怖を目の前にした彼女は実に女々しい表情を見せていた。力強い女性がふいに見せる一時の弱さ。

虜になる男は数知れないだろう。


正輝はゆっくり確実に直進してきた。音が漏れないよう息を止める。だが奴はロッカーの数メートル手前で突然向きを変えて立ち止まると、唸るような表情で顎に手を当て始めた。確か地下鉄構内の地図があったはずの場所。

俺が息を吸い始める間もなく奴は右側通路へ走り抜けていった。


明日奈に目で合図を送る。彼女はホッとした表情を見せ、這い出るようにロッカーの戸を開けた。まばらに通行人がいるだけで正輝の姿は全くない。


とりあえず駅構内からは離れた方がいいだろう。俺は明日奈の手を握って歩き出そうとした。だが彼女は再びロッカーと向き合っていた。


「携帯がないの」


そう言って無造作にカバンへ手を突っ込んでがさごそする明日奈。

スカートのポケットも念入りに確認した彼女は青ざめたような顔を浮かべた。


「逃げる途中で落として、誰かに拾われたんじゃないの?」

「そんな・・・まだその辺にあるかもしれないから一緒に探してよ。お願い!」


ある訳ないだろ。

俺のポケットの中にあるんだから。

即サイレントモードに切り替えたら通知音も鳴らない。


「ロックはかけてあるんでしょ」

「指紋認証だってしてるわ」

「じゃあ大丈夫だよ。明日もう一回来れば、誰かが駅員に届けてるかもしれないし。今は駅から離れた方がいいよ」


帰ってしまうのではないかと内心ビクビクしていたが、彼女は思いの外あっさり納得してくれた。聞けばスマホを複数台所持しており、カード情報など機密性の高いデータが入ったものは自宅保管して持ち歩かないらしい。20代とは思えぬほどリスク管理に意識が回っていると普通に感心してしまった。


四時間後。携帯を失くした時点で暗い顔をしていた明日奈は、俺の目の前で満足気に夕食後のコーヒーを啜っていた。一杯800円のブルマン。ベイクドチーズケーキも追加注文していた。


「すっごい良かった。正輝君のチョイス最高だよ」

そう言いながら明日奈がケーキを半分に切り分ける。

「君が好きそうな映画を選んだからね。ファンタジー物は結構好きそうな気がして」

「そう、そうなのよ!でもよく私の好みが分かるね。映画の話なんて今までほとんどしてないのに」


分かるよ。君のことなら何でも。


明日奈は口いっぱいにケーキを頬張っている。

彼女が受け答えができるよう、わざとゆっくり目に話した。

「俺もああいう西洋風の世界って憧れるよ。将来住むなら絶対ヨーロッパがいい」

咀嚼している間も、彼女は首を縦に振っていた。

「うんうん、分かる分かる!正輝君はどの国に住みたい?」

「フランスが良いかな。ワイン好きだし」

「えっ本当に!?私もなの!すごいね私たち。好きなものが全部一緒!」


好きな映画も、酒の好みも、憧れの国も、全部知っている。

知らないのは体のことくらいか。


興奮気味に話す彼女はケーキを軽く詰まらせ、熱いコーヒーを勢いよく飲みだした。

ゴクゴクと蠕動する白い喉。別の生き物が蠢いているような艶めかしい動きをしている。店内の冷房温度が若干高いのもあってか胸元にはじっとりと汗をかき、肌に吸い付いたシャツが体のラインを強調させていた。


