第2話

 何が楽しくて一限目の講義を受ける必要があるのだろう。

 木曜日の8時半を回った頃、蛍光灯を反射して白く輝く校舎を歩きながら毎週のように考える。友人に誘われるがままホイホイ履修登録した四月の自分が恨めしい。

 徹夜でゲームしていたおかげでふんわりしている頭のまま教室の扉を開けると、くだんの友人は既に窓際の席を陣取って所在なさげにスマホを眺めていた。

 いつもの通り隣の席に腰を下ろすと、彼はスマホを机の上に伏せて置き、朝にふさわしい爽やかな笑顔を見せた。

「おはよう古柴、今日はまた一段と眠そうやな」

「まあね、イベント終わりかけだったからその追い込みで……」

 あくび混じりに弁解すると友人、男鹿海斗は愉快そうに笑った。

 男鹿海斗は同じ文学部に所属する同級生だ。入学初日のガイダンスの時、俺が金髪というだけの理由で話しかけてきた非常に気さくな男である。関西訛りと涼やかな目元は女子からの人気が高く、常に恋人がいるが何故か三ヶ月と持たずに振られている。友人としては満点だが、恋人にするにはどこか欠陥があるのだろう。

「そういやお前、聞いた?」

「なにを?」

 男鹿は世間話のトーンで言った。

「鳥島珈琲、来週いっぱいで潰れるんやって」

「……え、マジで?」

 突拍子のない話に一気に目が覚める。

 男鹿の表情から真偽の程を読み取ろうと試みるが、普段通りの笑顔が保たれていてよくわからない。

 近所の馴染みの喫茶店が潰れるのとは少しばかり事情が違う。それは俺にも男鹿にも同じはずなのに、男鹿はそれほど深刻に捉えているように見えなかった。

「おーマジマジ」男鹿はにっと口元を歪め、「あーあ、これからどうするよ」

 頭の後ろに手を組み、天井を仰いで眩しそうに目を細めた。

「俺ら急に無職やで」

 その声には若干の無力感が混じっていたように聞こえた。


 鳥島珈琲は大学から五分とかからないところにある、個人経営の喫茶店である。人の良い中年夫婦が経営していて、俺と男鹿は一年の頃からそこでバイトさせてもらっていた。余った料理を持ち帰らせてもらったり客が見込めなければ早く上がらせてもらったりと、かなりお世話になっていた。

 店を畳むことに決めた彼らにも同情するが、今は他人の心配をしている場合ではない。

 他にバイトをしていない俺は、男鹿の言う通り収入源が絶たれてしまったのだ。


「なあ、これからどうするの?」

 プロジェクタースクリーンの前に立ち、喋り続ける教授の言葉を部分的にノートに書き取りながら男鹿に話しかけた。

「どうするもなにも、他のバイト先探すしかないやろ」

「だよねぇ……」

 他のバイト先、という言葉から雑居ビルの外壁に貼られたチラシを思い出したのは言うまでもなかった。

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