俺の金でパスタをたらふく食べさせてやり、食後のコーヒーとデザートも堪能した。

好みの映画を観て、自分と趣味の合う架空の男と二時間以上の会話も楽しんだ。


もう十分だろう。

次は俺が満足させてもらう番だ。


「でも意外だな~正輝君がお酒好きなんて、何か嬉しい」

「前の男は全然飲めなかったもんな」

「えっ」


小さく声を漏らす明日奈。口を半開きにしたまま閉じないでいる。


「気弱で内向的だから買い物に行ってもノリが悪い。そのくせフリーターだから収入も雀の涙。旅行にもまともに行けやしない。嫌だよなそんな奴と付き合うの。俺でも嫌だよ」

「ちょっと待って・・・何で知ってるの」

彼女の笑みは完全に消えていた。額から汗が湧き、机の縁に落ちた。

「プレゼントもひどいセンスだろ?装飾品なら何でも喜ぶと勘違いして、どこのブランドか分からないネックレス送られてもな。ネットに転売したくなる気持ちも分かるよ」

「待ってよ!何でそんなこと分かるの?誰にも話してないのに!」

机がバンっと大きく鳴った。周りの視線が明日奈へ突き刺さる。彼女の目が動揺していることは明らかだった。もし演技だとしたら充分に役者として食っていけそうだ。

「合ってるんだな。今俺が言ったことは」

明日奈は押し黙ってしまった。皿に食べ残されたケーキの断片を見つめ、わずかに肩を震わせている。

「・・・どこまで知ってるの?」

「一旦出ようか。詳しくは外で話すよ」

伝票を掴んで会計に向かう俺の後を明日奈は黙って付いてきた。不安と恐怖のせいか、足がすくんでいる。表情も今日出会ってから一番暗い顔をしていた。あと少し。手順さえ間違えなければ、この獲物はもう少しで俺のものになる。


店の前でタクシーを拾い、彼女を先に入れた。少しでも逃走の可能性は抑えたい。

夜の街を疾走するタクシーの中で明日奈はただ黙って外の様子を眺めていた。遠方のラブホテルを行先に告げても特に反応を示さない。移動時間で携帯をいじる。メール送信以外にニュースサイトも一応チェックした。明日の三面記事には自分と明日奈の名前が載るかもしれない。そう考えるだけで心臓はより激しく高鳴った。


車も街灯もまばらなホテルの駐車場でタクシーを降りた。虫の鳴き声ばかりで人間は俺たち二人だけ。実に好都合だ。割れ目の多いアスファルト舗装の地面を進もうとしたが、後ろにいる明日奈は一歩も動き出さなかった。


「どうした?」

「あなた正輝君じゃないでしょ」

明日奈がぼそりと呟いた。

抑揚のない無感情的な声。周りの静けさと調和して、余計不気味に感じられた。

「会った時からおかしいと思ってた。改札がない方向からやって来るし、話は微妙に噛み合わないし。駅で私たちを追いかけ来た人。あの人が正輝君でしょ?じゃなきゃ普通あんな行動しないよ」

明日奈は一定距離を保ったまま、しばらく俺を睨みつけていた。

「あなた、本当は誰なの?」

失敗だった。俺は役者失格だ。女一人穏便に捕まえられないようじゃ、この先やっていけないだろう。暴力の助けを必要とする自分が歯がゆい。ゆっくり歩を進め、ジリジリと明日奈へ近付いていく。


俺が近寄った分だけ、明日奈は後ずさっていく。もう少し。もう少し。心の中で何度も繰り返した。もう手の届きそうな距離に明日奈がいる。彼女は振り返らずに足だけを動かしていたため、やがて停車しているセダンのバンパーに足をぶつけた。

捕まえたぞ。

もう一歩大きく踏み込んで飛び掛かろうとする瞬間、彼女は全速力で逃走した。髪を振り乱し、地面を大きく蹴り出す。引き締まった筋肉が脚に凝縮されているだけあって、脚力は中々のものだった。彼女の背中がどんどん遠くなる。夜の街に一点だけ目立つピンク色のシャツ。周りの暗さと相まって美しさが際立っていた。本当に綺麗だ。このまま追いかけっこをするのも悪くない。だが本来の目的を果たすのが最優先事項だ。


明日奈はすでに駐車場を飛び出し、山道にある狭い歩道をひた走っていた。

目の前の獲物を逃す訳にはいかない。自分が一瞬だけ獣になるような感覚があった。

ウサギを狙うライオンのような瞳で、俺は彼女のシャツを掴んだ。背中までびっしり汗をかいているらしい。かなり湿っていた。全力で前へ進もうとする明日奈のシャツを思いっ切り引っ張ったことで服の素材が耐えきれず、ピンク色のシャツは背中側からビリビリに破けた。

つんざくような悲鳴が響く。明日奈は俺の手の中でもがき、必死に腕を振りほどこうとした。マニキュアを塗った鋭い爪が赤色のチェックシャツを貫き、血が滴り落ちた。思わず呻くような痛みが走る。耐えられなかった俺は明日奈を背中から押し倒し、彼女の顔を薄汚れたアスファルトの道路に擦り付けた。絶叫が山中に響いてこだまする。だが騒ぎを聞いて野次馬的に駆けつけるものなどいない。タクシーで山奥を行き先に指定したのも意味があるのだ。

抵抗して必死に起き上がろうとする明日奈を上から押さえつける。服が破けたため、白い背中とブラジャーが完全に露出している。シミひとつない綺麗な背中。20代の背中というのはこれほどまでに白く、美しいものなのか。もはや彫刻品といってもいい。

こんな状況にも関わらず油断していると腹の右側面に彼女の肘打ちが命中した。肋骨に響いた痛みが全身を揺する。夕食で食べたパスタを吐き出しそうなり体全体で悶えたとき、ポケットから携帯が落下した。ロッカーで彼女から拝借した携帯。

別にもう見られたって構わない。正輝との連絡手段を断つことが目的だったから。壊されてしまったら中身が見れないのでかなり困るが。


唖然とした表情で携帯を見つめていた彼女だったが、その顔はやがて少しの安堵感を見せた。耳慣れたサイレンの音。闇の中で眩しく光る赤いランプ。全身を闇に包まれ、恐怖で頭が支配される世界に差し込まれた一筋の希望。明日奈の目にはパトカーのランプがそのように映っているのだろうか。強烈な眩しさを放つ光に二人とも目を背けた。


目の前で停止したパトカーから大柄の警官が降りてきた。身長は180cm以上ある。細身ながら筋肉質で肌は暗闇では見えにくいほど色黒だった。


「だいぶ派手にやったな」

色黒の警官は頭をポリポリ掻きながら呟く。

明日奈は未だ肋骨の痛みに苦しむ俺を跳ねのけて、警官に飛び付いた。

いつの間にか目に涙を溜めている。

「この人に突然襲われたんです。お願いします助けてください。今まであったこと全部話します」

警官は明日奈の肩をポンポンと叩きながら答えた。

「ああ詳しくは全部署に着いてから聞かせてもらうよ。とりあえず乗って」

そう言って腰元に掛けてあった手錠を取り出し、明日奈の手にガチャンとはめ込んだ。

黙って自分の手首を見つめる明日奈。


パトカーからもう一人の警官が降りてきた。

色黒の警官と対称的に肌は白く、身長もかなり小柄。

俺は肋骨を刺激しないようゆっくりと立ち上がり、笑顔で歯を見せる警官と固い握手を交わした。


パトカーで色黒警官(東野)が明日奈を取り調べしている間、俺は小柄な警官(西野)と軽く談笑していた。


「携帯の充電大丈夫ですか?」

「ああギリギリ持ったよ。ずっと通話繋ぎっぱなしでも意外と大丈夫なもんだ」

「それにしても非番なのに犯人検挙なんてすごいですね。あの僕は車運転してきただけなんで詳しいことは知らないんですけど。あの女性何をやったんですか?」

「マッチングアプリを使って若い男に詐欺を仕掛けていたんだよ。恋人のいない男を見極めて上手いこと金を引き出していたらしい。彼女に関する情報は全て被害者の男性たちから集めたものだよ。彼らの助けがなかったら俺も逮捕なんて出来なかった。」

「なるほど。でも犯人だと分かっていたならすぐ連絡すれば良かったのでは?もしくは警察と直接名乗ってもいいと思いますし」

「パーカー姿の警官なんていないから無理だよ。手帳も持ってないし。それに彼女はニックネームを複数使い分けてて、どれが本名か分からない。彼女の家にあるらしいスマホを調べればそれも分かるだろうが」

スマホという単語を発音して思い出した。先程落とした明日奈の携帯。この中のチャット履歴も重要な証拠となる。拾い上げたタイミングでちょうど通知が来た。ロックされているのでアプリは開けないが、チャットのメッセージだけは確認できる。


正輝:「もう会えないのかな?君に似合いそうな服を買ったんだ。赤色のワンピース。もしまだチャンスがあるなら連絡ください」


今のメッセージの下にも大量のメッセージが送信され、画面を埋め尽くしていた。ほとんどが彼女の安否を気遣うものだった。何とも居たたまれない気持ちになる。


東野が手で合図し、パトカーに乗るよう促した。助手席に西野が乗り、俺は後部座席で明日奈と名乗る詐欺師と隣り合わせになった。押し倒したときに多少汚れてしまったが、長く伸びる脚は今なお美しい。その美しさに何人の男が取り込まれただろうか。取り調べを進めれば判明するだろうが、想像するのさえ恐ろしく思える。

鬱屈とした疑問を抱えたまま、四人を乗せたパトカーは夜の山道を走り出した。

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